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鬼灯町の百鬼夜行◆宴  作者: 宵宮祀花
壱ノ幕◆蠱毒の残滓
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山羊さん郵便

 ひと気のない文化部部室棟の、無人の手芸部室で、千鶴は真莉愛に千代紙で折り紙を教えていた。縮緬風の手触りと着物のような柄が可愛らしい千代紙をいたく気に入った真莉愛は、上手に折れたら英玲奈にプレゼントしたいと華やいでいる。


「千鶴は、こういう遊びをよくしていたのですか」

「うん。体質もあって友達がいなかったからね。一人遊びはたくさん知ってるよ」


 答えながら部室内を見回して、毛糸玉に目を止めると指をさして真莉愛を呼んだ。


「あれとか、適当な大きさの輪を作ってあやとりして遊べるし」

「あやとり……どういう遊びなのですか?」

「うーん……口で説明するよりやってみせたほうが早いんだけど……」


 部員でもないのに備品を使ってしまうのは気が引けて悩んでいると、真莉愛が棚から一つ毛糸玉を手に取って持ってきた。


「勝手に使っちゃっていいの?」

「はい。これはまりあのなので、大丈夫です」

「じゃあ、借りるね」


 程よい長さに切って輪を作り、両手の指にかけると簡単なものから作って見せた。


「これが鉄橋で……これが東京タワー」

「わあ……!」


 子供のように目を輝かせて見入る真莉愛の反応に照れながら、最後に蝶々を作ると、ほどいて輪に戻した。


「案外覚えててびっくりした。もう何年もやってないから忘れてると思ってたけど……手が覚えてることってあるんだね」

「千鶴は器用なのですね。まりあにも出来るでしょうか……?」

「うん、練習すれば出来るよ。そんな難しい遊びでもないし……そうだ」


 なにか思いついた顔で言い、千鶴は真莉愛に「こうやってみて」と手本を見せてから真莉愛に毛糸の輪を渡した。見様見真似で指を通すぎこちない手つきを見守り、出来た基本形のあやとりに手を添えると、くるりと指を通して取って見せた。


「こうして、交互に取りながら色んな形を作る二人用の遊び方もあるんだよね。覚えて帰ったら英玲奈ちゃんと遊べるんじゃないかな」


 千鶴の提案に、真莉愛は更に表情を華やがせて食いついた。最初は上手く形に出来ずほどけてしまっていたが、何度か繰り返していくうちにコツを掴んだらしく、何往復か続くようになってきた。

 そうして遊んでいると、部室の扉がノックされ、真莉愛が答える声とほぼ同時に扉が開かれた。


「赤猫先輩!」

「教室にいないから探しちゃった。なになに、あやとりしてんの?」


 桐斗が千鶴の肩に手を置いて二人の手元を覗き込みながら言うと、日本らしい遊びを知りたいという真莉愛に折り紙を教えた流れでこうなったと説明した。


「僕らは部室でよく花札してたけど、折り紙も楽しいよねー」


 まだ折られていないほうの千代紙を手に取り、慣れた手つきでハートを折ると千鶴の制服の胸ポケットに差し込んだ。


「さすが、手慣れてますね」

「僕のクラスにこれで手紙のやりとりしてる子がいてね、面白そうだから覚えたんだ」


 千鶴が感心と尊敬の眼差しで見つめながら言うと、桐斗は別の紙で同じものを折り、真莉愛にも渡した。千鶴には紅地に桜、真莉愛には桃色の地に小花のハートがそれぞれ贈られた。それをうれしそうに眺めてから、ふと。


「先輩は、千鶴にご用事があったのではないです?」


 真莉愛に言われ、桐斗は「いっけね」と声に出して、誤魔化すように笑った。


「そーだった。千鶴、お手紙来たから今日は部活あるよー」

「わかりました。ごめんね、真莉愛ちゃん。また今度、色々教えるね」

「はい。まりあはさっそく帰って、今日教わった遊びをえれなとしようと思います」


 にこにこと機嫌良く言いながら、千鶴に続いて真莉愛も帰り支度をして立ち上がる。廊下に出たところで互いに「また明日」と別れて、千鶴と桐斗は手芸部の部室から徒歩五秒ほどの距離にある百鬼夜行部部室へ向かった。


「たっだいまー! 千鶴連れてきたよー」

「お帰り子猫ちゃん」


 部室内には、いつも通りの場所に見慣れた顔ぶれが揃っていた。


「千鶴」


 桜司の呼ぶ声に従い近付けば、慣れた所作で膝の上に座らされた。最早反論も抵抗もなく収まる様子に、桐斗は恋人というより親子か兄妹の風情を感じたが、それを素直に口にすれば桜司に睨まれるとわかっているので、口を噤んだ。


「で、お手紙はなんだって?」


 代わりに、誰にということもなく今回の要件を訊ねると、柳雨が一枚の葉書を机上に置いて見せながら答える。


「犬神屋敷でやらかした連中に呼ばれてるんだと」

「あー……」


 葉書には大雑把な文字で『犬神やしきで死んだ友だちに、呼ばれなくなるように』と書かれていた。義務教育を終える課程で習っているはずの漢字が書けていないところはともかく、シンプルな文面からも十分に切実さは伝わってくる。


「死んだのって一年生だよね?」

「はい。隣のクラスの人で、休みの日に肝試しをしたらしくて」

「よりにもよって犬神屋敷に行くとか、集団自殺しに行ってるようなもんだろ」


 呆れて言いながら、柳雨は葉書を指先で弾いた。千鶴はHRで神蛇に言われたことを思い返しながら指折り数え、首を傾げた。


「でも、向かったのは四人で、亡くなったのが三人、入院中の人が一人なので、手紙の主は行ってないと思うんですよね……」

「あ? じゃあなんで呼ばれてんだ?」


 柳雨が首を捻り、葉書を覗き込む。友達とある以上、他人ではないのだろうけれど、友人というだけで呼ばれるのなら、他のクラスメイトや部活仲間も呼ばれていなければおかしいのだ。


「今回の件は手紙も此奴一人からであるし、無差別ではなさそうだな」

「こういうことになるのって、条件があるんですか?」

「うむ。余程育ちに育った魄でもなければ、無差別に巻き込むことは出来ぬものだ」

「いつぞやの廃れ神も、影響与えられんのは子供を産める体の女子だけだしな。だからちっちゃい子とか男は祠に近付いてもへいきだけど、女子高生なんてのは格好の餌ってわけだ」


 桜司曰く、死者に呼ばれるには、ある程度条件がある。

 一つは事故や自殺など、死の瞬間を目撃した場合。或いは偶然その場にいた死者と、波長が合ってしまった場合。そしてもう一つ、元々縁深い関係であった場合。

 今回は、共に肝試しをしていない以上、死の瞬間には立ち会っていないはずである。学校から厳重に「冷やかしはするな」と言われていてわざわざ向かうとも思えず、まだ現場に警察もいるいま、死者が留まっている場所を訪れることも不可能。

 ならば、縁深い関係であったことが理由ということになるのだが、亡くなった三人と入院中の女子生徒は吹奏楽部に所属しており、それなりに交友関係が広かったらしい。だというのに、手紙の主一人だけが呼ばれているのはなぜなのか。

 千鶴は桜司の手を玩びながら考えて、ふと思い至った。


「もしかして、本当は一緒に行く予定だったとか……?」

「あっ……! それかも! 誘われたけど行けなかったか行かなかったかで、その場にこの子一人だけいなかったんだ!」

「場所と人、二つに縁が出来ちまってたわけか」


 原因は何となく察しがついた。あとは解決法だが、今回は場所が悪いらしく、珍しく皆して表情が渋い。このどうしたものかという空気は、廃れ神のとき以来だ。

 あの場もまた、完全な浄化が難しい場所であった。神は正しく祀られることで初めて正しく神でいられる。更にあの祠は、元々荒ぶる魂を治めるための場所。信仰が廃れてしまったいま、あの中に収められているのは行き場のない澱みの塊でしかない。

 犬神屋敷も同様に、通常の浄化方法では難しい場所で、それゆえ取り壊しもされずに立入禁止として人を遠ざけ、時間薬が如く年月に任せる形になっていた。

 鬼灯町に長く住む人間は決して近付かなかったが、彼らは違った。駅が出来、僅かといえども発展して外部からの人間が移り住むようになり、信仰や暗黙が通じない世代が現れるようになってきた。旧犬神村に伝わる諸々も、ただの良くある怪談と受け取り、軽んじた結果が今回の件なのだ。


「夜刀のやつ今回は滅茶苦茶やる気ないって言ってたけど、一応新聞にはしてるねー。そこはプロなんだよね、アイツ」


 端末を眺めながら桐斗がぼやく。かくいう桐斗も、手紙の主に繋がった縁を切ること自体に反対ではないものの、肝試しに行った四人には全く同情していない。


「あの場の浄化は僕らには無理だし、縁切りの方向でいいよね」

「うむ。願いも呼ばれなくなることであるようだしな」

「忘れた頃に現場に行ってまた縁を繋ぐようなアホなら、次は見捨てれば良いだけの話だし?」


 千鶴が伊月のほうを見ると、彼も皆と同意見のようで、無言で頷いた。


「ていっても、おーじも伊月も縁切りの神様じゃないし、柳雨の切断能力は思いっきり物理だから誰かに頼まないとだねー」

「そんなら一つ、当てがあるぜ」


 そう言って笑う柳雨の目は、何故か悪戯を企んでいるような色をしていて、このとき誰もその意味どころか彼の言う「当て」に心当たりがなかったため、やむなく彼に全て任せることにして、この日は解散となった。


「あ、そうだ。狐の、おチビちゃん借りてもいいか?」


 部室から出ようとしたとき、柳雨が桜司を引き留めた。桜司は怪訝そうに眉を眇め、読めない表情の柳雨を見つめて問う。


「千鶴を? その当てとやらと繋ぎを作るのに必要なのか?」

「そりゃもう。オレ様だけだと渋られそうでなあ」


 へらりと笑って言う柳雨を暫し睨むように見つめてから、溜息を一つ吐いて、千鶴の肩をそっと柳雨のほうへと押し出した。


「わかった。貴様が責任持って送り届けるならば、な」

「おう。恩に着るぜ」


 頭上に柳雨の手を乗せた状態で、千鶴は先に帰っていく桜司の背を見送った。


「そんな寂しそうな顔しなくても、すぐ帰すって」

「あ……いえ、そんなつもりでは」


 赤い目を細め、宥めるようにくしゃくしゃと千鶴の頭を撫でる。

 珍しい組み合わせで校舎を出ると、柳雨は千鶴を横抱きで抱え上げた。


「わっ、や、やっぱ移動方法はこれなんですね?」

「真っ直ぐ行ったほうが早ぇかんなー」


 千鶴が慌ててしがみつくのとほぼ同時に飛び上がり、道路を無視して直線距離で件の心当たりがいる場所へと向かった。飛び立ったのは学校から南西方向で、千鶴の家より西側にあるらしい。

 少しして、前方に見覚えのある建物が見えてきて、千鶴は首を傾げた。広大な敷地に建つ洋風のお屋敷は、真莉愛の家族が住んでいるところだ。


「心当たりって……」

「お察しの通り、お姫ちゃんとこにいる気難しいお嬢ちゃんさ」


 そこで千鶴は、なぜ自分が連れてこられたのかを理解した。

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