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鬼灯町の百鬼夜行◆宴  作者: 宵宮祀花
伍ノ幕◆嘘と真の理
52/65

入れ替わった嘘

「おはよう、佐由美」

「お、おはよう……」


 物陰で音夢が見ているのかもしれないという疑念が消えず、辺りを見回してみるが、それらしい人影は見当たらない。


「どうかした?」

「う……ううん、何でも……」


 言い淀んだ佐由美を、英慈がじっと見下ろす。

 歩き出しても暫く落ち着かない様子の佐由美の手を、英慈の少し大きな手がやんわり握った。


「英慈くん……?」

「付き合ってんだから、手ぇ繋ぐくらいいいだろ」

「うん……」


 本当に付き合っているなら、彼の言い分は妥当である。

 問題は、佐由美にその認識がないことであって。本当に付き合っているのか、都合のいい夢を見ているのではないかという思いが拭えない。


「もしかして、那々群さんのこと気にしてる?」

「えっ!」


 思わず動揺を露わにしてしまい、取り繕う余裕を失ってしまった。

 英慈は「やっぱり」と溜息交じりに零し、佐由美の頭をぽんぽんと撫でる。


「あんなヤツ、気にすることないよ。俺が佐由美に告ったからって佐由美に八つ当たりして殴ったりするような暴力女。だいたい先に好きだったとか言うなら先に告白すれば良かったんだよ。それで付き合うかは別だけどさ」

「……ッ……そ、そう、だね……」


 英慈の言葉は、そのまま佐由美に突き刺さった。

 行動を起こさなかった自分を棚に上げて、横取りされたと八つ当たりをして、暴力に訴えたのは他ならぬ自分だったから。なのに、どういうわけか音夢と自分の立場が全く逆転している。

 もし昨日の妙なサイトに送ったことが本当に叶っているというのなら、音夢は今日、負け犬そのものな顔をして登校してくるはず。そしてもしこれが音夢と英慈が仕組んだ嫌がらせなら、音夢は何処かで得意げにネタばらしをしてくるだろう。

 どちらが来るにせよ、彼女の反応を見れば一目瞭然のはず。


「もう学校ついちゃった……」

「佐由美んち、すぐだもんな。でも送り迎えしやすいし、デートにも誘いやすいから、俺はいいと思うけど」

「……ありがとう」


 下手なりに笑って見せると、英慈は繋いでいた手を恋人繋ぎに握り直して微笑む。


「佐由美は笑ってたほうがいいよ」

「うん」


 並んで教室に入ると、佐由美は突然背後から何者かに肩を掴まれ、力任せに英慈から引き剥がされて床に倒された。


「いっ、たぁ……」


 腕と肩を強かに打ち付け、痛みに耐えながら顔を上げると其処には、音夢がいた。

 鬼の形相で佐由美を睨みながら、英慈の腕を掴んでいる。


「なんでアンタが英慈と手ぇ繋いでんのよ!? 何の嫌がらせ!? どういうつもりで英慈と登校なん……ッきゃあ!?」


 倒れた佐由美を見下ろして散々に喚いていた音夢の腕を、英慈が振り払った。音夢を睨む英慈の目は軽蔑と嫌悪に塗れていて、音夢は思わず半歩後退った。


「え……英慈……?」


 信じられないといった顔で見つめ、音夢が彼に縋ろうと手を伸ばす。……が、英慈は音夢を無視して佐由美に駆け寄り、優しく抱き起こした。既に、英慈の目に音夢の姿は映っていない。大切な人を見る目で、何故か『佐由美を』見つめている。


「大丈夫?」

「うん……ちょっと、びっくりしただけ」


 英慈の胸に顔を寄せ、佐由美はチラリと音夢を見上げた。其処には昨日の自分によく似た表情をした音夢がいて、思わずといった様子で佐由美の口元が緩む。


「この……ッ!!」

「なにをしている!」


 音夢が足を振り上げて佐由美を踏みつけようとすると、背後から担任の声が聞こえ、ピタリと動きを止めた。振り向けば、誰かが呼んできたらしき牡丹組担任菊伊那盃祠がいた。


「これは喧嘩か? それとも」

「喧嘩じゃないです。那々群さんが一方的に殴りかかってました」


 教室で一部始終を見ていた生徒が、頬杖をつきながら担任に告げた。それを皮切りに方々から那々群を責める言葉が続く。周りのクラスメイトだけではない。英慈もまた、那々群を軽蔑の眼差しで睨み、溜息を零す。


「昨日も佐由美を殴ったみたいなんです。そうだよな?」

「……うん」

「はぁ!? ふざけんな!」


 佐由美が頷くと、音夢が顔を真っ赤に染めて噛みついた。

 それを冷たい目で見上げながら、佐由美は音夢に言われたことを頭の中で反芻する。昨日は自分が言われる側だった言葉たち。それがどれだけ相手の心を傷つけるかなんて佐由美自身が誰よりも理解している。

 強くわかっているからこそ、その言葉を選んで口に乗せるのだ。


「自分のほうが先に好きだったとか言われてもさ、私、那々群さんが誰を好きかとか、全然知らなかったし。逆恨みされても困るんだけど」

「は!? なに言ってんの!? それは、アンタの」

「逆に聞くけどさ、那々群さんはクラスの全員分、誰が誰を好きか把握してるわけ? 友達なら知ってるかもだけど、私と那々群さんって、ただのクラスメイトだよね?」

「っ……!」


 佐由美の冷たく突き放すような言葉に音夢は零れ落ちそうなほど目を見開き、言葉をなくして息を飲む。周りの女子生徒が「それな」「知ってたら逆に怖いわ」と頷き合う声がちらほらとあがる。

 菊伊那は溜息を一つ落とし、教室中に向けて「取り敢えずHR始めるぞ」と告げると教卓に立った。

 ガタガタと椅子の音が響く中、佐由美は英慈に庇われながら席に着く。そのあいだも音夢は怒りと絶望の表情で立ち尽くしていたが、やがて居たたまれなくなったのか鞄を抱えたまま、ふらふらと教室を出て行ってしまった。

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