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鬼灯町の百鬼夜行◆宴  作者: 宵宮祀花
陸ノ幕◆七つ目の七不思議
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壱ノ不思議:踊り場の大鏡

 学校の七不思議。

 小中高問わず、何処の学校にもなにかしらは伝えられている、都市伝説の一つだ。

 トイレの花子さん、真夜中のピアノ、一段増える階段、深夜零時に鏡に映る霊など。学校ごと、地域ごとに差違はあれど、有名どころは全国的に知られているものもある。

 此処鬼灯高校もまた、例に漏れず七不思議の噂が存在していた。

 最近になって奇妙な出来事が相次いで起きているためか、七不思議や怪異に関しての噂が流れるようになってきた。季節外れの怪談話はクラスを越え、学年を越え、校内にさざめくように蔓延していく。

 そんな『旬』の出来事を逃すまいと、一人の女子生徒が目を輝かせていた。


「これはスクープのチャンスよ! さすがに死人が出たばっかりのときは不謹慎だって怒られそうだから取材出来なかったけど、一ヶ月も経てば大丈夫でしょ!」


 扉に貼られた紙に手書きで新聞部と書かれた部室には、九人の部員が集まっている。文化部部室棟二階の、奥から四番目。左右を文芸部と漫画研究部に挟まれたその部屋は書類ラックが幅を利かせていて、他の部室に比べて手狭に見える。

 そんな中、会議用の長テーブルを挟んで熱弁しているのは、新聞部部長の沢越希枝(きえ)。三年生は冬休みまでが基本的活動時間。もう二ヶ月もしないで退部となるだけあって、熱の入りようが違った。


「まあ、マスゴミ根性剥き出しにしなかったのは褒めてやるけどさ、本当に怪異なんて存在してんの? 普通に事故ったとかじゃないの?」

「もー! 蒼乃はロマンがないなあ」


 蒼乃と呼ばれた少女は、真っ直ぐ伸ばした黒髪を指先で弄りながら「だってさあ」と零すように続けた。


「見たことないものは信じようがないじゃない。ないとは言い切らないよ? だって、見たことないから。だから、あるとも言わない。だいたい新聞はロマンじゃなく事実を書くべきだと思うしね」

「ぐぬぬ……!」


 尤も過ぎることを言われ、希枝は手にしていたペンを握り締めた。

 抑もの話、都市伝説や学校の七不思議などの類は、新聞部ではなくオカルト研究部の分野だろうと蒼乃は思っている。


「それで? 結局取材はするの? 花子さんとかピアノ相手に?」


 右手でペンを器用に回しながら問うのは、三年生の内海志保だ。その隣では二年生の比嘉恭子と五十崎凛と笠子恵一が、取材ノートと表紙に書かれたメモ帳を手に待機している。机の端では、一年生の醍醐祐介と大小路絵美那と舞薗美羽が落ち着かない様子で見守っていた。


「何と言われようと、七不思議の検証はするよ! そのためにもうちにある七不思議がどんなものかをまず生徒に聞くの」

「その前に、この場にいる人でなんか知ってたらメモっといたほうが良くない?」

「それもそうね。じゃあ、噂を聞いたことがある人、いる?」


 希枝が部室を見回すと、怖ず怖ずと美羽が手を挙げた。


「はい、舞薗さん。どうぞ!」

「は、はい……! えっと……わたしが聞いたのは、特別棟三階の踊り場にある大鏡を深夜零時に覗き込むと旧校舎が映って、そのとき鏡に触れると、中の自分と入れ替わるみたいな話でした……でも、あの鏡は他にも色々噂があるみたいです」

「なるほどねー。あたしもどっかで聞いた覚えあるわ。それ、話してた人覚えてる?」

「うちのクラス……梅組の子です。高野さんと木崎さんっていう……」


 美羽の伝えた名前をメモに取り、希枝は次はないかと室内を見回す。次に手を挙げて発言したのは、二年生の笠子恵一だった。


「体育館で一人で練習してたら、誰もいないのにボールが降ってきたとか聞きました。最初は天井に挟まってたのが落ちたのかと思ったけど、上を見てそういうのがないって確認したあとも降ってきて、片付けようとして屈んだら背中に降ってきたって」

「マジで? てか普通に危ないよね、それ」

「ッスね。なんで、回収は諦めて帰ろうとしたら、ドアに思いっきりボールがバンってぶつかって、慌てて逃げ帰ったらしいッス。あ、話してたのはバスケ部の向井修斗ってヤツです。萩組の」

「実害ある系はヤバいわぁ。ありがとね」


 七不思議ではしゃぐのは精々が中学までだと思っていた閉籠蒼乃は、高校生になってなお非現実的な噂話に興じる生徒がいるのかと、意外に思った。噂好きの女子ならまだ理解出来るが、男子までもがオカルトじみた話をしているとは。

 蒼乃のクラスは、紅葉組。三年で唯一二文字のクラスで、だからというわけでは全くないが、他のクラスに比べて浮いたところのある生徒が多い。

 蒼乃もその一人で、所謂休み時間に教室で一人本を読んでいるタイプの少女だ。

 絵に描いたような大人しい少女が、何故他人と積極的に関わらざるを得ない新聞部にいるのか。それは、蒼乃のクラスメイトであり幼馴染でもある希枝に無理矢理引きずり込まれたからに他ならない。

 部活には必ず所属しなければならない校則がある以上、何処かを選ぶ必要があった。だが蒼乃は、何処に所属してもまともに活動出来ない自信があった。やる気がないとか人嫌いというわけではない。ただ、他人と同じ空間で過ごすだけで非常に疲れる性質を自覚しているためだ。

 面倒そうにあしらってはいるが、蒼乃にとって他者との垣根を低くしてくれる希枝は恩人であり、数少ない疲労を感じずに接することが出来る人間でもある。


「蒼乃は、なんか聞いたことない?」

「私は……昔、学校で花子さんを人工的に作ろうとしたいじめっ子がいて、女子生徒をトイレに閉じ込めたみたいな話は聞いたけど……」

「え、ヤバ……それマジ?」

「花子さんってトイレで死んだ女の子の霊じゃん? それを作ろうとしたってことは、死ねって言ってるようなもんじゃん……普通イジメでそこまでする?」

「まあ、普通はイジメ自体しないもんだけど、同意。ヤバすぎでしょ」


 部員の誰もが、部室内の空気が僅かに冷えたのを感じた。

 都市伝説にせよ七不思議の霊にせよ、其処にはだいたい死者が関わっている。他校で聞いた、自分の生首でバスケットをしている男子生徒や折れた指でピアノを弾き続ける女子生徒などの噂も、非業の死を遂げた誰かが背景にいる。

 しかし凄惨すぎると却って現実離れして聞こえるせいか然程身近な話に感じないが、イジメでトイレに閉じ込められるというのは、あまりにも生々しい。


「で……それ、結局どうなったの?」

「さあ? 話してたのは隣のクラスの子だったし、通りすがりだったから……」

「隣って柳組?」


 蒼乃が頷いたのを見て、希枝はクラス名だけをメモに綴じた。


「案外此処だけでも知ってる人いるんだね」

「だねぇ。あとは他の噂の蒐集と、裏取り、それが済んだら検証だね!」


 張り切る希枝が、部員たちに役割分担をしていく。

 そうして各学年ごとに自分の学年の取材をそれぞれすることになった。希枝と志保と蒼乃は、三年生を対象に調査をする。今日は一度解散して、取材と調査はまた後日。

 そういって解散したのだが、その日の夜。


『学校が変なんだけど』


 不審なメッセージだけを残して、一年の大小路絵美那が消息を絶った。


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