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鬼灯町の百鬼夜行◆宴  作者: 宵宮祀花
壱ノ幕◆蠱毒の残滓
3/65

悩める刑事

 無骨なデスクに、散らかった書類。狭い喫煙室では賄いきれない煙草の臭いが、薄く開かれた扉の隙間から漏れてくる部屋の中。中年刑事は騒々しく飛び込んできた年若い刑事の声にたたき起こされた。


「んぁ?……んだよ、まだ五時じゃねぇか……」


 欠伸をかみ殺しながら文句と共にソファから起き上がる中年刑事に、飛び込んできた若い警官は噛みつかんばかりの勢いで叫ぶ。


「それどころじゃないんです! 旧犬神村の、あの屋敷で事件です!」

「……あの屋敷?」


 あの、という抽象的な物言いにも拘わらず、中年刑事は犬神村の屋敷とだけ聞いて、目の色を変えた。気怠げな色は消え、剣呑とした空気を纏う。


「仕方ねえ、向かうぞ」

「はい!」


 二人が現場に向かうと、通報を受けて先に到着していた交番の新人警官が青白い顔で門前に立っていた。夏のせっかちな朝日はとうに顔を出していて、夜にはお化け屋敷の様相だった屋敷を明るく照らしている。

 屋敷の敷地内では、既に現場検証が行われている。門前で待機している警官は、その顔色では中での仕事は難しいと判断されたのだろう。中年刑事は傍まで行くと、端的に声をかけた。


「状況は?」

「お、恐らく高校生と思われる少年少女が、互いに殺し合ったものと思われます。あの陰にある離れに、三人倒れていて……それで……」


 話しているうちに惨状を思い出したのか口元を押さえて顔を背け、激しく嘔吐いた。それを視線だけで咎めつつ、中年刑事は溜息一つ残して、立入禁止と書かれたテープをくぐって中へと入った。

 既に現場はある程度整えられてはいるものの、それでも掃除をしたわけではないため生々しい色彩がそこら中に残っている。


「侵入したのは三人なのか?」

「いえ、四人ですね」


 手近な足元で作業していた鑑識に声をかけると、鑑識の男は現場で簡易的にまとめた情報を見せた。犠牲となったのは、鬼灯高校に通う一年生四人組。恐らくは肝試しなど遊び感覚で侵入し、そして何らかの原因で狂乱状態となり、互いに殺し合った。

 少年の一人は火かき棒で頭を殴られ、少女の一人はスコップで首を切断寸前まで深く切られ、もう一人の少年はアウトドア用の懐中電灯で全身を何度も殴られている。

 それだけでも異常なのに、更に異様なのは、一番最初に殺されたのがスコップで首を切られた少女で、懐中電灯で頭を殴られた少年は、その少女に殴り殺されているらしいことだ。少女の死後に第三者が凶器を握らせたにしては、血の付き方がおかしいのだという。


「もう一人はどうした?」

「現在は犬神精神病院にて隔離されてます」

「あ? ダチが暴れたのを見てとち狂ったか?」


 訝しげに問う刑事に、鑑識は一度視線を地に落としてから、言葉を選ぶようにしつつ話し始めた。


「原因は不明ですが、その……通報を受けて駆けつけたとき、亡くなった三人の遺体を貪り食っていたんだそうです」


 そういって、門のほうへと視線をやる。先ほどの新人警官が死にそうな顔をしていた理由は、少女が友人の遺体を喰らっているところを見たせいだったのだ。ある程度人の死やひどい怪我に慣れてはいても、人が人を食う現場に慣れている刑事はそういない。とはいえ彼は鬼灯署の人員の中でも、流血沙汰に弱い部類の警官だ。ただでさえ苦手なものが、映画も顔負けの光景となって目の前で繰り広げられては、倒れていないことを褒めてやるべきなのかも知れない。


「しかも取り押さえるのに大の男三人がかりでやっとで……まるで獣でしたよ」


 いまほど自分の目が狂っていてほしいと思ったことはないと、鑑識は嘆息する。

 鑑識の話を聞き終えた刑事は、若手刑事を伴い離れへ向かった。近付くにつれて風が生臭さを帯び、見るまでもなく凄惨さを訴えてくる。

 開け放たれたままの扉から中を覗けば、そこは無造作にペンキをぶちまけたような、臭いに違わぬ有様だった。仕事柄、ある程度の惨状に慣れている身であっても、思わず目を背けたくなる光景だ。


「ひでぇな……」

「遺体はもっとひどかったですよ。なにがあってあんなことしたんだか」

「一応、薬物検査にも回しておけ」

「手配します」


 離れをあとにし、現場で作業する警官たちに指示を出したり報告を受けたりしてから門へと戻る。門の外で新人警官が、何事かと訊ねてきた中年女性を相手にしているのを見て、主婦の長話に巻き込まれてはごめんだと足を止めた。

 念のため、余計なことを口走らないよう監視出来る程度の距離で。


「……あの、ここって何なんです? 広いわりに農家っぽくないですし……」


 帰り際、若手刑事は背後の離れを振り返りながら独り言めかして呟いた。中年刑事は門の外へ視線をやり、女性と新人警官の気がこちらへ向いていないことを確かめてから重い口を開いた。


「ここは、旧犬神家。犬神信仰とかいう呪いごとで栄えた一族で、合併して町になって以降、急速に衰えて途絶えた一族の家だ」

「犬神信仰? なんかオカルト系のテレビで見たことあるような……確か、胸くそ悪いやり方で犬を殺すやつですよね」

「まあ、雑に言やぁな」


 平屋でありながら妙な威圧感がある屋敷を見上げ、首の後ろを掻く。安物のスーツが皺になるのも構わず肩を回すと、中年刑事は門前の女性がいなくなったのを確かめて、のそりと外へ出た。そこには顔色こそ戻っているものの、女性の長話に付き合わされてげんなりした様子の新人警官が、一人項垂れていた。


「おう、お疲れ」


 軽く肩を叩いて労いつつ、警察車両へ乗り込む。

 背後で「見てたんなら助けてくださいよぉ……」という情けない声がしたが、長話の相手はごめんだと心の中で今一度呟いて発進させた。


 警察署内も、そして学校も、朝から大騒ぎだった。

 事件に関する連絡を鬼灯高校にした際も各家庭にした際も、当然だが信じられないといった反応だった。

 昼を回ったところで漸く一頻り連絡し終え、忙しなかった署内に一先ずの落ち着きが訪れた。


「生徒連中の評判はだいたい似たようなもんだな」

「悪乗りするところはあるけど、殺しあいなんてするはずない。そりゃそうですよね。普段から、いつかやると思ってたなんて言われんのはよっぽどですし」

「全くだ」


 噛み跡が深く残る煙草を灰皿に押しつけ、事務椅子に深くもたれ掛かる。換気扇へとめがけて煙を吐き出せば、競いあうようにしてファンの向こうに吸い込まれていった。

 警察の仕事は、ドラマになるような派手なものばかりではない。近隣で起きた過去の事件と関連性がないか、共通点はないか、見落としている物事はないか、事件が起きる度に洗い直す作業が待っている。

 遺体には薬物を使用した痕跡は見られなかった。更に家族の協力を得て自宅を調べたものの、互いに殺し合うに至るほどの動機に結びつくものは何一つ見当たらなかった。


「最近、妙な事件が多いですよね」

「あー……まぁな」


 今夏だけでも、高校と民家に侵入して祠に悪戯をした中学生三人の相次ぐ死亡事故。とある少女に対していじめをしていたとされる小学生三人の連続飛び降り自殺。高校の課外授業で肝試しをした女子生徒三人の、原因不明の腹水が溜まったことによる急激な衰弱。鬼灯町資料館建設予定跡地での、原因不明の集団自失。そして小学生から高校生までの少年少女が突然行方不明になったかと思えば、数日後に神経衰弱状態で発見。

 治安の悪い国や地域では殺人や強盗、強姦事件等の多発は良く聞く話だが、この街でこれほど事件が続いたことは、過去十年どころか鬼灯町が出来るまで遡ってもなかったことだ。勿論、無事故無事件ではなかったといえ、あまりにも多すぎる。


「そういえば、最近の事件に関して面白い報告が上がってるんですよ」

「んぁ?」


 資料を閉じたバインダーで口元を隠しながら、若手刑事が言う。


「一連の事件現場で、とある女子生徒二人組がほぼ毎回目撃されているんです」

「そりゃお前、学生絡みの事件だし、学校周辺で起きてんだからそうだろ」

「それもそうなんですけどね」


 それならそれで、報告されている二人以外にも名前が出ていないとおかしいのではと若手刑事が言うと、中年刑事は目を眇めて先を促した。


「織辺真莉愛とその友人、四季宮千鶴っていう鬼灯高校の生徒なんですけど、二人ともなにかと目立つ生徒でして」


 若手刑事は資料をめくり、中年刑事に当該頁を見せた。そこには四季宮家が鬼灯町に引っ越してきた日時を始め、四季宮千鶴が目撃されている事件一覧が記されていた。

 最初の祠に関しては本人から通報があり、現場に警官が駆けつけている。というのも当の祠がある民家が四季宮家だったためだ。後日、四季宮千鶴の登校中に事故が発生。現場には織辺真莉愛もいた。

 小学校での事件も、彼女らの登校中に第一の自殺騒動が起こっている。二件目は妹を迎えに来た織辺真莉愛が現場を目撃していて、警察が到着する前に立ち去っている。

 課外授業の件では、衰弱している女子生徒のうち二名が、四季宮千鶴に突っかかっているところを複数の生徒が目撃していた。更に、ぬいぐるみを奪って肝試しをした祠に置き去っていたことも友人から聞き出している。

 資料館建設予定跡の事件は未だに原因不明だが、四季宮千鶴と織辺真莉愛、そして、その妹である織辺英玲奈が事件前後に訪れているとの情報がある。

 連続少年少女行方不明事件では、四季宮千鶴が駅前の交番に行方不明者の鞄を届けにきたとの記録が残っており、また、行方不明になる直前に被害者と会話をしているが、会話に関しては、被害者の交友関係が広く数十人ほどいるため、これを関連とするには強引ともいえる。


「この街に住んでる外国人が織辺家だけなんで、まず織辺真莉愛が目立って、ついでに四季宮千鶴も目に留まってる感じだと思うんですけど……」

「……けど、なんだ。まだなんか言いたげじゃねぇか」


 手持ち無沙汰に空の栄養ドリンクの瓶を机上で玩びながら、中年刑事が問う。浅黒く日焼けした肌に無精ひげ、百八十センチを超える長身に柔道経験者特有のがっしりした体躯という相対するだけで圧を与える見目をしている上、声は低く嗄れている。刑事になるために生まれてきたような強面の中年刑事に鋭く眇めた目で睨まれれば、犯罪者でなくとも縮み上がるのだが、この若手刑事だけはお構いなしに話しかけてくる。

 いまのように「なにか言いたいことがあるのか」と他の者に問えば、大抵は「何でもないです」と慌てて取り繕って逃げていくのだが、若手刑事はいつもと変わらず平然と続けた。


「俺的には、本命は四季宮千鶴だと思うんですよね」

「あ? まさかその女子高生がなんか裏で糸引いてるとか言わねえだろうな」

「いやあ、それはないですけど」


 へらりと笑ってから、端末を掲げて隠し撮りと思しき画像を見せる。


「稀に、いるんですよ。彼女みたいなのが。事故とか事件とかを引き寄せるっていうんですかね。ミステリー小説でいう探偵みたいに、行く先々で事件が起きるタイプ」

「……おい。隠し撮りは犯罪だぞ」

「あはは、柴門さんに見せたかっただけなんですぐ消しますよ」


 いくつもの画像を指先で左から右へ送りながら、宣言通り中年刑事、柴門に見せては消していく。


「……ん? これは、おい槙島お前、気取られてんじゃねぇか。まさか本人の真ん前で撮ったのか?……いや、それにしちゃ視点が高ぇな……」

「勿論、違いますよ」


 画像の中の人物は、四季宮千鶴を含め、誰一人としてカメラを向いていない。

 だが、三人の高校生男子と一人の女子と共に、信号待ちをして並んでいる画像だけは違った。四季宮千鶴は、桃色の髪をした女子と話していて余所を向いているが、白髪の男子と一番背の高い黒髪の男子がカメラのほうを睨むような目で見ており、黒髪に紅いメッシュを入れた派手な髪の男子は挑発的な笑みを浮かべて横目でカメラを見ている。

 どうやら連射撮影をしたらしく、四季宮千鶴と話している桃色の髪の少女は二枚目でカメラを向き、三枚目でピースサインを作って見せていた。


「これは、望遠レンズで署の屋上から撮ったんです」

「場所は」

「四キロほど先の、交差点です」


 柴門は、槙島の言う「四季宮千鶴が本命」の意味を、少しだけ理解してしまった。


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