第1話「決勝戦」
「池下ぁ、ドッジボールやろうぜ!」
木曜日。帰りの会が終わって、いつものように都筑が誘いにきた。
彼の席は廊下側の最前、僕は窓側の一番うしろなのでだいぶ離れているのに、都筑は真っ先に僕のところにくる。
「うん。ちょっと図書室に本返して、それから行くよ」
「オッケー。じゃあ後でな!」
ほかのクラスメイトたちと、駆け足で教室をあとにした。
都筑はクラスで一番のせっかちで、たまにその行動の早さに思わず半笑いをうかべてしまうことがあるのだけれど――先週の掃除のときは驚いた。まだ給食を食べている人が大勢いるのに、少しでも早く終わらせて休み時間に入りたいものだから、みんなが食べている間をかいくぐって一人で掃き掃除をはじめていたのだから――、僕は都筑のそういうところが案外好きだ。
常に効率よく動くことを考えているし、あれで意外と空気も読める。さすがに、人がご飯食べている横でモップ掃除するのは勘弁してほしいけど。
「まったく、都筑くんったら。覚くんがもうすぐ受験なの知ってるくせに」
隣りの席の山内さんが、彼らのほうを見やってため息まじりにつぶやく。
「たまには気分転換したいから、ちょうどいいよ。それに今日、決勝戦でしょ? 最後ぐらい出ようかなと思って」
月曜日から、放課後に体育館でやっている対抗試合の、確か今日は決勝戦だった。六年生の四クラスによる総当たり戦。授業でもなんでもなく、ただのドッジボール好きな生徒が集まってやっているだけだが、あと少しで卒業ということもあって、先生たちもまざって結構にぎやかに行っている。
現状、一組(僕らのクラス)と三組が二勝でタイになっており、今日勝ったほうが優勝だ。
三組はよく知らないけれど、僕のクラスメイトは遊びにしてはずいぶん本格的にやっている。都筑なんか、器用にカーブやドロップといった変化球まで織りまぜてやるほどだからね。もともと運動が得意とはいえ、ドッジボール用の大きめのボールで変化球なんて、よく使いこなせるよなあと思う。僕もドッジボールは好きだけど、彼の投球を見るまではまっすぐ投げる以外の発想はなかった。
「まあ覚くんのことだから、あせって勉強しなくても大丈夫か」
頬杖をつきながら、くすりと笑って言った。
「どうだろうね。山内さんは帰るの?」
まっ赤なランドセルの横には、椅子にかけてあったセルリアンブルーのダウンジャケットが置かれている。
「そう思ってたけど、たまには出ようかな。覚くんと一緒にドッジボールするの、久しぶりだし」
答えながら、ダウンジャケットを椅子にかけ直した。
「そういえばそうかもね。結構、強いボール投げるよねぇ」
「女子にしてはね。でも取るの苦手だから、当てられないように逃げてるだけかも。じゃあ、またあとでね」
「うん、あとで」
烏の濡れ羽色のような彼女の長い髪が、シャンプーのいい香りを落としながら僕を横ぎった。