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鬼灯町の百鬼夜行◆宴  作者: 宵宮祀花
遭ノ幕◆鬼灯高校文化祭
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いつもの風景

「お待たせ!……って、雛子ちゃんと英玲奈ちゃんもいたんだ?」

「雛子さんが疲れて眠ってしまったので、場所をお借りしていました」


 部室のソファでは、雛子が伊月の膝枕で眠っていた。その逆隣では英玲奈が林檎飴を舐めており、テーブルの上には既にいくつか食べ物や玩具が並んでいる。

 桜司に手招かれた千鶴が定位置に座ると、桐斗と柳雨はその正面に座って買ってきたものを広げ始めた。その音と匂いで雛子も目を覚まし、眠い目を擦りながらゆるゆると体を起こす。


「伊月にもお祭りのおすそ分け! ほら、本はまたあとにして食べよー」


 チラリと伊月が顔を上げると、千鶴と目が合った。


「先輩もどうですか? 好みがわからなかったので、わたしが気になったものを選んでしまったんですけど……」

「……もらう」

「もー! 千鶴の言うことばっか聞くー」


 相変わらず千鶴の言葉には素直に反応する伊月に、桐斗がふくれっ面で文句を零す。そんな桐斗を横目に、伊月はフルーツ飴をじっと見つめていた。


「それが気になるんですか?」

「ん……飴は、好きだ」

「それ、僕が買ったヤツだよ。しょーがないから伊月にも分けたげる」


 桐斗が最中に乗った苺とミカンの飴を差し出し、伊月の顔を見上げる。いつも通りの無表情ながら、纏う雰囲気がやわらかくなったのを感じ、桐斗がにんまり笑った。

 その傍らでは、雛子がたこ焼きに目を輝かせていた。たっぷり振りかけられた鰹節が未だにふわふわと踊っているのが気になるらしく、好奇心を映した目で見つめている。柳雨が一パック英玲奈に渡すと、英玲奈は竹串で器用に割り開いて吹き冷まし、半分を雛子の口元に運んで給餌を始めた。どうやら英玲奈は蛸を避けて与えているようだが、雛子は両手で頬を押さえてしあわせそうにしている。


「雛子ちゃん、まだ蛸は食べられないんだ?」

「硬いものや噛みにくいものはまだ……見た目よりだいぶ幼いので」

「雛子ちゃんって確か、人間でいうと離乳食卒業したばっかくらいだもんね」

「ええ。五十年も生きていませんからね。食育はこれからです」


 見ていると咀嚼の仕草も覚束なく、ゆっくり大きく噛んでいるのがわかる。英玲奈が言うにはしっかり口を閉じて食べられるようになったのも最近で、数年前までは口まで運んでも零してしまうほどだったそう。


「妖って五十歳でも赤ちゃんなんだね……」

「付喪神なんかは百年経って漸く一歳ですから、そんなものですよ」

「僕もまだ大人になってないけどさ、雛子ちゃんより育ちがいいのはおーじのところで育ったからだし。雛子ちゃんみたいに野良育ちなら、もうちょっと子供だったよ」

「そういうものなんですね」


 付喪神の言葉で思い出すのは、伊織の家で起きた宵菊の件だ。彼は古道具が九十歳の時計を核にして目覚めたばかりの付喪神で、覚醒とほぼ同時に廃棄処分の憂き目に遭うところだった。生まれてすぐ捨てられそうになった幼子は、嘆きを歪みに変え、危うく生誕直後に廃れ神に堕ちかけたところを救われた。

 幼い妖は、存在も精神も不安定だ。雛子がこうして真っ直ぐ育っているのは、煌牙を初めとした周りの妖が彼女を優しく見守っているからに他ならない。


「千鶴も食べなよ。気にしてたでしょ?」

「はい。じゃあ、頂きます」


 たこ焼きのパックを一つ手に取り、竹串二本を箸のように使って中を少し割り開くと軽く吹き冷ましてから口に入れた。ソースの甘辛さと鰹節の香り、青のりの風味が口の中で合わさり、とろりとした生地と蛸の食感のギャップが楽しい。


「夏祭りも楽しかったですけど、学校のお祭りもいいですね」

「千鶴は学校祭って初めて?」

「はい。小中と各地を転々としていたので、なかなか……」


 理由はそれだけではないのだが、敢えて言うことでもないとぼかして答えた。事情を知っている桐斗もそれ以上は踏み込まず、そっかとだけ返して林檎飴に手を伸ばす。


「後夜祭はキャンプファイヤーの許可が下りなかったから、バーベキューするんだって言ってたっけ」

「学校の小っせえ焼却炉も使えなくなって久しいしな」

「僕、焚き火とかの燃えてる音が好きだから、ちょっと寂しいなー」

「あー、なんかわかるな。暖炉がある家とかいいよなァ」


 桐斗と柳雨の会話を聞きながら、千鶴も心の中で同意した。

 パチパチと枝が爆ぜる音は、何とも言えない郷愁ともの寂しさを誘う。揺らめく橙の炎をただ見るともなく眺めていると、いつかの記憶が蘇る心地がする。

 千鶴には数少ない祖父母との優しい記憶があり、その記憶はいつも田舎の風景と共にあった。焚き火で焼いた薩摩芋も、手持ち花火も、盥で冷やすスイカも。いまではもう二度と得られない郷愁の形だ。


「あ、そーだ。帰ったらおーじの社で花火しようよ!」

「おい」

「いいな。夏に買ったヤツが余ってたよな」


 桜司の抗議もどこ吹く風で、柳雨が桐斗に同意する。


「雛子ちゃんと英玲奈ちゃんはどうする? お家の人が心配しちゃうかな」

「そうですね……連絡を入れてみて、許可が得られたらご一緒してもいいですか?」

「うん、もちろん」


 にこにこと頷く桐斗から、桜司へと視線を移して英玲奈がじっと見つめる。その目は桜司に許可を求めているようだと千鶴でもわかるほどで、桜司も盛大な溜息で答えた。

 彼の諦めは許諾と同義であることは、この場にいる誰もが短い付き合いでも理解している。


「では、ちょっと姉に話してきますね」

「うん、行ってらっしゃーい」


 英玲奈と雛子が退室してから、伊月も立ち上がった。


「青龍先輩?」

「……少し、出てくる」

「わかりました。行ってらっしゃい」


 何の用事があるのかはわからないが、止める理由もない千鶴はそのまま見送った。


「律儀な奴よな」

「何だかんだ、伊月も慣れてきてるよね」

「先輩がなにしに行ったか、わかるんですか?」


 桐斗は「まあね」と言って意味ありげに笑う。桜司と柳雨の反応も、概ね似たようなものだ。先輩たち曰く待っていればわかるとのことなので、それ以上問うことはせずに戻るのを待つことにした。


「……戻った」

「お帰りなさい、先輩」

「で、どーだった?」


 伊月が桐斗に頷くと、桐斗はうれしそうに笑った。

 結局何だったのだろうと千鶴が思っているところへ、扉が開いて小鳥たちが戻った。


「許可、頂けました。雛子さんはうちに泊まってもらいます」

「そっか。英玲奈ちゃんと雛子ちゃんはすっかり仲良しだね」


 ソファへ戻る道中に近くを通った雛子を千鶴が撫でると、その手にすり寄って甘える仕草をした。さすがに幼子相手に嫉妬するほど狭量でない桜司は、ひな鳥たちの戯れを見守っていた。

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