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鬼灯町の百鬼夜行◆宴  作者: 宵宮祀花
遭ノ幕◆鬼灯高校文化祭
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神妖後夜祭

 鬼灯神社の境内にて。本殿の裏手にある庭に花火と水桶を置き、湧き水を張った盥にメロンと桃を浮かべ、人と神と妖の奇妙な集団による後夜祭が始まった。

 夏の名残を惜しむかのような空間で、千鶴は縁側に腰掛けて初めての花火にはしゃぐ雛子を眺めて和んでいた。雛子は英玲奈に教わりながらぎこちない仕草で花火を握り、蝋燭の火を移して、噴き出る色鮮やかな火の粉に目を輝かせている。


「秋風の中でやる花火もいいですね」

「だねー。湿気ってなくて良かったよ」


 桐斗は帰ってくるなり和風ロリータの浴衣に着替えており、それを見た柳雨も夜色の着流し姿になっている。伊月と桜司が社で和服姿になるのはいつものことなので、この空間は制服姿の千鶴と、白黒の色違いでお揃いのワンピースを着ている雛子と英玲奈、そして和服姿の桜司たちという、統一感のない賑やかな有様となっていた。

 そんなまとまりのない空間に、新たな色彩が一つ。


「あら、楽しそうね。わたくしもご一緒して良いかしら」

「先生!」


 拝殿を回って現れたのは、紫紺のマーメイドラインワンピースを着た、神蛇だった。学校での仕事は全て終えたらしく、普段は纏めている髪も下ろしている。


「もしかして、青龍先輩が途中で抜けたのって……」

「ええ、そうよ。わたくしにも声をかけてくれたの」


 淑やかに微笑むと、神蛇は優美でしなやかな曲線だけで作られた肢体を寄せ、千鶴の隣に腰掛けた。白い指先が千鶴の手に絡み、やわらかく撫でる。中秋の夜風に晒されて薄く冷えていたはずの体はあっという間に熱を思い出し、思わず顔を伏せた。


「千鶴ちゃん、寒くはないかしら? 朝晩は冷えるようになってきたから、温かくしていないとだめよ?」

「はい……大丈夫です。その……桜司先輩が一緒なので……」

「まあ、羨ましいわ。うふふ。それなら千鶴ちゃんは、ずっと温かいわね」


 肩を抱き寄せて頭を撫でられ、千鶴はいよいよ全身煮溶かされる心地になった。

 千鶴が伊月や桐斗に絡まれているときは妬いて横やりを入れてくる桜司だが、神蛇に対してだけは甘い。千鶴の家を守っているのが現状彼女であることと、彼女が祀る者を失った危うい状態の神族であることが主な理由である。慈母神の本能もあって、千鶴を我が子のように可愛がる神蛇に嫉妬するのはお門違いというもの。

 なにより千鶴も、真っ直ぐで純粋な愛情を受け取ることに慣れたほうが良い。それを思えば、神蛇との交流は色香の強さを除けば最適といえる。


「あの……神蛇先生は、一緒にいられないんですか?」


 胸元に確保されたまま上目で見上げると、嫋やかな微笑が間近にあった。


「もう少し……時間が必要かしらね」


 ついと逸れた神蛇の視線を追うと、その先には雛子を肩車している伊月がいた。

 彼の周囲では妙に様になっている肩車姿を見て笑う柳雨と、羨ましがっている桐斗、呆れながらもやわらかい表情で見守る桜司がいる。英玲奈は少し離れた位置で手持ちの短冊花火に火を付けたところのようで、持ち手になっている紙に描かれた猫か犬か狸かわからない水色のキャラクターをじっと見つめ、難しい顔をしている。

 賑やかで楽しいのに何故か胸が締め付けられる感覚がして、千鶴は神蛇に寄り添って目を伏せた。


「大丈夫よ、千鶴ちゃん。……わたくしたちは、いつだってあなたを見守っているわ」


 優しく頭を撫でる体温の低い手のひらが心地良い。

 暫くそうしていると、肩車を終えた雛子が駆け寄ってきた。千鶴の膝に両手を乗せ、丸い目で真っ直ぐ見つめてくる。


「雛子ちゃん、どうしたの?」


 千鶴に答えようと唇が動いているのはわかるが、やはり声は聞こえない。

 どうしたものかと思っていると、英玲奈が寄ってきて雛子の頭に手を置いた。


「雛子さんは、一緒に花火がしたいそうですよ」

「そうなの?」


 雛子に向き直って問えば、満面の笑みで頷いた。そして千鶴の手を取り、花火一式が置いてあるところへと導こうとする。逆らう理由もないので雛子についていくと、既に半分くらいの花火が水桶の住民となっていた。


「結構遊んだね。雛子ちゃんはどれが好き?」


 これ、と言うかのように細い棒状の花火を一つ取って千鶴に差し出した。その花火は途中で色を変える芒花火で、白から桃色、緑色を経て白に戻るというものだ。

 千鶴が受け取ると雛子も同じものを取って、蝋燭を指差した。


「これでつけるんだね。ありがとう」


 蝋燭に穂先を近付けて数秒。白い炎が噴き出して、火薬の匂いが広がった。眩しさに目を細めながら華やかに散る火花を見つめる千鶴の横では、雛子も大きな瞳をきらきら輝かせて二つ並んだ花火を見つめていた。


「綺麗だね」


 雛子は千鶴に頷き、英玲奈に撫でられながら、音のない声で楽しそうに歌っている。

 離れたところでは柳雨が両手に三本ずつ花火を持ってはしゃいでいたり、それを見て桐斗が笑い転げていたり、そんなふたりを呆れた眼差しで遠巻きに眺める桜司と伊月がいたりと、あまりにも自由な空間が出来上がっていた。

 人の子のように過ぎ去った夏を惜しみ、火薬の匂いに秋風を染め、祭の最後には桃とメロンを剥いて縁側で堪能した。

 最早お約束となった客間での雑魚寝に、桜司がなにも言わなくなったことも、千鶴にとってはうれしい変化だった。

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