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鬼灯町の百鬼夜行◆宴  作者: 宵宮祀花
遭ノ幕◆鬼灯高校文化祭
47/65

気になるものたち

 昇降口から外に出たところで、桐斗はきょろきょろと辺りを見回した。しかし、彼の身長ではあまり遠くまで見渡すことが出来ず、不服そうに唇を尖らせる。


「ねえねえ柳雨。体育館って確か、バレー部とバスケ部の合同企画だったよね? なにやってんの?」

「んー? どれどれ……ああ、筋肉式脱出ゲームだとさ」

「なにそれ」


 一般にも配られるパンフレットを広げながら、柳雨が桐斗に答える。其処には学内の地図が描かれており、各所に番号が振られている。その番号は欄外の出し物一覧と連動しており、細かい説明は別ページに記載されているようだ。


「普通、脱出ゲームって謎を解いて先に進むだろ? その謎解き部分が腕立て十回とか腹筋三十回みたいになってて、出来ないと部員に囲まれて、御輿みたいに担がれながら運び出されていくらしい」

「こっわ! でもちょっと外から犠牲者たちを見てみたいかも……千鶴、体育館寄っていい?」

「はい。わたしも、少し気になります」


 満場一致で行き先が決まり、一行は体育館を目指した。

 現場が近くなるにつれ、体験してきたらしき一般参加者や生徒たちが感想を言い合う声が聞こえてきた。なにがあったやら笑いが止まらない者や、出入口付近で壁に背中を預け、友人にパンフレットで扇がれている者もいる。

 更に近付くと、中から男子生徒の集団らしき野太い声によるかけ声が聞こえてきて、千鶴と桐斗は顔を見合わせた。


「なんか、すっごい漢祭って感じの声がするんだけど」

「挑戦者が来る度、ずっとこの勢いを維持してるんでしょうか……」


 入口から覗ける範囲では限界があるが、中は手製のお化け屋敷に似た作りのようだ。書割や段ボールで区切った小部屋にそれぞれこなすべき任務が書かれており、かけ声を全身に浴びながら筋トレメニューを行って進んで行く形となっている。

 秋もだいぶ深まりつつあり、制服の上や中に重ね着をしている生徒が多い中で、件の脱出ゲーム参加者は、暑い暑いと言いながら襟元を扇いでは汗を拭っている。

 見ていると、丁度中のお題を全てやり遂げた人が出てきた。外で待っていた友人が、可笑しそうに笑いながら二人分のパンフレットを重ねて扇いでいる。体育館の近くにはスポーツドリンクを凍らせて砕いた氷菓を売っているクラスがあり、概ね挑戦者たちに人気のようだ。


「見てる分には面白いけど、中には絶対入りたくないなー」

「んじゃあ、別んとこ行くか」


 背後に野太い「わっしょい!」のかけ声を聞きながら、体育館を離れる。人の流れに乗って屋台を眺め、辿り着いたのは第一グラウンド。

 此処では仮設ステージでコスプレコンテストを開催しており、男子部門、女子部門、男女混合部門が存在する。漫画やゲームのキャラクターから、流行に乗ったテーマなど様々なコスプレが壇上を行き来している。

 遠巻きに「所詮学生の手作りだろ?」と笑っていた男性が、恋人と思しき女性に腕を引っ張られ、半ば引きずられるようにして会場の客席につくと、そのクオリティに目を瞠っていた。


「すごーい! ウィッグとか売ってるのもあるんだけどさ、ヤバい人は自分で染めたりするらしいよ」

「それは凄いですね……二色のものとか、凄く長いものとか、大変そう……」

「オレ様たちも狐のみたいに、手拍子一発で好きに変化出来りゃ楽なのになァ」


 ぽそりと零した柳雨の呟きに、千鶴は首を傾げつつ見上げた。


「先輩は、好きな姿にはなれないんですか?」

「おう、精々こうして人に化ける程度だな。つーかこの姿自体、別に変わったことしてねえし」

「柳雨のは翼隠しただけだもんね」

「それだけだって意外と面倒なんだぜ。違和感すげぇし。紅葉はまた違った事情だから平気でいられてんだろうけど、オレ様に年中無休は無理だな……疲れる」


 意外なところで思わぬ事情を知ってしまい、千鶴は感心しきりで話を聞いた。壇上のコンテストでは、丁度女性部門が終わったところのようで、拍手が湧き起こっている。


「じゃあ、赤猫先輩といるときは元の姿だったりするんですか?」

「だな。まあ、別に社にいるときも隠す必要はねえとは思うんだけど、邪魔だろ」

「柳雨は体も翼も無駄にでかいからねー」

「子猫ちゃんからしたら、おチビちゃん以外皆でけえだろーが」


 真上からのし掛かられ、頭上を柳雨の顎置きにされた桐斗が「言うと思ったよ!」と吼えた。コンテストは幕間がそろそろ終わろうとしていて、女子部門目当ての男性客が引いた代わりに新たな見物客が入り始めている。

 男女混合部門は、単一の性別では出来なかった演出を目一杯表現していて、見栄えのする大人数のグループによるダンスや、和装の二人組による殺陣など様々だ。

 勿論、コスプレをただ見せるだけの人もおり、そういったわかりやすい派手さのないグループにも惜しみない拍手が送られる。


「さあ、此処で最後までご覧の皆様にスペシャルゲスト!」


 予定していた参加者を紹介し終えたところで、突然司会が興奮をより盛り上げる声で高らかに宣言した。


「鬼灯町では知らない者はいない美男美少女兄妹! 織辺花織さん、及び真莉愛さんの登場です!」

「えっ!?」


 思わぬ名前の登場に、千鶴のみならず柳雨と桐斗も驚いて壇上に注目した。

 勘違いでも聞き間違いでもなく、其処には小一時間ほど前に別れた織辺兄妹がいた。衣装はビクトリア朝のドレスで、普段から着ているのではと思うほど馴染んでいる。


「真莉愛ちゃんは手芸部だからわかるけど、お兄さんまで……どういうこと……?」


 コンテストに参加するなどとは一言も聞いていなかった千鶴は、疑問符に塗れながら二人に見入った。真莉愛と花織は優雅にダンスを踊ってみせると、観客に向けて上品なお辞儀をした。他のグループと同じ一分半程度の短い時間でも引き込まれるくらいに、二人は様になっている。

 披露の時間が終わり、インタビューの時間に移ると、司会の生徒が真莉愛にマイクを向けて話し始めた。


「なんとお二人は、今回参加予定だったものの、怪我で辞退した梅枝先輩の代理として確保……いえ、ご協力くださったんですよね」

「はい。せっかくこの日のためにお衣装を作ったので、どうしてもとお願いされて……お役に立ててうれしいです。ね、兄さま」

「そうだねえ。何だか青春時代を思い出すよ。自分は日本の学校ではなかったけれど、こういうお祭りは何処の国でも楽しいね」


 ふわふわとうれしそうな真莉愛と、楽しげな花織。二人は纏う空気がよく似ていて、ただ其処にいるだけで周囲を和ませる存在感がある。


「ありがとうございましたー! 皆さん、拍手でお送りください!」


 司会の声に歓声と拍手が重なり、その中を笑顔で退出していく兄妹。舞台裏に捌けていく後ろ姿を見送ってから、千鶴はほうっと息を吐いた。


「全然聞いてなかったから、驚きました……」

「さっきの感じだと、先輩の様子を見に来て捕まったのかな」

「だろうなァ。それにしても、ああいうのを普通に着こなす人間ってのもいるんだな」


 会場を離れ、屋台方面へと歩きながらゆったりと話す。

 屋台が建ち並ぶ辺りは様々な食べ物の匂いで満ちていて、良くも悪くも雑多な印象を受ける。鬼灯祭でも見たたこ焼き、お好み焼き、焼きそばなどのソースの匂いがすると思えば、鈴カステラやフルーツ飴などの甘い香りが漂ってきて、所々にヨーヨー釣りや駄菓子屋などの懐かしい店もある。


「そろそろ適当に買い込んで部室に行くか」

「そうだね。伊月も待ちくたびれてるだろうし」

「青龍先輩は、ずっと部室にいるんですか?」

「うん。アイツは夏の龍だから体育祭までは何とか人混みにいてもへいきだったけど、そろそろしんどいみたいでさ」


 桐斗の返答を聞いて、千鶴は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。伊月がこうして人に紛れる羽目になっているのは、千鶴を彼の神から守るためだ。彼は千鶴のためなら何でもすると言い、現に自らの不調を押して人里にいる。

 俯いてしまった千鶴の頭上に、ぽんと大きな手のひらが置かれた。


「黒烏先輩……?」

「龍神サマは好きでそうしてんだから、おチビちゃんはせめて笑ってな」

「……はい」


 千鶴が頷くと、柳雨は「いい子だ」と笑って肩を組んだ。


「んじゃあ、気になったもん片っ端から買っていきますか」

「僕、鈴カステラとラムネほしい!」

「へいへい、おチビちゃんはどうする?」

「えっと……」


 辺りを見回すと、たこ焼き屋の生徒と目が合った。柳雨のクラスメイトである彼は、柳雨が後輩女子を連れていることに驚き、目を丸くして凝視している。


「あの屋台は……」

「お? なんだ、オレ様のクラスじゃん。買ってくか?」

「はい。さっきからソースの匂いがして、気になってて……」

「あはは。この匂いと音はお腹空くよねー。僕、ちょっと行って買ってくるね」


 桐斗と別れ、千鶴と柳雨はたこ焼きの屋台へ向かう。と、先ほど目が合った生徒が、柳雨に声をかけてきた。


「珍しいな、お前が後輩連れてるなんて。しかも女子」

「おう。このおチビちゃんはうちの部のヤツだからな」


 言いながら肩をぽんぽん叩かれ、千鶴は売り子の先輩に向けてお辞儀をした。


「初めまして。四季宮千鶴です」

「ご丁寧にどーも。俺は來栖脩一。萩組学級委員で、生徒会書記でもあるから、なんか困ったことがあったら相談に来てくれていいぜ」

「ありがとうございます」


 話しながらも手元は巧みにたこ焼きを焼き上げていて、見ているあいだに鉄板の上をくるくると回しては、綺麗な球体に仕上げていく。千鶴が思わず見入っていると來栖はピックで二つずつ取り上げて、舟形の器に盛り付けていった。


「あ、三つな」

「いいけど、そんなに食うのか?」

「うちの先輩に差し入れ。ほら、体弱いのがいるって言ったろ」

「ああ、体育祭でも見学してたひとだろ? 見た目通りのと、見た目によらない感じのひとがいたよな」

「覚え方どうにかなんねえのか」


 冗談めかして言う柳雨の前に、ビニル袋に入れられたたこ焼きが三つ差し出される。それを受け取って代金を渡すと、柳雨の背に小さな衝撃があった。振り向いて見れば、同じく買い物を終えた桐斗が腰にしがみついていた。


「終わった?」

「おう、この通りだ」

「じゃ、行こ行こ! そろそろおーじも飽きてきてるだろうし」


 たこ焼き屋の生徒に手を振り、桐斗は千鶴の手を取って歩き出す。

 時刻は午後三時過ぎ。一般客は帰り始める者もいるが、生徒たちの盛り上がりは未だ途絶えることも冷めることもなく続いていた。

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