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第9話「不確かな未来」

「いってらっしゃい。頑張ってね」


 土曜日。玄関で、母さんから応援の言葉を受けた。海外ドラマの再放送を深夜まで観ていたらしく、母さんはまだパジャマ姿のままでとろんとした目をしている。父さんは、僕が朝食をとっている間に出発した。父さんの仕事はカレンダーどおりの休みだから普段ならまだ眠っている時間だけど、今日は午前中だけ会議に出ないといけないらしい。


「うん、いってきます」


 いつもどおりの調子で答え、トートバッグを肩にかけて家を出た。

 バッグの中には筆記用具と受験票、試験直前に見るテキストと、終わってから読む用のスラムダンクを二冊。あとは、携帯電話――二年前から使っているガラケーだ。スマートフォンは特に必要性を感じないから持っていない――と財布とポケットティッシュとスポーツドリンク。ドリンクはちゃんとペットボトルホルダーに入れてあるから、水滴でバッグや受験票がぬれる心配なし。別に神経質とかではないけど、こういうところはマメなんだ。もちろん、腕時計もはめている。


 エレベーターをおりてマンションの外に出ると、空はくっきりと晴れていた。雲ひとつ見えない、百点満点の青空。試験前としてはこれ以上なく縁起がいい。


 僕は、しかし逡巡していた。青空をぼんやりと眺めながら、どうしたものかと思い、ひとつため息をつく。バッグの中身はばっちり準備してきたけれど、心の準備はできていなかった。

 空から目をはなし、駐輪場横の壁にもたれる。トートバッグの中から受験票を取り出し、手にとった。ハガキ一枚のサイズにスケジュールや注意事項がびっしりと書かれたそれを見ながら、中学校での生活について思いめぐらす。

 

 このまま予定どおり試験を受ければ、たぶん受かるだろう。思い上がった言いかたかもしれないけど、それだけの勉強はしてきた。 

 四月からは、新しい街で、新しい人たちに囲まれて生活する。冷暖房をはじめ、各種設備の整った環境で快適に過ごせそうだ。どんな先生や生徒たちがいるのかはふたを開けてみないとわからないけど、気の合う人もいればそうでもない人もいることは、私立だろうと公立だろうと変わらない。都筑たちのような気のおけない仲間が新しくできるかもしれないし、山内さんに劣らないぐらい可愛い女子生徒の隣の席になるかもしれない。それらは確かに心のはずむ期待で、胸のなかで休憩している好奇心を突き動かすには充分な要素だった。


 でも、結局は仮定にすぎない。

 そう言うと難しくきこえるけど、つまりは不確かなものだ。いい先生がいるとか気の合う友達ができるとか可愛い女の子がいるとか、そういうのは今現在は全部不確かなもので、実際にはそうではないかもしれない。こんな学校に入るんじゃなかったと、後悔する可能性だってある(でも、設備については間違いない。入試説明会の時に見学したからね)。


 二中の学校生活が楽しいという保証もない。

 おなじみの顔ぶれもいる一方、見知らぬ人もたくさんいる。新たに出会う人のほうが何倍も多いだろう。そういう人たちとうまくやっていけずに、居心地の悪い生活にならないともいえない。都筑と、中学でも同じクラスになるかどうかもわからない。クラスが別になって、もっと仲の良い友達ができて、今みたいにドッジボールに誘ってくれることもなくなってしまうかもしれない。山内さんにはカッコイイ彼氏ができて、そうすると近所で会ったときになんとなく気まずくなるかもしれない。別に、今だってただの親しい友達なんだから、気まずく感じることはないんだけど。どれも不確かな想像だけど、絶対ないとは言いきれない。期待にしても不安にしても、未来のことはどうしたってわかりようがない。


 壁によりかかったまま、また上空を見上げてみる。

 変わらず百点満点。晴天の陽ざしが、広大な答案用紙に花丸をプラスしていた。思わず、手の甲を額にかざす。


 僕は、左手に持っていた受験票をトートバッグにしまった。



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