全校集会も日常に
深夜、廃屋に忍び込み死亡事件を起こした生徒たちに関して、週明けの集会で報せが入った。詳細は伏せて、不適切な行動を取った結果事故死したとされ、また、死亡していない生徒に関しても、場所を伏せた上で入院中である旨だけが告げられた。
教員の大半が事件の対応に追われることとなり、一限目は自習となった。教師の目が無いことではしゃぐ生徒はさすがにおらず、沈鬱な空気が教室を満たしている。特に、件の生徒が所属していた椿組は通夜さながらの重苦しい雰囲気で、話す声も自然と低く小さくなっていた。
学校での彼らの評判は、決して悪いものではなかったが、彼らの「悪乗り」を苦手とする性格の生徒たちを中心に、悪ふざけの自業自得という評価が広まっていた。だが、そんなある種の自己防衛ともいえる周囲の結論に、納得出来ない生徒がいた。
あの日、彼らに誘われていた男子生徒、百澤湊だ。
(いくら馬鹿やったからって、三人まとめて死ぬような真似するわけないだろ)
唇を噛みしめ、俯いて周囲の声から意識を逸らす。死人に口なし。反論出来ないのをいいことに、周りは「自分はあんな愚か者とは違う」とばかりに好き勝手囁いている。聞いていれば、声を荒げて反論してしまいそうだった。
暫くして、疲れた顔の担任教師が入ってきたかと思えば、今日は授業をせずに解散となるようだった。最低限の連絡事項と、捜査と警戒のために警察が巡回していること、マスコミに出会っても面白半分に死者を冒涜するようなことを言わないようにと告げ、最後に、亡くなったクラスメイトたちの葬儀は家族だけで行われるので覗きに行ったりしないようにと厳重に注意された。
特に、現在入院中の女子生徒の親は自分の娘だけ生き残ったことへの罪悪感と、娘の無事とは言えない状況とで参っているので、刺激しないよう重ねて言うと、慌ただしく戻っていった。
「……部活もないし、帰るか」
登校と同時に鞄から出した筆記具や教科書を使わないまま戻して、鞄を肩にかける。つい先日、この教室で肝試しに誘われたことが何だか遠い日の出来事のようだ。
消沈しながら教室を出ようとしたとき、クラスの女子が話している声が聞こえた。
「ねえ、黄昏郵便って知ってる?」
「なにそれ?」
「ちょっと前に小学校で流行ったカミサマポストの上級版みたいな感じでね、現実的な解決方法が見つからない困り事を書いて送ると、助けてもらえるんだって」
「はぁ……あんた、そういうの好きだよね」
女子二人組の片方は興奮気味に話しているが、もう片方は呆れ半分に聞いている。
「てかさあ、どうやって出すのよ、そんなもん。普通にポストに入れたって宛先不明になるだけじゃない」
「それがさあ、専用のポストが必要な人の前に現れるんだって」
「あー、はいはい。どうせ友達の先輩の従兄弟が言ってたとか何とかで、誰も見たことないんでしょ」
「もう、夢がないなー」
話すだけ話して満足したのか、女子たちの会話は全く別のものへと移っていった。
それを必要とする人の前にのみ現れる、神様に通じる郵便。なんて馬鹿馬鹿しいと、一瞬縋りそうになった自分を叱咤するように振り払う。
死者を冒涜するようなことを言うなと言われた矢先にこれでは、マスコミにマイクを向けられたらどんなことを言い出すやら知れたものではない。
「……俺が、止めれば良かったのかな……」
昇降口で靴を履き替えようと手を伸ばしたとき、隣の靴箱に目が留まった。ここは、死亡した四人の中で一番仲が良かった少年の場所だ。一年の半ばにして、すっかり踵が潰れた上履きが置きっ放しになっていて、二度とこの靴箱が使われることはないのだと否応なく実感してしまう。
なぜ、死に至るような真似をしたのか。ちょっと廃墟を探検して戻ってくるとばかり思っていたのに。戻ったら探検した映像を見せてやると笑って言った友人との楽しげな会話が、彼らと最後に交わした言葉となってしまった。
「そういえば……映像って……」
彼らは、探検の様子を撮影してくると言っていたのを思いだした。だが恐らくそれも証拠品として警察が押さえていることだろう。あの日彼らに着いて行かなかったことで部外者となってしまった自分には、最早出来ることはない。
悔しさに視界が滲むのを堪えながら自転車を走らせ、帰路につく。自宅は旧龍神村にある集合住宅で、エントランスに各家庭の番号が入った郵便受けがある。中には広告がぎっしり詰まったポストもあり、時折管理人がうんざりした顔で掃除しているのを見たことがある。
自宅の番号である301と書かれた郵便受けを開くと、中に茶色い包装紙で包まれた小包が届いていた。片手に収まる大きさで重さも然程ないそれを手に取った湊は、目を疑った。
「陽斗!?」
小包に書かれていた名前は、死亡した友人である穂上陽斗だった。癖のある、筆圧の濃い大雑把な文字は、間違いなく彼のものだ。
湊は自宅に駆け込むと震える手を宥めながら包装紙を破り、中身を取り出した。
「デジカメ……これ、アイツが誕生日に買ってもらったって言ってたやつだ」
恐る恐る画像を開いてみるが、こちらは見たことのある光景が写っているだけで特に変わったものは撮られていなかった。ならばと動画を再生すると、一瞬ノイズが走り、陽斗のアップが映し出された。
『よーし、こっから撮影開始するぜ』
『ほんとにやるの……?』
『別に、ネットに上げなきゃいいだろ。記念だよ、記念』
楽しげな声で陽斗が宣言し、不安そうな女子の声が画面外から聞こえた。この怯えた声は現在入院中の友人、前原莉子だ。
暫く雑草が生い茂る中を進む映像が続き、画面端に風化した小屋が映ると陽斗ともう一人の友人、元井奏汰が「武器になるもん探そうぜ」と言いながら向かっていった。
小屋の中では撮影しているのを忘れているかのような乱れた映像が続き、暗闇の奥でなにやら物色している音だけが響いている。やがて、めぼしいものが見つかった二人が細長いものを手に小屋を出ると、女子二人の呆れと恐怖が半々になった顔が映った。
本邸に至るとガラガラと音を立てて玄関を開き、陽斗がカメラを奥へ向けた。
『お邪魔しまーす』
そう、陽斗が屋敷の奥へ声をかけたときだった。
『いらっしゃい』
真っ暗な中から、誰かの声がした。
「え……?」
思わずカメラを取り落としそうになり、慌てて両手で持ち直した。
『もしかしたら倉の鍵とか残ってるかもな』
『行ってみようぜ』
陽斗たちは気付いていないようで、お構いなしに進んで行く。
それからは何事もなく、居間に到着すると緊張がほぐれた様子の陽斗と奏汰がテレビ番組の真似をして遊ぶ様子が映っている。
『ところで、こちらのお宅はどんなお仕事をされてるんですかー?』
『えー、シャチョーでありまーす。儲かっておりまーす』
二人でげらげらと笑う声が響き、懐かしさと寂しさに目尻が熱くなる。だが、それもすぐに心臓ごと冷やされることになった。
『い……神を……祀っ……おり……す…………』
二人の笑い声に紛れて、先ほど玄関で聞いたものと同じ声が、陽斗の問いに答えた。相変わらず二人は気付いておらず、床の間の掛け軸や花瓶などを適当に解説している。
少しして女子二人が合流し、カメラが二人を映す。と、二人の背後にもう一人小さな人影が映っていた。その人影は、人見知りの妹かのように莉子の背中に半分隠れた形で居間を覗いており、知らない人が見れば彼女が連れてきた子のようにも見える。
『なんか面白そうなもんねーかなぁ』
そして、二言三言会話をしたのち、心霊現象が起きないことに飽きてきた陽斗があの言葉を吐いた。瞬間、ガクンと莉子の体が大きく仰け反り、倒れそうな体勢から逆再生するかのように元に戻った。
「え……?」
それだけでも異様だが、更におかしいのは、カメラを向けている陽斗や、隣でそれを見ていたはずの奏汰、そしてなにより隣で腕を組んでいた朱梨菜までもがいまの異変に無反応だったことだ。
じっとりと、カメラを持つ手に汗が滲む。よく見れば、莉子の陰に隠れていた人影が消えている。
『……子供部屋になら、あるよ……?』
陽斗の言葉に、莉子が答えた。……いや、この声は莉子のものではない。もっと幼い子供の声だ。だというのに、彼らは異変に気付かない。廊下を進みながらあちこち扉を開け、なにもないとつまらなさそうにぼやいている。
懐中電灯の明かりを頼りに進んで行き、突き当たりの一つ手前、可愛らしい花の絵が描かれた襖の前に立つと、陽斗がカメラを構えて奏汰が襖に手をかけ、引き開けた。
「……? なにもない……?」
陽斗の持つカメラには、なにも異変は映っていない。しかし、カメラは驚いたように一瞬ビクリとブレ、真っ暗な室内を映したまま固まっている。隣の奏汰も同様に言葉を失い、部屋を見つめたまま硬直していた。その様子を見て、朱梨菜が怯えた声で二人に問いかけながら室内を見ると、掠れた悲鳴を上げた。
なにが起こっているのか理解出来ないまま映像は進み、そして突然奏汰が部屋の中に踏み入って暴れ始めた。まるで、小さななにかを蹴散らしているかのような動作で畳の上をスコップで薙ぎ払い、一人で狂乱している様子を、カメラは淡々ととらえている。
『ケッ、ざまあ!』
漸く気が済んでスコップを担ぎ直し背後を振り返ると、奏汰は訝しげに眉を寄せた。
『は? アイツらなに勝手にいなくなって……』
部屋の外に出て廊下を覗き込む奏汰の横顔が、至近距離で映っている。これほど傍に寄ったら撮影者の息づかいまで届きそうなものだが、奏汰は無反応だ。それどころか、この場に誰もいないかのように苛立っている。
ふと、廊下に佇んでいる莉子に奏汰が気付くのと同時に、カメラもそちらを映した。
『んだよ、お前アイツらになんか……』
無言で莉子が奏汰に抱きつき、スコップを取り落とした音が画面外から響いた。
明らかに様子がおかしい莉子に連れられて奏汰が廊下を進んで行く様子を、カメラは後ろから撮影している。先ほどから奏汰は、カメラの存在に気付いていない。
玄関から外に出て離れに入る奏汰の後ろ姿を暫く映し、莉子も続いて中に入る。と、不意に莉子がカメラを振り返った。
「うわっ!?」
今度こそ、湊は驚いてカメラを取り落としてしまった。
最後に一瞬見えた莉子の顔は、明らかに普通では無かった。口が顳顬近くまで裂け、目は赤く血走り、首は真横に切られたかのように赤い線が走っていて、そこから鮮血が滝のように溢れて体を染めていた。
心臓が破裂しそうなほどうるさく鳴り響いているのに、全身の血の気が引いている。寒気すら覚えるほど体が冷たく、目眩がして倒れそうだった。おかしくなった莉子も、あのあと離れの中で死んだ友人たちも、紛れ込んだ変質者に襲われたわけではなくて、なにか得体の知れないものに殺されたのだと理解し、確信してしまった。
痛む心臓を抑え、何とか息を整える。落ち着いてから辺りを見回し、湊は別の意味でドキリとした。
「あっ、やべ……」
落とした拍子に電源が落ちてしまったらしく、画面は真っ暗になっていた。
慌てて電源を入れ直すが、全く反応しない。壊してしまったのではと不安になって、あちこちいじってみて、異変に気付いた。抑々、電池が入っていなかったのだ。
「っ……もう、嫌だ……なんなんだよ、さっきから……!!」
堪らずデジカメを放り出し、ベッドに潜り込んで布団を頭から被った。
両親は共働きで、夕方まで帰ってこない。耳に痛いほどの静寂の中、身動ぎして布が擦れる微かな音だけが聞こえる。
布団にくるまって目を閉じているうち、徐々に睡魔が襲ってきて、湊は現実から目を背けるかのようにそのまま寝入ってしまった。