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鬼灯町の百鬼夜行◆宴  作者: 宵宮祀花
伍ノ幕◆嘘と真の理
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なくした真実

 嘘屋というサイトの存在は、異変が始まってから暫く経っても、人の噂に乗ることはなかった。何故ならそれを利用していると知られれば、他人の真実を盗んだと自ら宣言するも同義であるためだ。それゆえ嘘屋の利用者は、人知れず水面下で増えていった。

 少なくとも、只人の視点で見るならば。


「大御門くぅん、おはよぉ」

「あ、ああ、お早う。……悪いけど、教室入るから」


 甘ったるい声で話しかけながらすり寄ろうとする女子生徒をすり抜け、伊織は桜組に逃げるようにして入ってきた。

 数日前から伊織に対して突然馴れ馴れしく話しかけてくる人が現れ出し、今日だけで五人目となる。何らかの異変が起きているのだろうと察しはつくのだが、伊織にはその『何らか』がわからない。しかも、こういった異常があるのは他クラスや他学年の生徒ばかりで、桜組のクラスメイトには何の変化もないのだ。


「お早う、伊織くん」

「おう、おはよ。千鶴と真莉愛は変わりなさそうだな」

「? はい。まりあは元気です。伊織はどうしました? 何だか疲れて見えます」

「ああ……うん。まあな」


 珍しく歯切れの悪い言い様に、千鶴と真莉愛は首を傾げる。

 伊織は辺りを憚りながら、小声で話し始めた。


「数日前から、知らないヤツに前からの友達だったみたいな感じで声かけられることが増えてきてさ……それだけでも異様なんだけど、今朝は挨拶もしたことない別クラスの女子から『明日はデートだよね?』とか言われて……」

「え……それは怖いね」


 伊織が主に女子からモテるということは知っていたが、勝手に付き合っていることにされるなどということは、さすがにいままでもなかったはず。なのに最近になって急に縁を繋ごうとする、というより端から特別な縁があったふうに振る舞う人が増えている事態は、異常と言わざるを得ない。

 千鶴は鞄から端末を取り出すと、不慣れな手つきでグループメッセージに相談したいことがある旨を載せた。


「真莉愛ちゃん。ちょっと英玲奈ちゃん呼んでもらってもいいかな」

「はい。まりあもそうしようと思っていたところです」


 鞄を机に置いて腰掛ける伊織を、二人の心配そうな目が見守る。

 そして更に奥、教室の外に行き交う人並みの陰で、じっとりと見つめる一つの視線。爪を噛み小声で呟く声は、喧騒にかき消されて誰にも届くことなく。


「なんでよ……嘘と入れ替わって真実になるんじゃないの……? なのになんで、まだアイツらとつるんでんの……? まゆかのことが特別になるんじゃなかったの……? 聞いてたのと違う……なんで……なんでよ……」


 情念に塗れた視線は予鈴が鳴るまで其処にあり続け、そして昼休みも放課後も腐敗に満ちた想いを成就させようと、執拗に伊織を追い続けた。

 彼女の視線は部活中にも絡みついており、伊織は晴れない気分を抱えたまま更衣室に入った。何処か上の空な伊織を見、着替えを中断させて舞桜が話しかける。


「大御門くん、大丈夫? 今日ずっと調子悪そうだったけど」

「やっぱ、神薙もわかるか? 気にしすぎだとは思っているんだが、どうも最近誰かに見られてるような気がして……」

「えっ、それってストーカーとか変質者みたいなやつ……?」


 伊織は「うぅん」と低く唸り、首を捻る。

 通学路でのことなら不審者の線も考えたが、不快な視線は一日中付き纏っていた。

 校舎に不審者が入り込んでいたなら誰かが気付くはずで、そうでないということは、視線の主は学校にいても違和感のない人物だということになる。顔も名前も知らない、会ったこともない生徒は学内に多い。しかし、だからといって、同じ学校で学んでいる仲間を不快な視線を寄越す不審者と見做すのには、若干の抵抗があった。


「そうじゃないと思いたいんだけどな……」

「途中まで送っていこうか?」

「……そうだな。悪いけど、頼むわ」


 普段なら、ちょっとしたことなら大丈夫だと言って笑う伊織が、舞桜を頼った。その事実だけで、彼がだいぶ弱っているのだとわかる。

 連れ立って更衣室を出ると、一人の女子生徒が立ちはだかった。身長は舞桜と同じか少し低いくらいだが、横幅は倍以上もあるふくよかな女子だ。朝にもこうして親しげに声をかけてきた女子が部活終わりまで待っていたことに、伊織は少なからず動揺した。


「ねぇ大御門くん、今日はまゆかと一緒に帰る約束でしょ? そんなブスほっといて、早く帰ろうよぉ」


 暗い瞳に見合わない甘ったるい声ですり寄る、ろくに話したこともない女子生徒。

 伊織が思わず足を引いたのを見て、まゆかと名乗った女子は火がつきそうなほど顔を真っ赤にして、ブルブルと震えだした。


「なんで……? なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!? なんで、なんでまゆかを嫌うの!? まゆかは大御門くんの彼女なのに! そうなったのに! ちゃんと真実になったんじゃないの!? なんでよ!! 嘘つき!!」


 常軌を逸した叫び声を上げながら、まゆかは自らの頬を掻き毟った。見開いた目から涙を流し、ひっかき傷から血が流れるのも構わずに「なんで」と叫び続ける。

 そして――――突然スイッチが切れたように動きを止めると、今度は校舎に向かって駆け出した。


「……何、だったんだ、いまの……」


 止めることも、言葉を挟むことも出来なかった。ただただ呆気にとられて、その場に立ち尽くすことしか出来なかった。いまでさえ夢でも見たのかと思うくらいに現実味がない光景で、舞桜に至っては未だ声も出せない様子だ。


「神薙……帰ろうか」


 こくりと頷いた舞桜の手を引き、正門へ向けて歩き出す。

 そのまま二人は門を出て帰路についたが、その背後。校舎の屋上から、まゆかという女子生徒が人知れず飛び降り自殺をしていた。

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