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鬼灯町の百鬼夜行◆宴  作者: 宵宮祀花
参ノ幕◆龍神様

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27/65

百千万の由無し事

 階段を降りきると、靴箱前で待っていた桐斗が端末から顔を上げた。


「あっ、千鶴、お帰りー。遅かったけど、なんかあった?」

「実は……」


 上で起きたことを説明しようと千鶴は傍らを見上げたが、そこには誰もいなかった。立ち去る足音も聞いていないため、訝しげに首を捻る。


「……あれ?」

「どしたの? おーじに摘ままれたみたいな顔して」

「えぇと……なにから話せばいいのか……」


 一先ず靴を履き替え、昇降口を出て歩き出す。

 教室で龍神様をしていた生徒のうち、三人がまだ残っていたこと。その三人の様子がおかしかったこと。そして、その三人に襲われたところを百鬼というひとに助けられたことを伝えたところで、桐斗が目をまん丸にして絶句した。


「えっ、なっ……なんでアイツが、学校にいんの?」

「理事長さんと、文化祭でご挨拶するとかそういうお話をしていたそうですよ」

「あっ普通……」


 千鶴は、町長という立場の人間が教室前に現れたことに対して驚いたのだが、桐斗の口ぶりはどうも違うように思えた。桐斗が「アイツ」という言葉を使うのは、仲間内である妖や顔なじみの神族に対してである。


「百鬼さんのこと、ご存知なんですか?」

「ご存知もなにも、アイツは僕ら妖を纏めてる花屋街の頭の一つだよ。前にセンリって妖頭を紹介したでしょ?」

「はい。人間界で人助けしている様子を見て、手形を発行してくれる方ですよね」


 桐斗は一つ頷くと、それに補足する形で続けた。


「アイツはね、その逆っていうか、人間界で悪いことをした妖を裁く役割なの。あとは現界許可をもらってないのが勝手に人里に出てうろついてたら報告したりね。因みに、アイツは鬼族の頭でもあるんだよ」

「えっ、あのひと鬼だったんですか……ていうか、その、妖が人間の世界で暮らすのに許可がいるんですか?」


 驚くことが次々飛び出してきて、整理が追いつかない。ひと夏を過ごして慣れたかと思っていたが、それは思い上がりに過ぎないのだと痛感した。


「そりゃ、ね。縄張り問題もあるし、放っておくとすぐごちゃつくから」

「妖の世界も色々と難しいんですね……」

「まーね」


 抑々、大凡の妖が生まれるのは人の噂や畏れなどの感情が発端だとばかり思っていた千鶴は、感嘆の声を漏らした。確かに、桐斗のような獣が元になっている妖もいるが、そちらも同様に人間世界で発生していることに変わりはないはずである。だというのに許可が必要とはどういうことだろうかと思っていると、桐斗は辺りに視線を巡らせた。


「宵の民はね、もうそのままじゃ人里では生きられないんだよ」


 つられて千鶴も、周囲を見渡してみた。夜道は外灯が明るく照らし、駅前の繁華街は深夜にこそ賑わいを見せる。鬼灯町はまだ静かなもので、都心は文字通り眠らない街になって久しいという。


「よく怪談に出てくるのも、人間霊が殆どでしょ? 殺された女性の霊だとか、踏切に飛び込んだリーマンがどうとか。でさ、喋る猫とかそーゆーのも親馬鹿ペット自慢とかそんなんばっかで、うちの子猫又なんですーなんて言わないじゃない?」

「言われてみれば……先輩の前でこんなこと言うのもですけど……人前で真面目に妖を信じてるなんて言ったら、どんな目で見られるか……」


 抑も町の人たちが、学校の皆が、昔の日本人のように妖の存在を信じていたのなら、犬神屋敷での悲劇も起きなかったはず。呪術も怪異も信仰も、時代と共に薄れて掠れて消えて行く。


「いいよ、ほんとのことだし。てか僕も、クラスで自分が妖だなんて言う気ないし? 電波か不思議ちゃんだと思われちゃうもん」


 そうおどけて言う桐斗の横顔が、千鶴にはどこか寂しそうに見えた。

 肝試しや超常的なおまじないでさえ、遊び半分の世界だ。真剣な顔で妖は人に紛れて生活しているなどと公言すれば、人の目がどう変わるかなど想像するまでもない。


「僕の場合、柳雨のあだ名のせいでネコを自称したら違う意味に取られそうだけどね。まあ、間違っちゃいないんだけどさ」

「? 違う意味、ですか……?」

「あはは、気にしないで。千鶴に余計なこと吹き込んだらおーじに怒られちゃう」


 桐斗は慌てて取り繕い、千鶴の手を握った。子猫の体温であるはずのその手はやけに冷たく、千鶴は少しでも暖かくなればと、握り返す手に少し力を込めた。


「……僕らを妖として正しく認識出来る人間はもう、殆どいないんだよ。だから僕らは花屋街を作った。明けない夜の町をね」


 世界から夜が失われ、彼らは姿を消した。隣に桐斗が桐斗としていることそのものが奇跡のように感じられて、千鶴は腕を絡めて甘えるようにすり寄った。桐斗はその手を擽ったそうに受け入れ、千鶴の頭を撫でる。


「あ……そういえば、ずっと気になってたんですけど」

「んー?」

「花屋街って、なんで花屋なのかなって……」

「あー……僕は街が出来てだいぶ経ってから生まれたから、詳しくはないんだけど……って、着いたから部屋で話そ」

「はい」


 前方に石段が見える。その上に聳える朱色の鳥居は、ふたりにとっては自宅の門だ。迷うことなく境内に足を踏み入れ、拝殿を回って桜並木を抜ける。

 本殿に入って手洗いを済ませ、好きにしていいと言われている菓子類を取り出すと、桐斗と千鶴はいつもと違って静かな居間で、並んで座った。


 ―――桐斗曰く。

 花屋街は元々、人間界を追われた妖たちを受け入れるため、一柱の神と二体の妖とが協力して作り上げた、特殊な空間であるらしい。そして出来たばかりの花屋街は、その名が示す通り『花』を売る城郭のみがあった。己が持つ芸を披露したい妖と、芸を見て楽しみたい妖とを巡り合わせる場。

 人ではない彼らも、人のように恋をすることがあった。獣でない彼らも、獣のように肉欲を交わすことがあった。真似事には興味を示さず、ただあるがままに過ごしたがる妖も当然いて、街は全てを受け入れていた。


「でも……何でも受け入れてたらだめなのは、人里もアッチも同じだった。千鶴が街に行ったときにも見た、黒鬼みたいなのが現れるようになったんだ」


 彼らに目的はない。強いて言うなら、傷つけ、苦しめ、嘆きを眺めることが目的だ。ゆえに話し合いにはならず、力で抑えることしか出来なかった。やがて法が出来、街が広がり、住民である妖が増えていく。

 そうして、人の世でいう江戸時代を越えた辺りから発展し、花屋は急速に街になっていった。花屋の城郭を増築し、センリを花屋街側、百鬼を人間界側にそれぞれ据えて、妖たちの世界を守る基盤を築いたのである。


「あれ……? 先輩の話だと、センリさんと百鬼さんの他に、街を作った神様がひとりいるはずですよね。その方は……?」

「んとね、いまはたぶん別の街で娘さんのお世話してるんじゃないかな。消えかけてたところを人間に助けてもらったらしくて、恩返ししたいとか何とか。だからいまは街の管理はセンリたちに一任してるんだって」

「なるほど、恩人さんが……」


 正しく奉られなくなった神は、消えるか別のものに変じてしまうかの何れかであると千鶴も知っている。それほどの存在を救ったというなら、専念したい気持ちはわかる。命の恩を片手間に返すなど、神ではなく人であっても不義理というものだ。


「娘さんは典型的な稲荷のお姫様で、もの凄く一途だしベタ甘だから、その人間は将来花屋街の一員になるんだろうなー」

「そういうこともあるんですね……」

「うん。てゆーか、千鶴だってそーでしょ」

「あ……そうでした」


 顔を見合わせ、小さく笑う。

 ゲームの音も聞こえなければ、本をめくる紙の音も聞こえない。千鶴の隣にいても、退くように言われない。料理をするために駆け回る小さな足音も聞こえてこない。

 ただひたすらに静かで、あまりにも静かで――――


「おーじがいないと千鶴を独り占め出来ていいね」

「ふふ。最近は珍しく、先輩たち皆、それぞれ用事があるんですよね」

「そーなんだよねー」


 寂しさを紛らわせようと、桐斗は努めて明るく振る舞った。手を繋ぎ、互いの体温を確かめ合う。

 桜司は、先日千鶴の涙に小狐たちが触れたことによる尾の変化を、稲荷神を総括している社へ報告しに行っている。伊月は年に二回の奉納日が近いため、最近は放置気味であった社の掃除をするからと鬼灯神社に寄らずに帰っている。

 そして柳雨は、故郷である京から送られてきた手紙を開いたところを見て以来、数日姿を見ていない。


「一度に皆が町をあけるなんてことはなかったから、ちょっと変な感じ」


 いつもゲームとお菓子で満たされていたローテーブルは、いまはふたりぶんの僅かな茶菓子しか載っていない。常に誰かが隣にいたソファも、いまはお互いだけだ。


「そうですね……私は、町に来たときから、というか、その……転入してわりとすぐに先輩たちに囲まれましたし」

「あははっ、そーいえばそんなこともあったねー」

「はい。あのときは、本当に驚きました」


 あまりにも色々なことが起きたせいで、もう何年もこうしているように感じていた。実際にはまだ夏を一つ越えただけで、千鶴が伊月に軟禁されて桜司たちに包囲された、あの運命の日から然程も経っていない。

 神蛇が荒魂へと堕ちかけた六月の事件から数ヶ月。様々な怪異に見舞われ、その度に千鶴は助けられてきた。その分を返したいと思っても出来ることは少なく、せめて皆が望む形でいようと思っている。

 桜司が膝に抱きたいと思ったとき。伊月が小さな手で命を実感したいと思ったとき。桐斗が新しい服を買いたいとき。柳雨がゲームに興じるとき。千鶴は彼らに寄り添い、望むように過ごしてきた。

 出来ることが少ない千鶴の、せめてのも恩返しとして。


「でも、あれからもずっと一緒にいてくれて、うれしいです。最初は役割だったのかも知れませんけど、いまはそれだけじゃないって信じられるようになりましたから」

「いい子ーっ」


 桐斗は千鶴の頭を撫で回し、横から抱きしめた。こうしていられるのもいまのうちと言わんばかりに、ぎゅうぎゅうに抱きしめて顔を埋め、甘えている。

 少しでも会話が途切れると、沈黙がより重くのし掛かって感じられ、不自然なまでに会話を探そうとしてしまう。


「静かだねー」

「そうですね……桜司先輩と伊月先輩は、たぶん大丈夫だと思うんですけど……」

「……うん」


 柳雨は、誰にもなにも言わずにある日突然姿を消した。誰も行き先を知らず、手紙も持ち去っているためなにが彼を失踪に至らしめたのか知る術もない。

 ただ、彼が捨ててきた場所からの手紙である以上、喜ばしい内容ではなさそうだと、ふたりは予感めいたものを抱いていた。


「わたし、黒烏先輩のこと、なにも知らないんですよね……」

「そうだね。僕もそこまで詳しくないや」


 無意識のうちに指を絡め、小さなふたりは身を寄せ合いながら小声で話す。と、


「……ッ!」


 不意に、桐斗が半化生の姿になり、ソファから弾かれるように立ち上がった。桐斗の視線は遠く社の外を見つめていて、じっとなにかに集中しているかのように動かない。驚いた千鶴が目を丸くして見上げていると、長い尾と耳の毛並みがぶわりと逆立った。


「赤猫先輩、なにが……」

「柳雨っ!!」


 叫ぶのと同時に、桐斗が駆け出す。呆然としていた千鶴だったが、ただ事ではないと遅れて立ち上がり、社の外へ駆けていった。

 外は既に夜の帳が下りていて、明かりを置いていない拝殿裏は殊の外暗い。月明りと街から届く明かりを頼りに駆け抜け、拝殿が見えてきたところで足を止めた。


「先輩!」


 桐斗の姿は、思いの外すぐに見つかった。拝殿のすぐ近くに座り込んでいて――その正面には、全身傷だらけで倒れ伏す、柳雨の姿があった。

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