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鬼灯町の百鬼夜行◆宴  作者: 宵宮祀花
遭ノ幕◆鬼灯高校文化祭
45/65

人も化生も

 文化祭当日は、抜けるような青空となった。

 千鶴のクラスも例に漏れず一般客を迎える準備に追われ、教室内外を忙しなく生徒が行き交っている。着替えを済ませたホールスタッフたちが互いの格好を見せ合っている傍ら、キッチンスタッフがカフェメニューの最終チェックを行っている。

 千鶴と真莉愛と伊織は、文化部部室棟の空き教室を更衣室代わりに使用して着替えを済ませ、揃って桜組の教室へと向かう。道中他学年や他クラスの生徒たちの視線が時折背中に刺さったが、当日とあって誰もが忙しく、構うほどの余裕はないようだった。


「お待たせ。準備はどうだ?」


 教室前に着くと、開いたままの入口で伊織が室内へ声をかけた。刹那、視線が一気に集まり、千鶴は伊織の陰でたじろいだ。


「きゃあああ! ヤバいヤバい!」

「完成度半端ないんだけど!?」

「失敗したー! チェキもメニューに入れれば良かったぁ!」


 わっと歓声が上がり、入口付近に女子生徒が押し寄せた。彼女たちはつい先ほどまで不慣れなコスプレに苦戦していた男子を囲んで揶揄っていたのだが、一瞬で波が退いてしまい、取り残された男子が教室中央で所在なげに佇んでいる。

 伊織は男子と同じ黒の袴で、黒い狐面を頭に斜めがけした格好。真莉愛は赤の袴で、頭に白い小さな翼がついた花冠をつけている。他の生徒も皆、犬の耳や猫の尻尾など、動物が人間に化けているかのような小物を身につけている。千鶴も真莉愛の勧めで白い猫耳を装備することとなった。

 案の定桜司は狐じゃないのかとむくれたが、その横で伊月も複雑そうにしていたのに気付いた桐斗は、真莉愛が気を遣って『あいだを取った』のだろうと察した。


「じゃあ、午前中は織辺さんと四季宮さんにホールお願いするね」

「込んでくる昼くらいから午後メン入れて、一時過ぎに交代になるからよろしく」

「はい、わかりました」


 出店のない第一グラウンドに全校生徒が集まり、朝礼が始まる。校長先生の話は長いものだと相場が決まっているが、今日ばかりは生徒たちの圧を感じたのかいつもの半分ほどで切り上げられた。

 解散の声と共に、生徒たちが各地へと散っていく。千鶴たちも教室へと戻り、接客の準備を進めた。

 窓の外で昼花火が上がった音がして、俄にざわめきが大きくなる。花火の音が一般客入場の合図となっており、既に正門に近い第二グラウンドのほうが賑わい始めている。

 柳雨はまさに、そんな賑わいの真っ只中で接客をしていた。自前の着流しにクラスで合わせて購入した半被を羽織り、烏天狗の面頬をつけた姿は人目を大いに引くようで、たこ焼き屋の前はちょっとした行列が出来ていた。


「ヘイらっしぇーい!」

「いまなら作んの間に合わねえから誰でも出来たてだよー!」

「あっはは、ヤケクソじゃん」


 作り手二人の呼び込みに、柳雨が笑いながら答える。それに反論する余裕もないほど回転が追いつかない二人は、恨めしげにその余裕そうな顔を睨むだけで、すぐさま客に向き直って愛想良く営業スマイルを見せた。

 急遽午後の部に担当するはずだった生徒も呼び戻して列の整理をし、作業を分担して客を捌いていく。列が人を呼び、人が列を成す。

 このまま売り切れを待つしかないかと思われたが、演劇部が講堂で舞台を上演するとプラカードつきで宣伝に回ってくると、いくらか列が捌けた。講堂に飲食物は持ち込み厳禁で、このままでは買うことは出来ても舞台を見るには間に合わないと判断した人がそちらに流れたようだ。

 そうして漸く落ち着いてくると、作り手の青年が深く息を吐いて柳雨を見た。


「つーか黒烏のそれ、どうしたんだよ? 自前?」

「おうよ。京にいた頃に買ったヤツでなァ。仕舞っといてもカビるだけだしってんで、持ち出してきたのさ」

「うへぇ、マジかよ。なんか京都の着物ってだけでやべー感じすんな」

「ははっ、なんっだそれ」


 柳雨が京都出身だと知ったときも似たような反応をしたクラスメイトに、愛想笑いを返す。周りのノリに合わせて適当に過ごすだけで、人間はそれを群の一角だと見做す。数百年前に“紅葉”と過ごした子供の群もそうだったと、柳雨は密かに懐かしんだ。


「小烏くん、私にもお一つ頂けますか?」

「へ……? うぉあ!?」


 ぼんやり考え事に耽っていたところへ声をかけられ、ふと我に返る。声のしたほうを自然と見やれば、鮮やかな緋色の髪が目に飛び込んできた。

 一拍ののちに声の主を把握した柳雨が飛び退いて驚くのを、声をかけた当人は悪戯が成功したと言わんばかりのいい笑顔で見下ろしていた。


「なんでアンタが……いや、いまは町長なんだっけか」

「ええ、その通りです。というか始まる前にご挨拶したじゃないですか。もしかして、壇上を見てもいなかったんですか?」

「おう」

「不真面目な生徒さんですねえ」


 悪びれもせず頷く柳雨に、声の主――――百鬼がおっとりと呆れる。

 そんなやり取りを横目にたこ焼きを焼いていたクラスメイトが、一パック詰めて袋に包むと、柳雨に差し出した。


「ほれ。町長さんでもお客さんなんだろ?」

「おう。……三百円、きっちり払えよ」


 柳雨がクラスメイトからたこ焼きを受け取り、ぶっきらぼうな所作で差し出す。袋の中からはソースと鰹節の香ばしい香りが漂っていて、人であれば空腹を刺激されることだろうが、百鬼は食欲より好奇心を映した目でたこ焼きを見つめて受け取った。


「手形払いではいけませんか?」

「ねーよ。此処は学校だっつーの」

「残念ですねえ。あちらのほうがたくさんあるのですが」


 そう言いつつも懐から財布を取り出し、人間社会の、日本国の、正式な千円札を一枚取り出して柳雨に握らせた。孫に小遣いでもやるかのような所作で持たせると、柳雨の頭をひと撫でしてからたこ焼きを手に一歩下がった。


「お釣りは要りませんよ。硬貨は重たいので好きではなくて」

「どんな理由……」


 柳雨の反応に穏やかな笑みを返し、クラスメイトの男子たちにひらりと手を振ると、百鬼は人混みに紛れて消えた。


「なあ。黒烏って町長さんとも知り合いなのか?」

「ああ」


 後ろ姿が完全に見えなくなってから、こっそりと訊ねるクラスメイトに、柳雨は短く肯定してから「京にいた頃にな」と付け足した。


「さーてと。オレ様も子猫ちゃんたちを冷やかしに行くかね」

「あ、そっか。そろそろ午後の部だな。演劇部の第二部が午後イチであるから、午後はいきなり混むってこともないだろ」

「交代メンバー来たらオレらも回ろうぜ」


 そんな話をしていると、午前の繁忙期に列の整理を手伝ったメンバーが戻ってきた。片手を軽く上げ、場所を入れ替わると、半被の上からたすき掛けをした。


「お疲れ。列作りしてもらったのに、マジで一時からでいいの?」

「別に、見たいところは見れたしな。それにあんな混乱はもうねえだろ。他んところも盛り上がってるし」

「おけ。んじゃ、遠慮なく行ってくるわ」


 売り場に入ったメンバーと入れ違いに、柳雨は人混みへと紛れていく。行き先は既に決まっている。桐斗が所属する二年牡丹組だ。

 本校舎は何処も祭らしい装飾で溢れ、呼び込みや雑談で賑わっている。階段を登り、二年生の階へ。お化け屋敷や大正風カフェを横目に進んで、牡丹組の前に着いた。


「お帰りにゃさいませ、ご主人様!」


 入口付近で案内をしていた牡丹組の女子生徒が、柳雨の来訪に気付いて挨拶をした。お決まりの文句に呼応するように、店内の猫耳メイドたちが「お帰りにゃん!」と声を揃える。ピンクと白のメイド服だが、高校の文化祭であることを考慮して東京の某所にあるメイドカフェに比べてスカートが若干長く、また、胸元を強調するような作りにもなっていない。

 室内をぐるりと見回していると、チェキ撮影を終えた桐斗が振り向いた。


「あ、柳雨! ホントに来た!」

「よう、子猫ちゃん。様になってんじゃん」


 席に着きながら柳雨がさらりと褒めると、桐斗は得意げに胸を張った。


「当たり前でしょー? 衣装は僕も監修したんだから」

「へえ、道理で」


 ピンクと白のチェック柄のワンピースに白のフリルエプロンをあわせ、頭上には白い猫耳つきのホワイトブリム。耳の左右にはピンクのリボンがついており、ワンピースの後ろには猫の尻尾が生えている。ホールスタッフは全員この格好であるため、基本的に女子生徒がホールを担当しているのだが、中には面白がった男子生徒も混じっている。

 左胸に猫の肉球型の名札がついており、本名ではなく『みーにゃん』『たま』などの猫らしい名前が書かれていた。


「子猫ちゃんは名札つけてないのな」

「僕は野良設定だからねー。気紛れで接客するから指名も出来ないよ」

「そんなんもあるのか。すげーな」


 感心する柳雨の前に、メニュー表がずいっと差し出される。ラミネートされたA4の紙で、表には軽食、裏にはドリンクとチェキメニューが書かれている。チェキの詳細は別紙参照とのことらしく、そちらはB6サイズの紙が用意されていた。


「このあと千鶴んとこ行くんでしょ? 僕も交代するから一緒に行くよ」

「おう。んじゃ、クリームソーダにするわ」

「はいはーい」


 柳雨に答えてから、キッチンがある仕切のほうへ向き直り、右手を大きく掲げた。


「クリームソーダ、お一つ入りましたにゃん!」

「ありがとにゃーん!」


 桐斗の注文に、キッチンとホールスタッフから元気なレスポンスがあがる。ホールの装飾も猫一色で、壁の掲示板にはクラスメイトが飼っている猫の写真が飾られている。

 柳雨が何となく手持ち無沙汰でそれを見ていると、見覚えのある猫が紛れているのに気付いた。


「……子猫ちゃんじゃん」

「あ、やっぱバレた? 前の日に千鶴に撮ってもらったんだ。可愛いでしょ?」

「あー、まあ、だいぶあざといけどな」

「猫なんだからいいんだよー」


 桐斗がおどけて言うのを、目を細めて見つめていると、キッチンから桐斗を呼ぶ声がした。注文品が出来たらしい。ちょっと待っててね、とだけ伝えて駆けていく後ろ姿を見送り、柳雨は頬杖をついて口元に笑みを乗せる。

 過日柳雨は、人に紛れて、人のように過ごしたこともあった。そのときはいつ化生とバレるか賭けて遊んだだけであった。人を見下し、嘲るためだけの遊戯であったのに。いまはその気もなくただ真似事に興じている。それが可笑しかった。


「お待たせしましたにゃん」

「おー」


 見ればグラスを置くコースターも猫で、細長いパフェスプーンの持ち手先端についた装飾も肉球になっている。


「柳雨はチェキ撮ってく?」

「久々に聞いたわ、その単語。なに、子猫ちゃんが一緒に撮ってくれんの?」

「んー……僕はメニューにないけど、柳雨ならいいかな。いっそあっちの人気の子でもいいんだよ?」


 言いながら桐斗が差した先には、チェキメニューと称して撮影可能メンバーの名前と写真が飾ってある。中でも人気な三名には一位から三位までの数字が添えられており、一位と二位は順当に可愛らしい女子だが、三位に柔道部男子の『じゅうべえにゃん』が張り出されている。


「なんか一人、絵面が強ぇんだけど」

「じゅうべえにゃんは白猫カフェのガードマン兼人気ホールスタッフだよー」

「黒服が席に着くのはアリなのか……?」


 桐斗曰く、最初は面白がってネタ扱いする者ばかりだったのが、誰かが「なんか凄い可愛く見えてきた」と言い出してから血迷う者が増えていき、気付けばホールスタッフ人気三位にまで駆け上がっていたという。


「あ、ちょうど撮影ブースから戻ってきたよ」


 桐斗が視線をやった先に、つられて柳雨も目を向ける。其処にいたのは柳雨どころか伊月に並ぶ長身と、彼とは比べものにならない屈強な肉体を持った大男がメイド衣装に身を包んで、ふわふわの猫耳とホワイトブリムを頭に乗せた格好で聳えていた。

 布地が足りなかったのか彼だけスカート丈が少々短いが、いまのところ苦情は入っていないようだ。


「なにあれ、岩の擬人化じゃん」

「そーゆーこと言わない」


 見れば見るほど巨大で、桐斗くらいなら片手で掴めるのではと思うほどだ。

 柳雨は最後に残った氷で薄まったソーダを飲みきると、桐斗にチェキメニューの紙を差し出した。


「んじゃ、子猫ちゃんとツーショット撮ったらおチビちゃんとこ見せに行くか」

「はーい。じゃあ僕、交代入るねー」


 教室内に声をかけると、桐斗は柳雨と連れ立って隣室の撮影ブースに向かった。その後ろ姿を見送りながら、クラスメイトの女子たちが囁く。


「赤猫くん、最近黒烏くんと仲いいよね」

「確か登校も一緒じゃなかったっけ。家が近所なのかな?」

「かもね。私、二人が付き合ってるって言われても驚かない自信あるわ」


 暫く素で会話していた女子数名だったが、入口から「ご主人様のお帰りだにゃん」の声があがったのを合図に、猫耳メイドスタッフの顔へと戻っていった。

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