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鬼灯町の百鬼夜行◆宴  作者: 宵宮祀花
弐ノ幕◆小鳥のうた
15/65

塵は塵に、灰は灰に

 小学校でちょっとした虫騒ぎがあった日の、夜九時頃。比較的平和な時間を過ごしていた鬼灯町警察署に、一本の電話が入った。

 相手は町に住む主婦で、小学生の息子がこの時間になってもまだ帰っていないというもの。普段から友達と遊んでいて遅くなることが多いため、夕飯に間に合わない程度で心配することはなかったが、さすがに遅すぎると相談したようだ。

 だが、電話を取った槙島は声では親身に話を聞きながら、その表情は訝しげだった。


「ええと、行きそうな場所とかわかりますか?……はい。公園と、商店街の……はい、わかりました。じゃあ、小学校からの通学路と含めて探してみますんで。はい」


 通話相手から捜索対象の行動範囲を聞いたあと、二~三言交わして電話を切る。手を受話器に添えたまま、槙島は溜息を一つ吐いた。


「……どうした」


 通話を終えた槙島に、柴門が語りかける。槙島は依然怪訝そうに首を捻りながらも、今し方受けた相談内容を伝えた。それ自体は子供の帰りが遅いことを案じた母からの、何の変哲もない捜索依頼だ。


「で、なにが引っかかるんだ」

「通報してきたお母さんの声が、心配してる感じじゃなかったんです。内容はもの凄く心配だから探してほしいって言ってるようなもんなのに、声は取り敢えずあとでなんか言われたら面倒だからって感じで……上手く言えないんすけど」

「まだそこまで遅い時間じゃねえから、ってわけでもねえか。小学生だしな」


 時計は、九時を回っている。当然外は暗く、中高生ですら殆ど帰宅している時間帯。小学生ともなれば、帰宅どころか寝る時間でもおかしくない頃だ。一先ず探しに行って様子がおかしい母親に関しては別で考えようかと腰を上げかけたところへ、再び電話が鳴った。


「鬼灯町警察署…………はい、はい。わかりました。すぐ向かいます」


 先ほど同様、槙島が電話を取り、簡潔に要件を受けて通話を終えた。


「近所の方からの通報で、鬼灯小で煙が上がってるとのことで、念のため消防と一緒に様子を見てほしいそうです」

「そうか。ああ、一応零係からも一人出してもらうか」


 片隅に作られた小さな部署を見ると、顔を上げた牡丹と目が合った。煌牙は幼い娘がいるためかあまり署に常駐しておらず、今日も夕方には引き上げている。


「いいわよ、お仕事だもの。行きましょ、昴ちゃん」

「うぃっす、了解っす!」


 軽いノリの答えに対して完璧な敬礼をして見せると、槙島は牡丹のあとについて署を出て行った。


「お母さんの様子、そんなにおかしかったのかしら」

「はい。なんか、こう言っちゃなんですけど、ほんと面倒臭そうって感じで……自分の子供が帰ってきてないお母さんの口調じゃなかったんです。それこそ、もっと高校とかそれくらいになって何度も補導されてる不良息子とかなら、まだわかるんですけど」

「そうねえ……ちょっとやんちゃでも、小学生の子供だものね」


 槙島の運転で小学校へ向かいながら、電話の主について言葉を交わす。警察には毎日様々な通報が入る。万引きの中学生を確保したというものや、悪質なクレーマーが店の前で暴れ出したというもの、中にはゴキブリが出たから殺してほしいというものまで、本当に様々。

 警察に通報してくる人間は、内容はどうあれ大抵は困っている立場にある。心配事がある者、恐怖にさらされたばかりの者、面倒事に巻き込まれて困惑している者。どんな相談でも、内容と口調や声音は大抵一致するものだ。

 今回の件は、小学二年生の息子が夜九時になっても帰らないというもの。これが連日続いた家出や悪戯ならまだしも、少なくともこの家からの通報は初めてだ。それなのに電話越しにもわかるほど、うんざりした様子で話すだろうか。


「二年生って言えば、雛子ちゃんの学年ね。煌牙からなにか聞けるといいのだけれど」

「……雛子ちゃん、変なことに巻き込まれてないといいっすね」

「そうね」


 夜の町は駅北口付近にある小さな繁華街を除いて静かなもので、住宅地や田畑がある地区では、出歩いている人を探すほうが難しいくらいだ。鬼灯小学校は国道を一本横に入ったところにあり、大きな歩道橋の上から小学校の敷地内を全て望むことが出来る。そのため以前は校庭の横にあった屋外プールが潰され、体育館の隣に移設するついでに室内プールへと生まれ変わっている。

 小学校前に車を止め、ふたりは目を凝らして校舎のほうを見た。


「あ、確かに細ーく煙が出てますね。火事ってほどでもないですけど……何でしょう、あれ」

「消し損じた焚き火のような煙ね。行ってみましょう」


 鬼灯町消防署は、警察署よりも少し離れた位置にある。誤差の範囲ではあるが遅れてくるため、まずはふたりが先行した。

 煙の出所は校舎裏のようだ。駆け足で裏手に回ると、いまはもう使われていない古い焼却炉があった。法が改正されて使えなくなったはずのそれから煙が出ている。しかもその煙、近くまで来ると、異様な臭いを放っているのがわかる。


「これは……!」


 槙島が焼却炉の扉に取り付き、思い切り引き開けた。


「っ……」


 扉が開いた瞬間、微かに感じていた異臭が空気に乗って溢れ出てきた。人が燃える、独特の臭いだ。中には体を丸めて蹲る格好で、子供が詰まっていた。


「引っ張り出しますよ!」

「ええ」


 槙島が体を掴んで引きずり出すと、子供と一緒に詰め込まれていたものがバサバサと音を立てて地面にばらまかれた。だがいまは、それよりも子供の容態を確認することが優先。仰向けにして様子を確かめるが、既に死亡していた。子供は小学校低学年ほどの男児。大量のゴミを抱え込む格好で、目を見開いたまま固まっている。

 槙島はまず、鬼灯町警察署に連絡を入れて応援を呼んだ。その横で、牡丹は長方形の手鏡を取り出して自分の顔を映す向きで開いた。


「? こんなときに身だしなみチェックっすか?」

「まさか」


 柴門への連絡を終えた槙島に不思議そうな顔で訊ねられ、牡丹はひらりと手を振って答えた。


「これが不審者の仕業ならアナタたちの仕事だけど、もしそうじゃないなら……」


 パッドを操作するようにして、鏡面に指先を触れては右から左へ滑らせていく。暫くそうしていたかと思うと、牡丹の表情が僅かに鋭くなった。


「……困ったわね。どう探したものかしら」


 鏡には、この男児が自ら大量のゴミを抱えて自分ごと焼却炉に向かっていく後ろ姿が映っていた。検索範囲を広げて前後の時間帯を見ても、この男児に脅迫する者がいるということはない。強いて言うなら、朝の教室でトラブルがあった程度。

 だが、あの一件だけで、小学生の子供が自ら焼死を選ぶだろうか。学校に行きづらくなり不登校になるならまだしも、ゴミと共に焼け死ぬなどという発想に至るだろうか。異様な現場の有様に、疑問が次々浮かんで来る。

 難しい顔で考え込んでいる牡丹の耳に、消防のサイレンが届いた。


「現場はこのままにしておかなきゃいけないし、一応学校周辺を見てもらって、延焼がなさそうならお仕事しましょ」

「……そうですね」


 牡丹に答えながら、槙島は沈痛な面持ちで男児の遺体を見下ろす。

 消防が辺りを検証したところ、焼却炉以外に火の手はなく火災の心配はないとのことだった。彼らと入れ違いに、応援の人員が署から到着した。


「あっ、小原さん、お疲れさまです」


 鑑識と共に到着した警官は帽子を軽く掲げて目礼し、鑑識に現場を預けた。

 小原健治というこの警官は鬼灯町の交番に勤務している巡査部長で、犬神屋敷の件で顔色を悪くしていた巡査の上司に当たる人物だ。昇級試験は巡査部長に上がる際に一回受けただけで以降は全く興味を示さず、同じ交番に勤務し続けている。どれほど凄惨な現場を見ても眉一つ動かさず淡々と仕事をする様はプロを通り越して機械めいており、すぐに吐きそうになる部下と足して割ったら丁度いいとよく言われていた。

 ついでに、名前の読みを「おばらけんじ」に読み間違えられることが多いが、本来の読み方は「おはらきよはる」という。そのためか、彼の名刺には通常より大きな文字で読み仮名が振られている。

 警部でありながら自ら現場に飛び出していく柴門に始まり、鬼灯町警察署は変わった人員が多い。


「調べ終わりました」


 鑑識たちが一通り調べた内容を、零係を除いてこの場で最も階級が高い小原に渡して一礼した。


「足跡は一つ。一人で来て、一人で中に入り、そして……火種はこれだ」


 プラスチック部分が僅かに溶けた、どこにでもある百円ライターを取り出して小原が言う。緑色に輝くボディと金属パーツが組み合わさって出来た、小さな子供でも簡単に火をおこせる道具だ。

 ライターは焼却炉内部の男児が丸まっていた箇所に落ちており、恐らくは付けた火を抱えたゴミに燃え移らせ、そのままじっとしていたのだろうと思われる。


「子供が、どんな精神状態になったらこんなこと出来るって言うんですか……わざわざ焼却炉に閉じこもって自殺なんて……」

「一応、自殺かどうかの最終判断はまだよ」

「あ……そうですね。でも、足跡はこの子のだけで、誰かが運んできたわけじゃないんですよね……?」

「そうねェ。空でも飛んできたならまだしも……」


 槙島と牡丹の会話を聞いた小原が、ふと顔を上げた。


「閉じこもって……焼却炉の扉は閉じていたのか」

「えっ、はい。俺が開けたんで…………あれ? でも、閂は閉まって……」


 槙島の顔色が、サッと青くなった。

 小原が改めて鑑識からの調査報告に目を通すが、扉外側の取っ手部分には大人の手で掴んだ痕跡が一つあるだけだ。そしてそれは、恐らく救出の際に着いた槙島のもので、それ以外の指紋や掌紋は残っていない。手袋などをしても錆びてささくれた取っ手には多少なりとも繊維が残るはずなのだが、抑もが使われなくなって長いはずの焼却炉だ。糸くず一つすらも採取されなかった。

 現場で見つかった痕跡をそのまま解釈するなら、この男児がゴミと共に歩いてきて、扉が自動的に開き、中に収まって火を付けたのち、扉が勝手に閉まったことになる。


「……悪いけど、これはアタシたちに任せてもらうことになりそうね。アナタたちにはいままで通り、学校や親御さんの相手をお願いするわ」

「了解」

「証拠を詳しく調べればまたなにか見つかるかも知れないし、そっちもよろしくね」

「はい」


 結論を出すのは早い。遺体と証拠品を回収し、小学校をあとにした。その帰りがけ、帰宅していない小学生の息子が焼却炉で見つかった子供とは限らないからと、通報者が言っていた場所で聞き込みを含めた捜査をした。が、目撃者はいなかった。


「ただいま戻りました」


 鬼灯町警察署では、先ほど連絡してきた家に連絡を試みているところだった。だが、奇妙なことに二度ほどかけても誰も出ない。時計は、午後一時を回ったところである。早寝の家庭なら寝ていても可笑しくない時間帯だが、数時間前に子供が帰っていないと連絡してきて、早々に寝てしまうものだろうかと疑問が過ぎる。


「焼却炉の子は無関係で、もう帰ってきてるんでしょうかね」


 希望的観測と知りながら、槙島が呟く。それならそれで、あの男児がどこから現れて何故あんなところに潜り込んだのか調べなければならない。


「はぁ……長ぇ夜になりそうだな……」


 煙に乗せた柴門の呟きは、静かに排気口へと流れて消えた。

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