黒い鬼、夜会に行く
そしていよいよ夜会が始まります。
まずは王族が高座に立って開催の挨拶をしました。王が成人を迎える若者を祝い、神官長から祝福があったのち、楽団の音楽が流れます。1曲目はデビュタントを迎える白い令嬢たちが白い令息に手を取られてホールに出てきて初々しく踊るのが決まりです。
高位貴族たちが王に挨拶に来るのを眺めつつ、順番を待っていると、隣に立っているエドアルドがウィルフレッドの上着の裾を掴みました。
「ダメだ、挨拶文が飛んでしまった。どうしよう……」
涙目の情けない顔で見上げてくるエドアルド。正確には竜騎士でないけれど同じ礼服を身にまとった姿は表情さえ見えなければ大変優美で男前ですが、困った困ったとおろおろし、自分より頭一つ大きなウィルフレッドに助けを求める姿は初めて会ったころと変わらないと思いました。
正直困ったなと思いつつも、頼られたからにはきっちりと助けようと思い、ウィルフレッドは裾を握っている手に自分の手を重ねました。
「問題ない。憶えているだけでも話せたらいいんだ。あとは俺たちが何とかする。そのためにここに来たんだからな」
指先に力を入れると、ほっとした顔を上げたエドアルドは自分も頑張ると顔を引き締め、順番になるまで口の中で挨拶の練習をしていました。頼りない顔もするけれど自分の務めを果たそうと努力するエドアルドはいい男だとウィルフレッドは思います。何とか無事に挨拶が終わった後は嬉しくて口元が緩んでしまい、顔を見てしまった令嬢が一人倒れました。
「無事終わったな」
「定型にない王の言葉にもちゃんと対応できたよ。頑張った」
「頑張った頑張った。それじゃ、俺は宿舎に帰る」
「あ、ダメだよ。僕、父上から他国の貴族とも交流を深めてくるように言われてるんだ。一緒に来てとは言わないから、少し待ってて」
「お、おぅ……」
勘弁してほしい……。
こんなきらきらした場所に置いて行かれて、どうしろって言うんだ……。
残念なことに、そんな心の声は必死になってレックスを引っ張っているエドアルドの背に届きませんでした。
心の中でトホホと呟きながら、見目麗しい令嬢たちに遠巻きにされていそいそと逃れます。
貴族たちはちゃんと訓練されているので不躾な言葉を発してくる者はいないのですが、すべてがキラキラオーラをまとっているので眩しいことこの上なく、ウィルフレッドの精神力と忍耐力はずんずん削られていきます。そもそも会話をする相手がいない。初対面の人間は半数以上が近づいたら気絶するのでこういう場でどうしたらいいのか全く分からないのです。
そんなウィルフレッドなので、気が付けば一人になれる場所を探していました。
「どこも人がいるな」
足を向ける方向に人が割れるのでとりあえず壁とカーテンの隙間に避難します。
体の大きな竜騎士がこそこそと隠れている。珍しい状況な上に、違和感しかありません。白い壁に濃い青が、肉厚で巨大に体躯という事情があるにしても、思わず目をそらしたくなる鬼のような顔をなるべく見せないように存在感を消そうとするも失敗しているウィルフレッドでした。
その場だけぽっかりと開いたので、広間をゆっくりと観察できました。人間観察はウィルフレッドが人かに注目されたくないために身に付けた回避法です。どこにいても居心地がよくないことばかりのウィルフレッドは公式の場ではなるべく目立たない場所に行って人々を観察しつつ人目を避けていました。
『ふむ、今日のエドアルドはなかなか頑張っているな。西のエウロパランドの最新話題にちゃんとついているようだ。笑いのセンスもいい。だがウケを狙ってるのか? それはちょっと難があるだろう』
『お、レックスは令嬢に狙われているようだ。相変わらず青髪好きは多いのだな。また引っかかったら笑ってやろう』
『ジョナサン、可愛い令嬢と踊っているが、あれが噂のララベル嬢か? あと一息って感じなのに、動きが硬くて惜しい。ララベル嬢も憎からず思っている様子。ちゃんと捕まえろよ!』
『ふふふ、今日もうちの団員は人気だ。あっという間に囲まれたな。それでもしっかりと対応して素晴らしい。さすが俺の部下。よしよし』
『なんだか向こうで令嬢たちがドミノみたいに倒れかけてるぞ! ああ、ジェイラス殿下か。流し目でも送ったんだろう。あの美貌ではまあそうなるだろうな。べ、別に羨ましくなんかないんだぞ……』
実は楽しんでいるウィルフレッドですが外見が凶悪なのと、たまに漏らす笑いが恐ろしくてますます人が近寄りません。もう本物の鬼みたいな感じです。とりあえず今日の夜会はエドアルドの挨拶が完璧だったのでミッションコンプリート。だけどまだ帰れないので、自己防衛のための観察に励みます。
そうしていると、無性に腹が減っているのに気づきました。窓際にあるデザートの皿に目をやりましたが取りに行くのははばかられます。実は甘いものが好きなのでさりげなく移動し、食べたいなと思っているのですが、自分が行ったらその後は誰も手をつけないだろうとひたすら我慢しました。
視線をずらすとバルコニー近くのカーテンの裏でいちゃついていた女性と令嬢たちが口論になりそうなところに見目の良い護衛騎士が近づいたのが見えました。令嬢たちは向きを変え、カーテン裏の女性は一人で広間に戻るのを見て護衛騎士はいい仕事をしたなと感じました。
向こうの壁際ソファでは令嬢たちが一人の令嬢に詰め寄っていたところへ、超絶美形の給仕が飲み物を運んできました。まなじりを吊り上げていた令嬢たちが一斉に頬を染め、かわいらしく首を傾けつつ飲み物を手に去っていくのを見て、女性は怖いとしみじみ思うウィルフレッドです。
ホールの出入り口付近で具合が悪そうな令嬢が三人の子爵令息に囲まれています。今にも連れ出されそうなので思わず助けようとしたところ、護衛騎士が三人やってきて後を追っていきました。幸いなことに令嬢は救出され、大事には至らなかったようです。三人の令息たちは遠めでも殺気がわかる騎士団長に連れていかれました。
ここの夜会は細かな目配りが素晴らしいな、とウィルフレッドは感じました。
キラキラの笑顔で踊る令嬢が眩しいし、音楽も優美。食べられませんが食事もおいしそうです。食べられないのは残念ですが、悪くないなとウィルフレッドは思いました。
しかし、あれだけおいしそうなのに食べられないのは辛い。正直なところ、空腹で頭がくらくらします。
壁際のソファが開いているのを見つけ、近くに誰もいないと確認したのでふらふらと近づきました。
「いかん、もうだめだ」
呟き、やっとのことでソファに腰を下ろしたとき、ウィルフレッドは気づいていなかったのです。
右隣に目立たない小さな影があることを。
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