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鬼灯町の百鬼夜行◆宴  作者: 宵宮祀花
陸ノ幕◆七つ目の七不思議
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陸ノ不思議:美術室の石膏像

 体育館で負傷し植物状態となったのは、二年菖蒲組の笠子恵一だった。当時体育館で部活動をしていたバスケ部員曰く、彼は体育館に纏わる七不思議を調べに来たと顧問に告げ、活動の邪魔にならない位置で記事を書いていたらしい。

 部員も教師も最近は七不思議絡みで事故が起きていることを知っていたため、最初は断ろうとした。だが彼があまりにも熱っぽく頼むものだから、もし此処で断ったら部活終了後、人がいなくなった体育館で調査しかねないと危惧したのだ。そしてその予感は当たっており、笠子は部活中がだめなら終了後に一人で調べるつもりで来ていた。

 部活中は何事もなかったが、部員たちが片付けに入ったとき、笠子の背後に頭上からボールが落ちてきた。部員はその瞬間を見なかったが、笠子が「なんか降ってきたけど片付けたほうがいいんじゃねーの」と言って投げて寄越したという。そして再び記事を書き始めると、今度は背中にボールが当たった。痛みを感じるような強さではなかったものの、からかわれたと感じた笠子が「ふざけてんじゃねーよ」と言ってボールを投げ返した。そのときだった。彼が投げたボールが床にバウンドしたかと思うとあり得ない速度で跳ね返り、彼の頭部に直撃したのだ。

 部員も顧問も、当の本人である笠子も、なにが起きたか理解出来なかった。棒人形のような挙動で背後に倒れ、目を剥いたまま泡を吹いて痙攣する姿を見て、誰もが暫くのあいだ呆気にとられてしまった。

 そのせいか、バスケ部部員の中には「自分がもっと早く動けていたら、助かったかも知れない」と自責している者もいるようだ。

 これほど事件が相次いでいるのに彼が七不思議の調査を続けた理由はわからないが、部員曰く、どうにも鬼気迫る様子だったという。


「結局さあ、あいつがなんであんなマジになってたのかわかんねーんだよな……」

「七不思議が親の仇みたいな顔してたよな」


 翌日の放課後。バスケ部員の二人は、同じクラスの友人であり美術部員でもある男子生徒と、同じく待機を言い渡された新聞部員の醍醐祐介と共に、美術室で時間を潰していた。部活の終了時間繰り上げのみならず、体育館は警察の捜査が入っているため現在使用出来ず、また、前日の事件で笠子の頭に当たったものがバスケットボールであったことも受けて部員は個別で警察に話を聞かれることとなっている。警察も部員を疑っているわけではなく、『部員は犯人ではない』と確定するための作業であるらしい。

 抑も笠子の死因は頸椎骨折である。いくらバスケ部員であっても、正確に頭部を打ち抜くなど。しかも、死ぬほどの力を込めて。あまりにも非現実的だ。


「醍醐はなんか聞いてねーの?」

「いや……先輩だし、そこまで交流もなかったから」


 不意に話を振られ、醍醐は困惑した様子で首を振った。本当に知らないとわかると、バスケ部員も「そっか」とだけ返し、それ以上追求することなく雑談に戻った。


「人が倒れるのなんか間近で見たことなかったからさぁ……ドラマなんかですぐ大丈夫ですかつって駆け寄ってんのあるけど、訓練されてねーとマジ無理だわ……あんなん、医者でもなきゃどうしようもねーよ……」


 吐き出さずにはいられないといった様子でぽつぽつ零すバスケ部員のクラスメイトを横目で眺めながら、醍醐は箒を手にひっそりと溜息を吐いた。

 足元には、砕けて散らばった石膏像だったものの破片が転がっている。先ほど一人の女子生徒が手を滑らせて落として割ったのだが、本人は「やっべ」と小さく呟くだけで破片を放置したまま、友人と出て行ってしまっていた。他の生徒も面倒臭そうに横目で見るだけで、特に触れることなくそそくさと退室しており、仕方なく掃除用具入れから箒を取り出して掃き集めていたのだった。

 彼女たちは美術部員でもなければ、待機を言い渡された部活のメンバーでもない。

 ただ何となく人がいるところに寄ってきて、スマートフォンをいじって駄弁りながら時間を潰していただけの、この場の誰とも無関係の人間だ。おそらく図書室だと雑談は出来ず、教室にいれば担任に早く帰れと言われるため此処を選んだのだろう。


「現場で出来ることなんかなかったって聞いたけど。寧ろパニクって揺すったりしたらいまよりひどいことになってたかも知れないだろ」

「いまよりひどいってそれもう死じゃん……? なんかさあ、最近変な事件多いよな。いなくなった新聞部の奴らも最悪の見つかり方したし」

「……そうだな」


 二人の会話を余所にぼんやり立ち尽くす醍醐の脳裏にあるのは、石膏像の噂だ。

 七不思議の調査からはとうに手を引いているものの、それでも噂のあるものや場所で変わらず事件が起きている。石膏像の噂は、落として割った女子生徒が怒られることを恐れて教室の隅に破片を隠して逃げ帰ったところ、全身バラバラになって死んだという現実味の全くないものだ。人がバラバラになるには工場などで使われるような、相応の機材が必要となる。女子高生がそんなところに近付くとは思えず、日常生活をしていて人体をバラバラにするようなものと遭遇する事態は尚のことあり得ない。

 馬鹿らしいと頭では思うのに、否定しきれない自分に嫌気が差す。醍醐は掃き集めた破片をビニール袋に入れ、教卓脇に置いた。


「だっ……誰か! 誰かぁ!!」


 箒とちりとりを掃除用具入れにしまっている醍醐の背に、突然女子生徒の鋭い悲鳴がぶつけられた。扉を閉めて駆け出した醍醐の視界の隅では、バスケ部員の男子が青白い顔で立ち尽くしていたが、声をかけずにおいた。ほんの先日、目の前で人が倒れるのを目撃したばかりの相手に、更にショックを受ける可能性がある現場へ「いいからついて来い」と言えるほど醍醐は鬼にはなれなかった。

 声の主は美術室からすぐのところにある階段にへたり込んでいた。そして、その先。踊り場には凡そ人体が取ることの出来ないであろう格好で倒れている、もう一人の女子生徒が。

 あらぬ方向へ曲がった関節も異様だが、関節でない箇所で手足が曲がっていることも異様で、醍醐は暫くそれを現実のものと捉えることが出来なかった。隣で泣きじゃくる女子生徒の声が、異様なほど遠くに感じる。

 そうこうしているうちに悲鳴を聞きつけた生徒が駆けつけ、教師が野次馬を追い返しながら救急に連絡をした。オペレーターと話している教師の声は疲れ果てており、彼も何らかの治療が必要そうに見えるほどだった。

 座り込んでいたほうの女子生徒は怯えきっており、自力で歩くことが出来なくなっていたため、男性教師が抱えて保健室へと運び込んだ。いったいなにが起きてあのような事態になったのかを知るのは彼女だけだが、当分話は聞けそうにない。

 既に満ちたと思っていた不安と恐怖が、虫のさざめきのように広がっていく。薄暗い感情が、学校中に蔓延していく。日の入りが早くなりつつあるこの季節、寒さに加えて追い打ちのように死傷事件が相次いで、生徒たちの心は疲弊してしまっていた。


 翌日、鬼灯高校は臨時休校となった。

 まさか七不思議が原因などと言うわけにもいかず、表向きの理由は敷地内点検ということになっている。しかし、突然降って湧いた平日の休みにはしゃげる気分でもなく、殆どの生徒たちは自宅で何とも言えない気分のまま空白の一日を過ごしていた。

 二年菖蒲組の比嘉恭子と牡丹組の五十崎凛もまた、自室で無料通話アプリを利用したビデオ通話をしていた。なにか特別話したいことがあったわけではない。ただ、誰かと繋がっていないと渦巻く不安に押し潰されそうで怖かったのだ。

 二人は一年の頃に同じクラスとなったときからの友人で、部活も二人で決めていた。なにをするにも一緒で、学校では移動教室や着替えなどは勿論、トイレ休憩すら一緒に行っている。更に休日も二人で過ごすことが殆どで、周りの生徒からは同じ女子にさえあんなにべったりすることはないと言われるほどだ。

 比嘉は部屋に持ち込んだ菓子を摘まみながら、五十崎の話を聞いていた。


「昨日の美術部でのことも、新聞部員がいたせいだって言われたんでしょ? あんなの壊して逃げたやつが悪いんじゃんね」

「そうだよね……醍醐くんは寧ろ、後片付けしてただけなのに」


 前日の女子生徒落下事件のときのこと。救急車で落ちた生徒が運ばれていったあと、傍でへたり込んでいた友人の女子生徒が突然醍醐を指差して叫んだ。


『アンタのせいだ! 新聞部員なんかが美術室に来るから!!』


 ざわざわと不穏な気配が蔓延する中、醍醐は特に反論することなく黙ってその場から立ち去った。彼女らは自分のしたことを棚に上げて醍醐を非難したのだ。


 いまでは、部員が所属するクラスだけでなく、学校全体が新聞部を怨み始めている。彼らが余計なことをしたせいだ。死んだのも怪我をしたのも自業自得だと囁いている。調査に殆ど参加していない部員でさえ、熱意は外から見えないゆえに新聞部員だからと一括りにされて陰口を叩かれる始末。

 比嘉と五十崎も前日のHRが終わって教師が退室した辺りで、クラスメイトたちから非難の視線と聞こえよがしな陰口を浴びていた。


「部活辞めようかなって思ってるんだけどさ、でもいま辞めても、元新聞部ってだけで疫病神扱いされて居場所なくなりそうで……」

「わかる。部活続けても辞めても地獄じゃんね……校則さえなかったらなぁ……」


 鬼灯高校には、生徒は必ず部活に所属しなければならないという校則がある。それは入学説明会の時点で聞かされる話であり、高校のパンフレットにも載っている事項だ。二人も入学時点ではそれを了承していたし、抑も七不思議事件が起きるまでは不服など全く感じていなかった。もしも強制的に運動部所属と言われたら別の高校を選んでいただろうが、文化部でも同好会でも良いのなら、友人と過ごすだけで校則を守ったことになるのだから問題ないと判断したのだ。


「いっそ新しく同好会作るとか?」

「あー……あからさまに行き場のない元新聞部が寄り集まって作りました感凄いけど、最悪そうするしかないかもね」


 スナック菓子に手を伸ばし、口に運ぶ。

 そうしてだらだらと話しているうち、次第に眠気が襲ってきて、どちらからともなく「そろそろお開きにしようか」となった。


「じゃ、また明後日? だっけ?」

「だね。明後日。お休みー」


 通話を切りベッドに横たわると、比嘉はなにを見るともなくスマートフォンを開いて画面を眺めた。SNSのタイムラインを流し見したり、好きな芸能人が出ている舞台の公開情報サイトを眺めたりしているうち、瞼が降りていく。


 ――――次に目を覚ましたとき、比嘉は黄昏時の校舎にいた。


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