地味姫の日常
ジェイミーの朝は早いです。
お日様が上り、一番鳥が鳴くのと同時に目を覚まし、カーテンを開けます。夏は朝の光が窓の外にある山のてっぺんから顔を出すのと同じくらいの時間です。冬になるとまだ真っ暗なのですが、そのときは小さなランプのみ点けて着替えをします。
侍女たちはまだ寝ている時間ですが、自分で着替えができるので起きてこないように指示しています。最初のころは抵抗した侍女たちも、王女様の命令なので従っています。普段は王女だと威張らないジェイミーが「め、命令だからねっ」と涙目で訴えれば、あきらめざるを得ないのです。
身支度を整えたジェイミーはまず王の執務室を訪れます。
預かっている鍵で開け、そっと中に入ると、散らばっている書類の整理をします。王の決済が下りているものを提出先ごとに箱に入れ、次の仕事場にすぐ持っていけるよう整理していきます。
決済が下りていないものは期日が迫っているものが上になるようにまとめ、特に緊急性が高そうなものには色紙を小さく折って挿みます。このやり方は宰相のダイムから教わりました。
それから簡単に掃除。折れたペンや書き損じなどのごみを回収します。
たまに仕事をしたまま机で寝てしまっている王に隣の寝室の毛布をかけ、頬にキスしてここの仕事は終わりです。
ここまで大体1時間。このくらいになると使用人たちが起きてきて、少し物音がするようになります。
執務室から出たら、廊下で会う侍女たちにおはようの挨拶をしながら厨房に向かいます。
仲良しのミスラン料理長たち厨房員に挨拶したのち、エプロンと三角巾を身に着け、邪魔にならない範囲でお手伝い。お皿を洗ったり、食事の盛り付けに使うパセリを裏庭から摘んできたり、ミルクを売りに来るおじさんに支払いをしつつ雑談したり、散らかった生ごみをこっそりまとめたりして、朝食ぎりぎりまで過ごします。
その後、大急ぎで部屋に戻り、着替えて、朝食です。
『朝食だけはなるべく集まる』という王の言葉で王宮にいる家族全員がそろわなくてはならないので少し大変ですが、自分が手伝った食事を家族がおいしいと食べてくれるのは嬉しいので不満はありません。
嫁いだ姉たちや学院寮にいる弟妹、外交などで出かけている兄たちはいないので王宮にいる兄弟姉妹は少ないのですが、楽しく会話するのに耳を傾け、ゆっくりと食事をする幸せも味わって過ごします。
食後は勉強の時間です。
18歳になり、3月に学院を卒業したばかりのジェイミーは、近々デビュタントを迎えるため学ぶことがたくさんあります。美しいカーテシーに始まり、他国の情勢や楽しい会話、自国の歴史からマナー、などなど。学院では魔法や学問だけでしたが、王宮では政治的な要素を多く学ぶ必要があるのです。
小さいときに「何をやらせても平均もしくはそれ以下」と言われているジェイミーは確かに物を憶えるのがほかの兄弟姉妹よりゆっくりで、身に付けるまでの時間もかかるのでいくら時間があっても足りません。
そんなジェイミーが焦らないように、ゆっくりと教えてくれる優しい家庭教師が付けられています。できるまで、なんどでも、落ち着いて、を合言葉に日々精進しています。
昼食はそれぞれで取ります。ジェイミーは一人で食べると寂しいと理屈をつけて使用人の食堂で紛れて食事を取っています。地味なので入りたての使用人は気づかず、言われて気づいてびっくり!というドッキリを仕掛けるのが楽しみです。
午後はお茶の時間までの2時間を体力錬成の時間に当てています。正直一番苦手です。運動神経に恵まれなかったジェイミーは騎士の訓練所の一画を借りているのですが、大きな訓練場ぐるりと1周するだけで倒れます。そこから腹筋、背筋、腕立て伏せ、簡単な体操、筋トレ。最後にダンスの練習です。ダンスの練習はその場にいる爵位を持つ騎士に相手を頼むことが多いのですが、鍛錬中に手を貸してもらうだけでも申し訳ないのに、三度に一度は足を踏むので毎回涙目になります。心優しい騎士たちには足を向けて寝られません。
へとへとになって部屋に戻ったら、服を着替えて一休み。侍女たちとお茶を楽しみます。侍女たちの恋バナを聞くのも楽しみの一つです。最近は部屋付きのマージョリーとジュード付きの侍従の話が盛り上がっています。今後の展開に期待です。
ジェイミーは『地味な自分には婚約者はいないけれど、王族なのでそのうち政略的な結婚をすることになる』とは思っています。そのために恋愛にはうとく、恋もしたことがないのですが、侍女たちが頬を染めて好きな人のことを語ったり、お付き合いをしている相手とのキスの話などを聞くのは好きでした。
一休みしたら夕食まで自由時間です。
特に予定のないときは午前中の復習に当てているのですが、誰かと会ったり地味な作業などの好きなことをするのはほとんどこの時間になります。
今日は厨房裏の畑に行って雑草を取りました。雑草はかき集めて乾燥させ、土に埋めて肥料にしました。昨日は遊びに来ていた従妹の7歳のミンティアと6歳のジョエルを連れて庭の足湯で遊びました。学院を卒業して2か月、まだ夏の走りなので水遊びは冷たいかと思っていたのですが、小さな子供たちは足湯の中を走り回るので結局ずぶぬれになってしまい、三人で大きなお風呂(敷地にある温泉)に入ることになってしまいました。侍女たちは呆れていましたが楽しいひと時でした。
この時間はほかにも王の執務室に潜り込んで書類の片づけをしたり、厨房にこそこそ忍び込んで芋の皮を剥いたり、裏の納戸をこそこそ片づけたりして過ごしてます。ジェイミーがなかなか見つからないと怒られるのはこのためです。
夕食を食べたら、すぐに風呂。侍女たちの手は借りずに一人で入り、出たときに手入れを手伝ってもらいます。いい匂いのする香油を塗ってもらい、爪を削ったり髪を整えたりしてもらって、就寝。早寝なのでジョエルと同じ時間にベッドに入ります。
ジェイミーののんびりした日常。結婚するまで変わらないと思われた日々でしたが、デビュタントの夜会が終わった日から少しずつ変化していくことになりました。
読んでいただいてありがとうございます。