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鬼灯町の百鬼夜行◆宴  作者: 宵宮祀花
遭ノ幕◆鬼灯高校文化祭
46/65

再びの来訪

 一年生の教室へ向かう途中の廊下にて。進行方向から歩いてくる外部の男性二人組が丁度桜組の店から出てきたところであるらしく、興奮気味に話しているのが聞こえた。


「あの子ヤバかったな。あれで芸能人じゃないって嘘だろ」

「それな。こないだ見た十年に一人の美少女であれなら千年に一人レベルじゃね?」

「誰も連絡先聞けてないらしいな。名前も偽名だっつうし、この学校ガード堅すぎ」

「さっきもメイドカフェでID聞いたけど、はぐらかされたしなー」


 横目で二人を見送り、話し声が階段下へと消えて行くのを確かめてから、桐斗は深く溜息を吐いた。


「高校の文化祭のことを楽に女子高生をナンパできるスポットだと勘違いしてる馬鹿、僕のとこにも来たよ」

「へえ、命知らずもいたもんだな。で、なんて断ったんだ?」


 頭上から面白がる視線が振ってきているのを感じつつ、桐斗は敢えて前を向いたまま弾んだ声で答える。


「僕にはもう、飼い主候補がいるからって」

「候補?」


 既に桜司の社で飼われていることを指すなら、候補ではないはず。

 そんな疑問が鸚鵡返しの声に乗ったことを察した桐斗が、可笑しそうに笑った。


「候補だよ。あの夜に僕は柳雨に拾われたけど、首輪はつけられてないからね」

「そういやそうだっけか」

「うん。……柳雨は誰にも何処にも縛られたくなさそうだったし、僕もずっとそれでもいいと思ってたから」

「いまは違うって?」


 柳雨のわかりきった問いかけに、桐斗は初めて顔を上げてはっきりと言う。


「違うよ。僕、千鶴のこと気に入っちゃったから。放課後おーじの社でゲームするのも好きだし、伊月がたまに遊んでくれるのも、小狐ちゃんたちのごはんも好き。あとは、滅多に出来ないけど、小夜ちゃん先生と一緒に寝るのも好きだなー」


 柳雨と組んでいないほうの手で指折り数え、好きなものを並べていく。それは千鶴と出会ったことで得た、新しいヒトとしての日常たちだ。

 猫として生きることが叶わなかった桐斗は人を恨みながらも憎みきれず、人間社会に対する好奇心が強いお陰で順応性も高い。初めて人里に紛れた理由が『嘲笑』であった柳雨とは違い、桐斗は単純な興味で人に化け、人を知った。

 次々に好きなものたちを挙げていく桐斗の頬を指先で突っついてから、柳雨は桐斗の楽しそうな顔を覗き込んだ。


「んで? オレ様は仲間に入れてくれねーの?」

「柳雨はねー……」


 桐斗はわざとらしく考えるふりをして、それから。


「全部好き」


 覗き込む柳雨の顔めがけて顔を近付け、額同士を軽くぶつけてそう囁いた。


「……! っ、はは」


 思わぬ不意打ちに一瞬面食らった表情になり、そしてくしゃりと破顔する。

 悪戯が成功したといった顔で笑う桐斗と、照れと喜びとが混ざり合ったくすぐったい感情が渦巻いて言葉にならない柳雨は、周りの賑々しさに紛れるようにして笑い合い、弾む足取りで一年桜組の教室に向かった。


「あ、此処だ」

「おっと。結構賑わってるな」


 教室を覗くと、昼時を回ったいまでも空席のほうが少ないくらい繁盛していた。外の会場では軽音部がライブを開催していたり、出店が追い込みの如く売り向上を叫んでは道行く人を確保しようとしていたりと賑やかで、中は中でお化け屋敷の教室から元気な悲鳴が聞こえるなど、負けじと賑わっている。

 見たところ一年桜組のけも耳喫茶は、桐斗のクラスの猫耳メイドカフェとは少々趣が異なるようで、大正時代のカフェーに獣耳要素を加えたコスプレカフェとなっている。男女共に袴をモチーフとした和装で、特徴であるけも耳は一人一人違うものを生やしている。


「いらっしゃいませ。二名様でよろしいですか?」

「うん」

「二名様ごあんなーい」

「いらっしゃいませー!」


 入口付近にいた兎耳の女子が声を上げると、中で接客していた生徒たちが一斉に声を揃えて応答した。その中に目的の人物の後ろ姿を見つけ、桐斗は柳雨を引っ張る格好で近付いていった。


「ちーづるっ」

「わ! あ、赤猫先輩……黒烏先輩も、来てくださったんですね」

「うん、千鶴に会いたくて来ちゃった」


 猫耳のアクセサリーに触れるついでに髪を撫でながら臆面もなく言う桐斗に、千鶴は照れくさそうにはにかみ「ありがとうございます」と返す。


「そういや、子猫ちゃんとお揃いなんだったな」

「はい。真莉愛ちゃんが、わたしはこれが一番いいだろうって」

「あはは、だよねー。おーじたちの顔見たら正解だったなって思うよ。ふたりとも凄く酸っぱい顔してたもん」


 改めてふたりの反応を思い出し、千鶴が苦笑を浮かべる。

 クラスの出し物が、人間に化けた動物たちによるカフェというコンセプトに決まったことを知らせたとき、言葉には出さないながらも桜司と伊月から多大なプレッシャーを感じたのだった。


「此方、メニューです。どうぞ」

「ありがとー」


 臙脂色の厚紙に金色のペンで店名が書かれた表紙を開き、ラミネートされたページをめくる。手作り感溢れるページにコンセプトカフェによくあるメニューが並んでおり、桐斗はその中から肉球パンケーキとアイスティーを選んだ。


「柳雨はどうする?」

「オレ様は子猫ちゃんのもらうわ」

「いつものね。じゃあ千鶴、以上でオッケーだよ」

「はい。それじゃ、少々お待ちくださいませ」


 ぺこりと一礼し、メニューを回収してバックヤードに戻る途中。別テーブルの接客をしている真莉愛と一瞬目が合った。千鶴の記憶が確かなら、彼女は桐斗たちがカフェに来る前からあのテーブルに着いていたはずである。あれから注文を取って戻った気配もなく、未だに相手をしていることに違和感を覚え、声をかけようとしたときだった。


「真莉愛、会いに来たよ」


 スッと長身の人影がテーブルの隙間を縫うようにして真莉愛の元へ行き、肩を抱いて耳元で優しく囁いた。艶めく黒髪に、切れ長の穏やかそうな夜色の目、真っ直ぐ通った鼻筋と彫刻のように整った唇。舞台俳優もかくやという美貌の男の登場に、室内は水を打ったように静まり返った。


「え……あのイケメン誰……?」

「織辺さんに会いに来たって、まさか……」

「待って。あたしあの人、どっかで見たことある……確か体育祭で……」


 一足早く我に返った女子スタッフたちが記憶を辿り始めたところで、真莉愛も遅れて理解が追いついた顔になった。


「かおる兄さま……!」

「ふふ。久しぶりだね。英玲奈の話を聞いたらどうしても会いたくなってしまってね。先輩にちょっと飛行機を出してもらって来たんだ」

「また会社のものを勝手に使ったのですか? いつか怒られてしまいますよ」


 珍しく真莉愛が呆れて頬を膨らませるが、当の花織はどこ吹く風だ。

 先ほどまで真莉愛をナンパしようと執着していた男たちも、突然現れた美貌の男に、呆気にとられて言葉を失っている。それに気付いた女子スタッフ二人が、一度お互いに顔を見合わせ頷き合うと真莉愛の傍まで駆け寄ってきて、声をかけた。


「織辺さん、お兄さんが来てくれたんなら、休憩のあと一緒に回ってきたら? 交代の時間からだいぶ押しちゃってるし」

「お兄さんも、もし良かったらうちで一服していってください。接客は織辺さ……と、真莉愛さんにお願いしますので」


 自分たちを睨む男二人分の視線を感じながらも、女子スタッフたちは気付かぬふりで花織にナンパ男たちから離れた席を勧める。花織も色々察したのか、笑顔で「じゃあ、お言葉に甘えようかな」と言って、桐斗たちがいる席の隣に腰を下ろした。

 それを見届けてから、女子スタッフの片割れ、黒い狐耳をつけたつり目気味で長身の少女が、ナンパ男たちの席の前に立った。


「ご注文お伺いしまーす」

「……チッ、テメーの接客なんざいらねーよブス!」


 ガタン、とわざと大きな音を立てて立ち上がると、ナンパ男たちは狐耳の少女の肩にぶつかるようにしてすれ違い、大股でカフェを出て行った。

 あからさまな負け惜しみを残して去って行く後ろ姿を呆れながら見送り、一つ溜息をついてバックヤードへ戻る。周囲の席にいた他の客たちから「ダッサ」「ナンパ失敗で負け惜しみほざくヤツ、何処にでもいるよね」と囁く声が漏れるが、暫くすると話題は自然と文化祭の出し物や次に行きたい場所へと移っていった。


「沙耶華、大丈夫?」

「全然。負け犬の遠吠えなんかにいちいち傷ついてらんないっての。ち○こも肝っ玉も小っさいザコが」

「あは、強すぎ。さっきの席、消毒してくるね」

「いってら」


 狐耳の少女沙耶華と別れ、柴犬耳の少女が席の掃除と接客のためフロアへ出て行く。先ほどのトラブルなど既に忘れたかの如く、来客たちはそれぞれ楽しく談笑していた。


「真莉愛ちゃんのお兄さん、文化祭は最後までいられんの?」

「うん。先輩には六時頃迎えに来るよう伝えてあるから、それまではいられるよ」


 フロアでは真莉愛の兄に興味を持った桐斗が、アイスティーの氷をストローで突いて遊びながら話しかけていた。


「え、先輩を足に使ってんの? 怒られない?」

「ちょっとした貸しを返してもらっているだけだから、大丈夫。それに彼とはそこそこ古い付き合いでね。今頃は日本観光を楽しんでいると思うよ」


 にこやかに桐斗の問いに答えると、花織は真莉愛を見上げて愛おしげに微笑む。


「年末には帰れるから、それまでいいこにしておいで」

「はい、兄さま」


 微笑ましいやり取りをしながらゆるりと過ごし、席を立つ。本来なら既に交代時間となっていたはずがナンパ男のせいで押してしまっていたが、漸く千鶴と真莉愛も校内を見て回れるようになった。


「それじゃあ真莉愛、行こうか」

「はい。参りましょう。千鶴、またあとでです」

「うん。楽しんできてね」


 織辺兄妹と別れた千鶴は、桐斗と柳雨に連れられて廊下を進む。コンセプトカフェの他にも、お化け屋敷やホットスナックの店が並び、外に出れば特設ステージでバンドが生演奏を披露している。家庭科室では、家政クラブが調理の実践という来訪者参加型の出し物をしており、彼らはこの日のために数十枚のエプロンを縫い上げていたらしい。

 朝礼を行った第一グラウンドの一角ではコスプレコンテストを開催しており、芝生のグラウンドには、美術部が作成した現代アートや木製遊具が並んでいる。遊べるものとそうでないものを分けて設置し、遊具のほうには生徒の弟妹と思しき小さな子供たちが子犬のように転がり回ってはしゃいでいる。

 目移り必至な賑わいの中、千鶴たちは暫く目的もなくただ流れに任せて漂った。

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