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鬼灯町の百鬼夜行◆宴  作者: 宵宮祀花
陸ノ幕◆七つ目の七不思議
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参ノ不思議:講堂のピアノ

 大小路絵美那に続いて、沢越希枝まで学校で消息を絶ったことにより、鬼灯高校では部活動の終了時間を繰り上げることが決定した。

 現在は、本格的な冬が近付きつつある十一月。日の入りも早いため、生徒たちを早く帰すことに反対する教師や保護者はいなかった。

 当然ながら、新聞部を初めとする文化部もその対象となる。

 前日、帰路につく前に部員全員で図書室前の女子トイレを探したが、希枝の姿も人が使用した形跡もなかった。元から滅多に使われないところで、掃除だけしているような場所なのだ。人が漁ったならなにかしらの形跡が残るはず。それが一切なかった。

 希枝の鞄は、部室に残されたまま。調査ノートとペン一本だけが、彼女と共に消えている。


「ねえ、今日はどうする……?」

「神隠しみたいになってるけどさ、事件なのか何なのかわかんないよね」

「希枝の家族は一応届け出出したみたいだけど……あんま真剣に心配してなかったよ。年頃の娘が消えたってのに、結構薄情じゃない?」

「希枝んちって昔からそうだよ。アイツがマスゴミ脳だからか、母親が嫌ってんの」


 三年の志保と蒼乃が、人のいない部室で小さく零す。

 いなくなったのは、一年と三年生が一人ずつ。今日は後輩に部活をやるとは告知しておらず、二人はただ何となく話したくて部室を選んだだけだった。

 左右の部室からは賑やかに作業をする声が聞こえてくる。恐らく廊下に出れば、更に他の部室で活動している声が聞こえることだろう。

 二人の生徒がいなくなったといっても、まだ行方不明事件と決まったわけではない。だからか、生徒も教師も同じクラスの者は多少心配してはいるものの、不安そうにしている人は誰もいない。

 或いは、校内で奇妙な出来事が起きすぎて麻痺しているのかも知れないが。


「つか、いなくなっても心配しないって、なにしたらそんなことになんの?」

「うーん……人んちのことだから、言いふらさないでほしいんだけど……」


 そう前置いて、蒼乃は希枝の家庭内不和の事情を小声で話した。

 希枝の叔母の夫が、不倫をしたこと。そのとき希枝がマスコミぶって「原因は何だと思いますか?」などと傷心の叔母に尋ねたこと。それを叱られた際、反省するどころか「私にだって真実を知る権利がある!」「隠そうとするってことは疚しいことがあるに違いない!」と反発して殴られたこと。

 当時中学生で、憧れの対象になりきろうとする性質と反抗期が悪い意味で噛み合ってしまったために起こった出来事だった。


「うわ……それは百パー希枝が悪いじゃん……」

「そうなんだよね。全記者ゴミクズなわけじゃないだろうに……なんでよりにもよってお手本にマスゴミを選んじゃったんだろう」


 蒼乃は部室に残された希枝の鞄を一瞥し、溜息を吐く。


「七不思議に関しては一ヶ月待ったけどさ、アイツ吹部の死亡事件とかのときも残った部員や関係者に凸ってたんだよね」

「うっそ、マジ? 四人も意味わかんない死に方したのに?」


 蒼乃は沈痛な面持ちで頷き、溜息を追加した。

 窓の外は陽が落ちていて、部活の声も徐々に落ち着き始めている。間もなく、帰宅を促される時間だ。


「そんなんだからさ、学校内で希枝を嫌ってる人は結構多いんじゃないかな。そういう人が悪戯で閉じ込めてもおかしくないと思ったんだけど……」

「トイレにはいなかったんだよね」


 どちらからともなく立ち上がり、鞄を肩にかけて部室を出る。

 薄暗い廊下を進んでいると、部活や雑談等の音声が何処か遠くに感じられる。校庭のほうから「ありがとうございました!」と運動部の元気な声が聞こえた。


「それに、閉じ込められたら普通は騒ぐじゃん? 舞薗さんがやったんじゃなきゃ声がしたって言うはずだよね」

「それはそう。図書室前だから、抑もあの時間なら図書委員が気付くはずだし」

「……何処に消えちゃったんだろうね」


 なにが原因で、何処へ消えたのか。そして、何故彼女たちなのか。

 二人が靴を履き替えて昇降口を出ると、運動部は片付けを終えるところだった。もう幾許も無く、学校内全てが静まり返る時間帯だ。


「……あれ? なんか聞こえない?」

「なに?」


 不意に、志保が足を止めて耳を澄ました。

 蒼乃も倣ってみるが、まだ校舎に人が残っているため、どの音かわからない。怪訝な顔をする蒼乃を余所に、志保が音がしているであろうほうへと歩き出す。向かうはずであった正門とは別方向だ。

 暫く志保についていくと、講堂が見えてきた。そして建物が見えてきた辺りで蒼乃も彼女が言っていた『音』の正体に気付いた。


「……あ、本当だ。ピアノの音がする。誰か練習してんのかな」

「ちょっと見てくるね。もうすぐ部活終わりの時間だし」

「わかった」


 少し離れたところで蒼乃が立ち止まり、志保だけが講堂入口へ近付いていく。そして大きな鉄扉に手をかけ、ゆっくりと引き開けながら中に「ねえ、誰かいんの?」と声をかけた。そのときだった。


「ぎゃあっ!?」


 バンッ! と、物凄い音を立てて扉が閉まった。

 同時に講堂の奥から、両手を鍵盤に叩きつけたような音もしたが、それ以上に志保の悲鳴と扉の閉まる音が辺りに響き渡った。離れた位置にある運動場で、帰宅準備をしていた運動部員にまで聞こえるほどの声だった。


「志保!?」

「ひっ……あぁ……うあ…………」


 志保は蒼乃の呼びかけには応えず、ハッハッと短い呼吸を繰り返しながら涙を流して蹲っている。怖々志保の顔を覗き込めば、両手の指が無残な形に折られていた。


「先輩! なにがあったんですか!?」


 其処へ、悲鳴を聞きつけたサッカー部員の男子生徒が数名駆け寄ってきた。片付けをしていたのは主に一、二年生だったようで、いるのは蒼乃たちの後輩ばかりだ。


「わ、わかんない、急に扉が閉まって……!」

「うわ!? マジかよ……! おい、救急車! あと先生呼んでこい!」

「はい!」


 二年の指示で部員が散り散りになり、暫くして職員室にいたらしい二年牡丹組担任の菊伊那盃祠が駆けつけてきた。


「なにがあったのか話せる人はいるか?」

「俺たちは悲鳴を聞いて来たんで……」


 サッカー部員たちと菊伊那の視線が、蒼乃に集まる。蒼乃は志保を気にしながらも、目の前で起こったことを話した。

 帰ろうとしたら、講堂のほうからピアノの音がすると志保が言い出したこと。それについていったら、蒼乃も確かにピアノの音を聞いたこと。志保が部活終了時間を忘れているといけないからと声をかけに行ったこと。その直後に、扉が物凄い勢いで閉まり、志保の指が挟まれたこと。


「先生はご存知だと思うんですけど、此処の扉って映画館のドアみたいに凄く重くて、人の指を潰すような勢いで開け閉めなんて出来ないんです。抑も、手を離したら其処で止まるようになってるし……」


 そう。講堂の扉は、映画館などで使われているものと殆ど同じ作りの防音扉だ。声や音が外に漏れることもなく、演奏会などにも使われている。

 ならば、何故……志保は閉まりきった講堂で鳴るピアノの音を聞いたのだろうか。

 この場にいる全員が、蒼乃の話の奇怪さに気付き、口を噤んだ。彼女が、自分で扉を叩き閉めたことを隠して嘘を吐いている可能性に気付いたのではない。

 蒼乃の言う通り“人の力では”不可能だということに思い至ってしまったのだ。


 ふと、志保の啜り泣く声だけが響く空間に、救急車の音が滑り込んできた。


「とにかく、君たちは帰りなさい。内海には先生が付き添うから」

「……はい。よろしくお願いします」


 担架に乗せられた志保に続いて、菊伊那も乗り込む。

 そうして遠ざかって行く救急車を見送ると、蒼乃は講堂を睨んでから帰路についた。

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