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鬼灯町の百鬼夜行◆宴  作者: 宵宮祀花
弐ノ幕◆小鳥のうた
21/65

糸の先に

 教室に入るなり、久々に友人の姿を見つけて、千鶴は真っ直ぐに駆け寄った。席から立ち上がって抱き止めるやわらかい腕を背に感じながら、千鶴も思いきり抱きしめる。真莉愛の髪から香るジャスミンの匂いも久しぶりで、空白を埋めるかのように思い切り胸に吸い込んだ。


「真莉愛ちゃん、もう具合は大丈夫なの?」

「はい。たくさんお休みしましたので、もう大丈夫です」

「良かった……」


 表情は明るく、顔色も良い。安心させようと、無理をしているわけではなさそうだ。千鶴は両手で真莉愛の頬を包み、数日ぶりのやわらかなぬくもりを堪能した。


「はぁ……ほんと、安心した。このほっぺたも久しぶり」

「まりあも千鶴に会えないあいだ、とても寂しかったです」

「うん、ありがと。お見舞いに行けなくてごめんね」

「いえ、うつったら大変なので。元気になるまでのがまんでした」


 それぞれ席に着き、真莉愛は千鶴を振り返った格好になる。隣は伊織の席だが、まだ少し早い時間帯なので朝練の最中なのだろう、鞄だけが置かれている。


「千鶴、お休みしているあいだ、英玲奈といてくれてありがとうでした」

「ううん、英玲奈ちゃんがわたしを助けてくれたんだよ。小学校でも色々あったから、英玲奈ちゃんも大変だったと思う」


 千鶴の答えを受けて、真莉愛が気遣わしげな表情になった。


「そういえば……また事件があったと聞きました。千鶴は大丈夫でしたか?」

「わたしはへいき。事件があったのは小学校だし……今回わたしはなにもしてないし、なにも変なことは起きてないよ」

「それなら良かったです」


 真莉愛の表情が和らぎ、千鶴も安堵の息を吐いた。やはり彼女は笑顔が一番可愛いとしみじみしていると、教室の外から「四季宮さん」と呼ぶ声がして、扉を見た。


「久木さん……?」


 珍しい人が珍しい人を呼んでいると、教室内の視線が集まる。だが呼びに来た当人は多数の視線を意にも介さず、千鶴を真っ直ぐに見つめて待機している。

 以前にぶつかってしまったときも思ったことだが、彼女は周囲の視線や囁く声を全く気にしない性格のようだ。単に突っぱねて敵を作るのではなく、己の芯を通して害意を寄せ付けない強さの持ち主。

 久木小春のほうが気の強さを感じるが、そこはかとなく伊織に似たタイプに見える。


「ごめん、ちょっと行ってくるね」

「はい」


 真莉愛に一言声をかけてから、千鶴は後部扉へ向かった。

 千鶴が傍まで行くと、小春は一応といった様子で辺りを気にする素振りを見せてから手招きをして、教室から少し距離を取った。


「こないだは悪かったね」


 二人して廊下の隅まで行ったところで、前置きもなく切り出した。千鶴は驚いて目を丸くし、慌てて首を振る。


「あ、あれはわたしがよく見てなかったから……」


 遠慮でも何でもなく、あのときは急いでいて曲がり角だというのに人がいないか確認しなかった自分に非があると、千鶴は本心から思っている。けれど小春からしても下校時刻の廊下という人が行き交う場所のど真ん中でぼんやりしていたのは事実であって、謝られると少し居心地が悪いのだ。

 お互いに、自分が悪いと思っている状況。このままでは堂々巡りになってしまうと、小さく溜息を吐く。


「まあ、いいや。この話題は終わらなさそうだし。言いたかったのはこっちじゃなくて別なんだ」


 そう言うと、小春は少し目を伏せて暫く逡巡してから、眉を寄せた。


「妹、助かったよ。そんなにかからず退院出来るって。あんたに言ってもなんのことかわからないかも知れないけど」

「妹さんって……確か、英玲奈ちゃんのクラスの……」

「ああ、そうか。織辺さん経由で聞いてたんだ。そう、二年生の妹。あのときあんたが声かけてくれたから、落ち着いて色々出来た。その礼を言いに来たんだ」

「そんな、わたしはなにも……」


 千鶴が遠慮しようとすると、小春は視線をより鋭くして「やめな」と止めた。


「別に、あんたの性格までは否定しないけどさ、礼を言われたときに相手の気持ちまで叩き返すのは良くないよ。謙虚なのもいいけど、一先ず形だけでも受け取るくらいしてくれないと、こっちが馬鹿みたいじゃない」

「っ……そう、だよね……ごめんなさい」


 しゅんとして俯く千鶴は、実際の背丈以上に小さく見える。いじめっ子気質の人間がもしこの姿を見たら、体のいい獲物にしか映らないだろうなと思った。だからといって実際手を出す輩の気は知れないけれど、嗜虐心を刺激する性質だと見ていて感じる。


「ま、そんだけだから。じゃあ」

「あ……うん。あの……」


 立ち去ろうとした足を止め、千鶴を振り返る。ビクッと身を竦ませはしたが、視線を足下に落とすことなく見つめているので、小春はそのままなにも言わずに待機した。


「ありがとう。……妹さん、お大事に」

「伝えとく」


 今度こそ千鶴の前を立ち去って行く小春の背を見送ると、千鶴はそっと息を吐いた。初めてこの学校に通い始めたときのような緊張感に包まれて、改めて初心を思い出した心地だった。だが、嫌悪でも拒絶でもないプラスといえる感情で慣れ親しんだ友人たち以外の人と相対したのは初めてで、緊張はしたが悪くはないと思えた。

 罪の魂は、周囲に悪感情を植え付ける性質を持つという。けれど、それを乗り越えて接することが出来る人も、稀にだが存在する。それが真莉愛と伊織だけでないと知れたことは、千鶴にとって新しい光となった。


「ただいま、真莉愛ちゃん」

「おかえりなさい。いまの人は、英玲奈と同じクラスの子のお姉さんですね」

「うん、そうなんだ。妹さんがわりとすぐに退院出来そうって教えてくれて」

「それは良かったです」

「お、真莉愛がいる」


 真莉愛がうれしそうに微笑んだところへ、部活を終えた伊織が入ってきた。手拭いを肩にかけ、ジャージの上着を腰に結んだ格好のまま席に着くと水筒の中身を呷った。


「すっかり元気そうだな」

「はい。季節の変わり目は体調を崩しやすいのですけれど、もう大丈夫です」

「そっか、良かった。お前ら揃ってるの見ると安心するしな」

「ふふふ、伊織も一緒ですよ。ね、千鶴」

「うん」


 朝のHRが始まり、一日が始まる。

 神蛇からの連絡事項に特別なものはなく、小学校で起きた焼死事件に関しては詳細を伏せた上で解決済みであるとだけ伝えられた。


 その連絡は小学校でも同様に伝えられ、英玲奈のクラスでも担任教師が痛ましそうな表情でクラスメイトに話した。

 しかし、高校と違ったのは、松崎莉亜が遺体で見つかったという内容が付け足されたこと。日が暮れても娘が家に帰らないことを心配した両親が探しに行こうとしたとき、家のベランダにまるで外から投げ込まれるかのような形で娘の体が飛んできた。しかも莉亜は全身の肉をペンチで引きちぎったかのような細かい傷がついており、服もひどく損傷していて、真っ先に目撃した母親は娘のあまりにも無残な有様にショックを受け、その場に昏倒してしまった。

 妙なことに、それほど目立つ特徴があるにも拘わらず松崎莉亜の死因は特定できず、一種の不審死として処理されている。

 小学校側には一応ある程度まで伝えられてはいるものの、子供たちには亡くなったという事実だけが伝えられた。それもそのはず。ほんの数日前にも、クラスの男子が自殺しているのだから。

 それとは別に良い知らせとして、久木芽衣の退院日が決まったことと、問題なく登校再開出来ることが伝えられた。残念ながら、菅本心海は今年中の復帰は難しいらしく、暫くはリハビリ生活が続くだろうとのことだった。


「芽衣ちゃんだけでも帰ってこられて良かったね」

「うん。もう学校からひとがいなくなるの嫌だし、それに……」


 夏休み前に、隣のクラスで自殺騒ぎがあったことは記憶に新しい。いじめられていた側ではなくいじめていた子たちが自殺をしたため、珍しい事件だとマスコミが小学校に押しかけてきたのも覚えている。


「……また、テレビのひとに色々聞かれるのも嫌だよね」

「うん……笑いながら聞いてくるの、すごく嫌だった」


 門の周りに機材を置き、登校してくる子供たちを捕まえてはマイクを突きつけてくる大人たち。彼らは一様に作り笑いを張り付けて、クラスメイトを失ったばかりの子供に対してこう問いかけた。


『いじめっ子のほうが死んじゃったけど、何でだと思う?』

『飛び降りたところを見ちゃった子って誰だかわかる? お話聞きたいんだけど』

『お友達が死んじゃって、どんな気持ちかな?』


 どんな反応をしても、彼らは自分の思い通りの演出で世間に見せびらかす。さすがに顔を映す真似はしなかったが、それでも服装などから知っている者が見ればどれが誰か一目でわかる映し方だった。

 英玲奈と雛子は気配を消すことが出来るため捕まることはなかったが、話を聞かれた子たちは暫く不安そうにしていた。

 落ち込んだ様子で話していた女子児童たちが、不意に英玲奈たちを振り向いた。


「そういえば、雛子ちゃん、転校したばかりなのに大変だったね」

「そっか……新しい学校に来たばっかりで、こんなことになっちゃったんだよね」

「雛子ちゃん、うちのこと嫌いになっちゃった……?」


 不安そうな表情で、クラスメイトたちが訊ねると、雛子は首を横に振った。それから英玲奈に向けて何事か囁く。


「喋れないのを嫌がったりせず、お友達になってくれる優しい人がいっぱいいるのに、嫌いになることはないと言っています」

「そっか、良かった」


 安堵の表情を浮かべたクラスメイトたちに、雛子も満面の笑みを向ける。


「英玲奈ちゃん、雛子ちゃんの言ってることわかるんだね。すごいなぁ」

「何となくですけどね」


 英玲奈の謙遜にも、女子たちは「何となくでもすごいよ!」と盛り上がる。賑やかな空気の中、雛子も彼女らの言葉を肯定するかのように頷いて、英玲奈の手を握った。

 愛想の良い雛子が加わったことで、近寄りがたく思われがちな英玲奈の堅い雰囲気も緩和され、自然とクラスに溶け込んでいた。必要なのは、些細なきっかけ。伸ばされた糸を掴もうとする意志。

 英玲奈もいまは外から人を見守る立場ではなく、自分もクラスの一員であることを、雛子の存在によって再認識するのだった。

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