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鬼灯町の百鬼夜行◆宴  作者: 宵宮祀花
伍ノ幕◆嘘と真の理
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最後の札

 修羅場があった日の放課後。

 教室で髪をいじりながら、桐斗は端末を取り出してグループメッセージに今朝起きた男女三人の言い争いについて書き記していった。


『朝の修羅場マジでヤバかったー』

『なんかさ、昨日の放課後と立場が逆転してたんだよね』

『僕に縁は見えないからわかんないけど、誰かの手は加わってそう』


 三つに分けて送信してから、暫く。

 通知が一つ点灯したのを見て画面に目をやれば、送信元は柳雨だった。


『片方が喚いてる声なら聞こえたぜ』


 それを見て、桐斗は小さく笑う。


「クラス隣じゃん」


 柳雨が所属している萩組は、徒歩五秒の距離だ。壁越しにだって会話出来るところにお互い居ながら、何故か端末で間接的に会話しているのがおかしくて、更に続ける。


『昨日の喧嘩、実は僕聞いてたんだよね。二人は気付いてなかったけど』

『領域使って気配消してたら、そら人間には気取られねぇだろ。で?』

『昨日のは、佐由美って人の好きだった男を音夢って人が横取りしてたのに、今日のは佐由美って人が付き合ってて、音夢って人がBSSしてた』

『BSS言うなし』


 端末と鞄を手に立ち上がると、後部出入口から柳雨が覗いていた。ひらりと振る手の中には桐斗と色違いでお揃いの個人用携帯端末がある。


「そろそろ行こうぜ」

「はーい」


 二人並んで校舎を進み、文化部部室棟最奥の扉を開ける。

 其処には既に見慣れた顔ぶれが揃っており、概ねいつも通りの暇潰しをしていたが、千鶴だけはいつもの場所で端末を手に、首を傾げて難しい顔をしていた。


「おチビちゃん、どうかしたか?」

「あの……先輩。このBSSって何ですか?」


 柳雨と桐斗は顔を見合わせ、桐斗が小さく首を振ると柳雨が肩を竦めた。そういえば先の会話はグループメッセージだったと、今更に思い出したのだ。


「僕が先に好きだったのにっていう……ま、俗語だな。好きな人に勇気が出ないとかで告白出来ずにいたら、別の人と付き合っちゃったみたいな?」

「恋人を横から取ったとかじゃないから、別に裏切りでも何でもないんだけど。今回のこれはちょっと事情が違う気がするんだよねー」


 柳雨は伊月が座っているソファの肘置きに腰掛け、桐斗は桜司と千鶴の正面の椅子に座る。


「事実が入れ替わって居るなら、また嘘屋絡みではないか?」

「あー……まじないじゃなく、本業のほうか。だとすると、ちと面倒だな」

「僕らに影響はないとはいえ、あんまり広まってほしくないよね」


 花札を並べながら話していると、扉がノックされた。

 千鶴は桐斗たちと怪訝そうに顔を見合わせ、首を傾げる。此処のメンバーならば中にお伺いを立てることなく入ってくるはずで、知っている中でいないのは小夜子だけだ。

 ならば、いったい誰が此処を認識しながらノックしているのだろうか。


「僕が出るね」


 桐斗が扉を開けると、其処にいたのは担任の菊伊那盃祠だった。目を丸くする桐斗と盃祠が暫し見合って、先に桐斗が口を開く。


「あれ、伊那ちゃん先生」

「こんにちは。皆さんお揃いで」

「まあね。取り敢えず入ったら?」

「ありがとうございます。お邪魔します」


 にこやかに一礼すると、盃祠は扉の境を超えて部室に入った。

 後ろ手に扉が閉められ、桐斗が元の席に戻ると盃祠が隣に腰掛けた。桐斗のみならず桜司たちは彼を知っているようだが、千鶴は見覚えがない。不思議そうな視線を受けてにっこり笑いかけると、盃祠は右手を差し出した。


「初めまして。二年牡丹組の担任で、菊伊那盃祠と申します」

「は、初めまして……一年桜組の四季宮千鶴です」


 そろりと右手を差し出して握ると、やんわり握り返された。その手は小夜子の手にも劣らぬ冷たさで、千鶴は一瞬驚いてしまった。

 盃祠は目の覚めるような金色のくせ毛と赤紫色の瞳が印象的な男性で、身長は柳雨と並ぶくらい。服装は暗色のストライプスーツに白シャツを合わせ、菊の花を閉じ込めた天然石が綺麗なループタイを身につけている。


「伊那ちゃん先生は鵺でね、産休に入ったうちの担任の代わりに来たんだ」

「花屋街から依頼されまして。丁度ほしい石もあったので、お手伝いに」

「相変わらず石集めしてんだな……」

「石、ですか?」


 首を傾げる千鶴に、盃祠は身につけているループタイを摘まんで見せた。


「これですよ」

「子猫ちゃんが服を集めてるのと同じように、妖って収集癖があるヤツが多いんだよ。伊那ちゃんはそれが天然石ってわけさ」

「そうだったんですね。……じゃあ、黒烏先輩のゲームは……」

「あれはただの趣味」


 妖でもないのに蒐集しているのはどういうことかと問えば、何のことはなかった。

 離れを埋め尽くすゲームの山を思い出しているのか、桜司の表情が渋い。


「そんなわけで、私も可能な限りお手伝いしますので、どうぞよろしく」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 ところでと、盃祠は辺りを見回して首を傾げる。


「途中でお邪魔してしまったようですが、何のお話でしたか?」

「うちのクラスで今朝揉めてたでしょ。それ」


 桐斗が答えると、盃祠は「ああ、あれですか」と頷いた。盃祠は困ったような微笑を浮かべて肩を竦め、溜息を零す。


「嘘と真実が入れ替わって、面白いことになっていますね。実は、ああいった事例は、今回が初めてではないのですよ」

「えっ、マジ? 他クラスでもあったの?」

「ええ。初回は菖蒲組で、次が芒組でしたので我々の管轄外でしたからね」

「どっちも二年じゃん」


 机に頬杖をつきながら桐斗が言うと、柳雨が「次はうちかねえ」と笑った。

 盃祠曰く、菖蒲組では一部の美術部員が参加したとある絵画コンテストの入賞者が、佐々木由奈から遠野令美へと変わっており、芒組ではサッカー部のレギュラーになった生徒が、木戸晃太から朝間直春へと変わっている。そしていずれも、当事者だけがその事実を自覚しており、顛落させられたほうは浅からぬ怨みを抱いているようだ。


「こういうのってさ、だいたい人間は知覚出来ないものだったじゃない? なのに今回願った本人とターゲットのどっちもが“わかってる”状態なんだよね」

「もう一悶着ありそうってか? 面倒だなァ」


 端末を弄りながらぼやく柳雨の姿を横目に、盃祠は静かに同意した。

 きっと、このままでは終わらない。そんな予感がしていた。

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