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鬼灯町の百鬼夜行◆宴  作者: 宵宮祀花
陸ノ幕◆七つ目の七不思議
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伍ノ不思議:体育館のボール

 明確な死者が出たことで、鬼灯高校全体に注意喚起がなされることとなった。まさか高校生にもなって『七不思議を追いかけて危険なことはしないように』などと言われることになるとは思っていなかった生徒たちは困惑気味に教師の話を聞いていた。だが、武内良太の最期を目撃した紅葉組や、部員が複数消えている新聞部の面々は、笑い事でないことを痛感している。

 二年牡丹組の五十崎凛もまた、憂鬱な気持ちで教師の話を聞いている一人だった。

 一年の大小路絵美那が失踪したのを皮切りに、新聞部員の周囲で異常なことが起きているのは事実である。閉籠蒼乃の件はもらい事故のようなものだが。ならば尚のこと、いつ自分にも『お前たち新聞部のせいで』と嫌がらせが降りかかるかも知れないのだ。

 帰り支度をしながらひとり溜息を吐いていると、斜め前の席で同じく帰り支度をしていた男子生徒が振り向いた。


「どしたの? さっきからめっちゃ溜息つくじゃん」


 彼は女子の制服を着た上で髪をいちごミルクのような甘いピンク色に染め、リボンでツインテールにしている。鬼灯高校では後ろの席の生徒の視界を妨害するような奇抜を通り越した髪型でなければ基本的には色も長さも形も自由で、式典のとき以外は制服を改造して着ることも咎められない。当然異性の制服を着ることも自由だが、制服自体が高価なため、気分で性別の異なるものを着る生徒はいまのところいない。

 異性装をしている生徒は、赤猫桐斗ともう一人、一年桜組の大御門伊織のみだ。双方他学年にも名が知れている生徒で、赤猫桐斗は最近萩組の黒烏柳雨と付き合っていると噂が流れている。


「あ……ごめん、鬱陶しいよね」

「そうじゃなくて、なんかあったのかなって。いや、あったっちゃあったけどさあ」


 紅葉組でのことを指して気まずそうに言ってから、桐斗は「で?」と改めて問う。


「五十崎さんも確か新聞部だったよね。それ絡み?」

「うん……なんでこんなことになっちゃったのかなって……」


 行きたくないあまりにわざとゆっくり荷物を纏めていたが、気付けば全て纏め終えていた。あとは鞄の口を閉じて背負うだけなのに、その手がやけに重い。


「ていうか、本当に七不思議なんかが原因なのかな……あんなの、ただの噂じゃない」

「そーだね。ただの噂だよ。そう思う人にとってはね」

「……どういうこと?」


 桐斗の大きな瞳が、にんまりと細められる。猫のような双眸が、五十崎を捕らえる。まるでいまから狩られる獲物にでもなった気分だ。


「噂は信じるから形になるのさ。現にいままで、何ともなかったでしょ? 七不思議の存在も知ってたし、小中時代は話題にしたかも知れない。でも、異変はなかった」


 怖々と頷き、五十崎は知らず識らずに唾を飲み込んだ。


「面白半分なうちって、案外何ともないんだよ。心霊スポットなんかも大半は物理的に危ないことのほうが多いし。不審者が出るとか、崖崩れがあるとかね。それでも其処に一欠片の本気が混じると、噂は噂じゃなくなるってわけ」

「なんで、そんなこと……」


 まるでこの異常な出来事を日常と捕らえているかのような物言いに、五十崎が重ねて訪ねようとしたときだった。がらりと音を立てて扉が開かれ、思わず肩が跳ねた。

 扉の前に立っているのは、桐斗と噂になっている人物、黒烏柳雨だ。


「桐斗、そろそろ」

「はいはーい。んじゃ、あんまし気に病まないようにね」


 五十崎にひらりと手を振り、キーホルダーやぬいぐるみで飾った鞄を肩にひっかけ、桐斗は小走りで教室を出て行った。


「子猫ちゃん、クラスメイトに噂屋の仕事なんか解説してどうしたんだよ」

「えー、なんか気に病んでるみたいだったから。気にしないほうがいいよって」

「それ、逆効果じゃね?」

「やっぱそう思う?」


 悪びれずに言う桐斗の頭に手のひらを乗せて、ぽんぽんと撫でる。部室までの道中にいくつかの視線とすれ違ったが、ふたりとも気にせず文化部部室棟を目指した。


「きゃああああ!?」


 本校舎を抜けて文化部部室棟に入ろうかという頃、上階から誰かの叫ぶ声がした。

 一瞬顔を見合わせ、ふたりは飛ぶようにして階段を駆け上がって行く。声の距離から四階の角と目星をつけて行ってみれば、案の定。本校舎四階角にある図書室前の、女子トイレに人だかりが出来ている。


「子猫ちゃん、頼む」

「はいよー」


 桐斗が僅かに領域の気配を強くして、人を少しだけ遠ざけると、出来た隙間を抜けてトイレに入った。掃除用具入れと洗い場がある場所を通り抜け、個室が並ぶところまで来ると、一人の女子生徒が腰を抜かして一番奥の個室を見つめていた。

 女子生徒を気にしつつふたりが個室を覗けば、其処には無残な姿で倒れている新聞部部長の沢越希枝がいた。光を失った暗い目は床に投げ出され、大きく切り裂かれた体を縦に走る赤い線と潰された下腹部から飛び散る血肉は、つりスカートを思わせる。床に両足を投げ出して座り込んでいる彼女の手元には、普段取材に使っているものであろうペンとメモ帳が転がっている。


「柳雨、あれ」

「拝借しますよっと」


 メモとペンを拾い、揃ってトイレの外へ出ると、桐斗は領域を解除した。個室の前で腰を抜かしていた女子生徒の元へ、騒ぎを聞きつけた司書が駆け寄るが、司書の女性も個室内を一目見るや口元を押さえ、斜向かいのトイレで激しく嘔吐した。

 その様子を見てなお中に入ろうという者はなく、結局、誰かが呼んだ救急隊と警察が現場を整理するまで、誰もまともに動くことが出来なかった。


「遅かったではないか」

「ちょっと上で見つかった人がいてねー」


 百鬼夜行部の部室に入り、早速柳雨は希枝の取材メモを広げて見た。

 其処には女子トイレに閉じ込められてからの、彼女の手記が記されていた。


『噂のトイレ前を通りかかったからついでに調べようと思っただけなのになんでドアが開かないの? 意味わかんないんだけど』

『さっきから大声を出してるのに、誰も来てくれない。わざと無視してる?』

『マジで最悪。トイレで一晩過ごす羽目になるなんて思わなかった。警備の人とか仕事してないじゃん。クソかよ』

『掃除の人が来たから叫んだのに、全然気付いてくれない。なんで? おかしい』

『ていうか、誰が閉じ込めたの? 一緒にいたあの一年? だとしたら許さない』

『開かないならドアを乗り越えればいいじゃんって気付いて便器によじ登ったら、急に生ゴミが飛んできた。最悪。誰だよ』

『ムカつく。ムカつく。ムカつく。絶対許さない』

『今日は上から水が降ってきた。笑い声もした。誰? 私がなにしたっていうの?』

『蒼乃。ここの噂を知ってたのは蒼乃だ。蒼乃がやったんだ。ずっとずっと友達だって思ってたのに、コミュ障の蒼乃を引っ張ってやったのに、裏切り者。許さないから』

『死ね。みんな許さない。死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』


 最後のヤケクソのような書き殴りはペンを突き立てるようにして書かれていたため、メモ紙を数枚突き破っている箇所がいくつもあった。後半に至っては最早文字になっておらず、ただ憎い相手を刺し殺すかのように何度も何度も執拗にペンを刺した跡だけが刻まれている。


「異界に閉じ込められてーからの、自分が呪いになっちゃったやつだね」

「鏡の子もたぶん其処にいると思うんだが、生憎鏡の向こうは管轄外なんだよな」

「あの……」


 桐斗と柳雨の会話を、桜司の膝に抱かれて聞いていた千鶴が、怖ず怖ずと声を挟む。


「鏡のことって、牡丹さんでもわからないのでしょうか……?」


 鏡の妖である牡丹の名を出すと、ふたりは揃って「あー……」と何とも言い難い声を漏らした。不思議そうに首を傾げる千鶴の頭を桜司が撫で、柳雨は希枝の手元から掠め取ってきたペンを器用に回し始める。


「まあ、噂で生えた程度の怪異と比べて上位の妖だから、出来なくはないんじゃね」

「無事にとは言えないだろうけどねー」

「えっ」


 桐斗に、本人に聞いてみたらと言われ、千鶴は胸ポケットから手鏡を取り出した。


「あら、千鶴ちゃん。どうしたの?」

「ちょっとお聞きしたいことがあって……」


 言いかけて、ふと気付く。

 鏡に映っている牡丹の背景が、見覚えのある景色をしていることに。


「って、牡丹さん、もしかしていま学校にいます?」

「ええ。四階トイレで見つかった子がいてね、その対処で来ているのよ」


 なるほどと納得して、それから本来の用件を伝えた。

 牡丹は顎に手を添えて暫く考えるふうにしてから、千鶴に「ちょっと待っててね」と言うと、一度接続を切った。

 なにも映さない鏡を前に待つこと数分。戻った牡丹の表情はあまり明るくない。


「見つけたわ。残念だけれど、向こうと此方では時間の流れ方が違うから、既に衰弱死してしまっていたの」

「そんな……」


 などと話していると、牡丹の背後、だいぶ遠くから女子の悲鳴が届いた。どうやら、鏡の中から引きずり出しておいた大小路絵美那が発見されたのだろう。


「それじゃあ、お仕事に戻るわね。千鶴ちゃんも気をつけて帰るのよ」

「はい。ありがとうございました」


 手鏡を胸ポケットにしまい、一つ息を吐く。

 いつからだろうか。人の死を見聞きしても然程動揺しなくなったのは。勿論、何とも思わないわけではない。見ず知らずの他人だろうと、苦手な相手だろうと、ひどい死に方などしないほうがいいに決まっている。それでも、初めて桜司たちと関わったときに起こった中学生の事故死に対する感情と比べると、心が凪いでいるのを感じる。

 千鶴は何だか自分がとても薄情な人間になった気がして落ち込み、そして、落ち込む理由が自分本位であることにまた落ち込んだ。


「あら、皆まだ残っていたのね」


 其処へ、仕事を終えた神蛇が合流した。

 校内で二人の遺体が発見されたため、教師たちは部活などで残っている生徒に帰宅を促して回っているらしい。連日の人死にで体調を崩す生徒も出始めており、学校閉鎖も視野に入れているのだとか。


「そういうわけだから、千鶴ちゃんたちもそろそろ――――あら?」


 不意に、神蛇の持っている端末が小さく震えた。これは、教師に学校から配布されている教員用端末で、重要な連絡事項や緊急連絡などが送られて来るものだ。

 端末画面を見た神蛇の柳眉が、哀しげに寄せられる。


「今度は体育館で怪我人が出たそうよ。わたくしは体育館の様子を見てくるから、皆はもう帰りなさいね」

「はい。……先生も、気をつけてくださいね」

「ありがとう、千鶴ちゃん」


 心配そうな千鶴に見送られ、神蛇は文化部部室棟を出て体育館へ向かう。

 其処では生徒や部活動顧問に囲まれて倒れる男子生徒がおり、いったいどんな衝撃が頭部に与えられたのか、泡を吹いて痙攣している。

 本校舎の対処を終えた警察が駆けつけ、ほぼ同時に救急車も到着したが、男子生徒は命こそ助かったものの、しかし拾ったのは命だけという有様だった。

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