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鬼灯町の百鬼夜行◆宴  作者: 宵宮祀花
序幕◆百鬼夜行部再宴!
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陽炎の再会

 鬼灯神社での日常にも慣れ、居間でゲームをする桐斗と柳雨の姿にも慣れた頃。未だ唯一慣れない出来事が千鶴にはあった。

 テレビ正面のソファにはゲームのために桐斗と柳雨が並んで座っていて、その右側に千鶴と桜司が並んで座る。そこまではいままで通りなのだが、以前は千鶴たちの正面、つまりテレビの左側にいた伊月が、千鶴の隣に移動してきている。やはり彼だけはあの騒ぎの中で本気だったのだと実感すると共に、これまで然程会話も交流もなかったのが嘘のようにかまい倒されるようになった温度差で風邪を引きそうだった。

 桜司は呆れ果てて遠い目をしており、桐斗と柳雨は意図してゲームを注視している。千鶴は珍しい生き物でも見つけたかのように頭や手に触れてくる伊月にどう対処すればいいかわからず、されるがままにしていた。


「青龍先輩……なにがそんなに気になるんですか……?」


 左手を確保された状態で手のひらを揉みしだかれながら訊ねると、伊月は暫し黙って考え込んでから「小さいと、思って」と答えた。


「確かにわたしが一番小さいですけど、青龍先輩に比べたら、全員小さいですよ……」


 百九十近い長身を誇る伊月はこの中で最も背が高く手も大きい。次いで百八十ほどの柳雨、百七十後半の桜司ときて、百五十八ほどの桐斗となっている。千鶴は彼らの中で最も背が低く体格も華奢なので、伊月と並ぶと親子ほどの開きがある。

 なお、千鶴と同じ女性である神蛇は桜司とほぼ同じくらいの長身で、三センチほどのヒールを履いているため、立って並んだ目の高さは柳雨に近い。


「千鶴は、小さくて、脆い。なのに、生きている……不思議だ……」


 なぜか千鶴の存在で生命の神秘を感じているらしい伊月は、相変わらず千鶴の小さな手を自分の大きな手で包み込んではいじり回し、感慨深げにしている。

 嫁にしたいなどと言い出したときは噛みついた桜司も、伊月は珍しい小動物を一緒に愛でていたいだけではと思い始めたのか、最早相手にもしていない。


「力を込めすぎるなよ」

「わかっている」


 時折注意するだけで、基本は放置を決め込んでいるため、千鶴も諦めて左手を生贄に預けたままゲーム画面を眺めることにした。

 大きな画面にはモノクロの世界が映し出されており、影絵のような子供が画面右側へ向かって進んでいる様子が見える。


「今日のはまた変わったゲームですね。ストーリーもあるんですか?」

「うん。この子が辺獄で妹を探してるの」

「辺獄……確か、海外の幽世で、地獄と天国のあいだにある世界でしたっけ」

「そうそう。これのノーデスがなかなか出来なくってねー」


 画面を見ていると、影絵状態で緩和されているとはいえ、死に方がなかなかひどく、胴体が真っ二つになったり首が飛んだりする様子も見られる。


「可愛いのに、死に方だけ容赦ないですね……」

「辺獄でこれって、外国の地獄ってどんだけヤバいんだろうねー」


 柳雨の操作を見ながらお菓子を片手に、時折柳雨の口に放り込みつつ桐斗が言う。

 夏休みのあいだにも買い足したらしく、桜司の社だというのにテレビの横には柳雨のゲーム機本体専用の棚が新設されている。衣装ケースに似た半透明の入れ物には大量のソフトが詰め込まれ、更にはゲームをするためだけのパソコンも新調したという。

 以前に言っていた、浄化で溜まるポイントの大半をゲームにつぎ込んでいるらしく、暇さえあれば居間を占拠していた。


「お主ら、毎日毎日、よく飽きないな」

「まあねー」

「学校が始まったら部活もあるし、それどころじゃなくなるからな」


 人間の学生のようなことを言いながらも、ゲームをする手を止めない柳雨をぼんやり眺めながら、千鶴はふと部活のことで気になることに思い至った。


「そういえば、百鬼夜行部って学校ではどんな扱いになってるんですか?」

「うん? あー、学校向けの活動内容ってこと?」


 振り向いた桐斗に千鶴が頷くと、桐斗はつま先を揺らしながら口を開いた。


「んっとねー、前期は特にって感じだったけど、夏休み明けたら本格的に活動するよ。僕らがやってきたことをね、生徒たちからの相談も受け付けるようにするの。学校にはボランティア活動とかそんな感じで登録されてると思う」

「えっ」


 思わず桜司を見ると、若干渋い顔をしてはいるものの納得しているようだった。人間嫌いの集まりがどういう風の吹き回しかと思えば、巡り巡って千鶴に行き着くらしい。


「千鶴がこの街にいると、怪異のほうがホイホイされてくるからさ。そうじゃなくてもこの街はあっち側との繋がりが強いから。心霊スポットに突撃して大変なことになった子とかの後始末でポイント稼ぎをしちゃおうってね」

「秋にもまた新しいゲームが出るしな」

「先輩……」


 隣で桜司が「まだ増やす気か」と嘆息している。曰く、桐斗と共に寝泊まりしている離れもゲームまみれなのだとか。


「夏休みが明けたら、学校中にとあるおまじないが蔓延することになっててね。助けが必要な人にだけ認識出来る仕掛けつきだから、どーでもいい悪戯が届きまくる事態にはならないから安心していいよ」

「そんなことまで出来るんですね」

「まあねー。ていっても、この仕組みは僕じゃなくてある協力者のお陰なんだけど」

「協力者、ですか?」


 首を傾げる千鶴に、桐斗はなぜか意味ありげな笑みで頷いた。どうやら、いまはその協力者についての答えは教えてもらえないらしい。恐らくは、そのときがきたらということなのだろう。


「楽しみにしてて。きっと驚くから」

「はい」


 そんな会話をしたのが、休みも終わり際の八月末。長かった休みが終わり、新学期が始まった。試しに部室へ寄ってみたが、これといって変化はなかったように思う。

 休みのあいだ、桜司の社に身を置いている最中も神蛇の祠への挨拶は欠かさず行っていたが、最近はそのためだけに帰ることが多かった。これからは、自宅から通うことも増えてくる。社より家のほうが少しだけ遠いけれど、せっかく買った家を放置するのは忍びなかった。


「先生、ただいま戻りました。いまお水取り替えますね」


 杯を手に一度家の中に入り、綺麗に洗ってから水を入れ直して、祠へ戻る。扉の前に備えると手を合わせて暫し目を閉じ、小さく息を吸ってから語りかけた。


「――――それで、なぜか青龍先輩まで嫁にするとか言い出してしまって……桜司先輩曰く、世間のことを学ぶ際に間違った覚え方をしたのでは、とのことなんですけど……抑々、誰が青龍先輩に人間社会のことを教えたんでしょう……?」


 返事があるわけではないとわかっていても、つい口から話したいことが零れてくる。彼女の伏し目がちな眼差しを思い浮かべるだけで、まるで一日の出来事を母親に話して聞かせたくて仕方がない子供の心境になってしまうのだ。

 学校では千鶴一人にかかりきりとなるわけにはいかないから、尚更。


「新学期も始まりましたし、また先生と毎日会えるんですよね。楽しみです」


 嫋やかな仕草と優しい声を脳裏に浮かべながら立ち上がり、スカートの裾を整える。社に戻るべく表に向かうと、門前に誰か立っているのが見えて思わず足を止めた。

 その人物は、真夏だというのに黒のインバネスコートを羽織り、中にどこかの制服のようなきっちりとした衣装を纏った、背の高い男性だった。なにより奇妙なのは、顔を布で覆い隠していることで、更には面のような目穴もないのに真っ直ぐな視線を感じることだ。コートに制服、制帽に手袋と、炎天下で見るには暑苦しい格好のその人物は、右手で帽子を軽く掲げて千鶴に挨拶をした。


「直接お目ニかかるノハ、初めてデスね。本日ハ、ご挨拶ニ参りマシタ」


 千鶴が恐る恐る門まで行くと、コート姿の人物は、片言で所々不自然な発音を交えた挨拶をした。


「既ニ白狐神サマ方から説明があったやも知れませんが、ワタクシ本日より鬼灯町ニテ勤務ヲさせて頂くことニなりマシタ、配達人でゴザイマス」

「配達人さん……?」

「ハイ」


 宅配業者か郵便局員ということだろうが、わざわざ配属先の家を訪ね回るものだっただろうかと、相手を見つめつつ首を傾げる。不思議に思っていると、千鶴の体を優しくやわらかいものが背後から包み込んだ。

 首を傾けて見上げれば、淑やかに微笑む神蛇と目が合った。


「千鶴ちゃん、あなたは以前に彼と会ったことがあるはずよ」

「先生!?」

「うふふ、ごめんなさい。千鶴ちゃんがあんまり楽しそうにお話してくれるものだから会いたくなってしまったの」


 それよりと、神蛇は配達人に視線をやり、千鶴を抱いたまま口を開いた。


「あなたとは初めましてね。子供たちがお世話になったと聞いているわ」

「イエ。助けて頂いたのハ、ワタクシのほうでゴザイマス。白狐神サマ方のお力なくばワタクシはいま、ここには居りマセン」


 神蛇と配達人の会話を聞いて、ふたりは桜司たちを通した知り合いらしいことまでは理解した。けれど、配達人の知り合いがいただろうかと疑問が募る。判然としない顔の千鶴を見、配達人は肩にかけた鞄から一枚の紙を取り出した。


「此方ヲどうぞ」

「これは……」


 手渡されたのは、女児向けに作られた手紙風のメモ帳だ。手のひらサイズのメモ帳と封筒のセットで、郵便として送るのではなく、友人同士でやりとりするためのもの。

 宛名はなく、差出人もない。だが千鶴は、このメモ帳に見覚えがあった。


「まさか……」


 雨の中、旧校舎から門を目指して走った夜の出来事がフラッシュバックする。小さな手紙に託した願いは他愛ないものだが、同時に得難いものでもあった。震える手で封を切り、秘められた小さな便箋を開く。そこには、千鶴の字で願いが記されていた。


「あなたは、小学校の……」


 手紙から配達人へ、ゆるりと視線を移す。布の向こうで、柔和に微笑む気配がした。


「以前ハ、カミサマポストと呼ばれておりマシタ」


 恭しく一礼する彼の周囲で、鳥の羽音にも似た、無数の紙がはためく音が聞こえた。

 優しく頭を撫でる手の感触に、我に返る。後頭部に当たっている、二つのやわらかな膨らみが押しつけられ、千鶴は同性ながらも心臓が跳ねるのを感じた。


「せ、先生……?」

「千鶴ちゃん、これから部活でお世話になる方だから、ご挨拶しましょうね」

「あ、えっと、そうですね。配達人さん、よろしくお願いします」

「ハイ、此方こそ、何卒ご贔屓ニ」


 言われるままお辞儀をして言うと、配達人もまた帽子を外しつつ一礼した。


「ソレでは、本日ハご挨拶のつもりデシタので、これで失礼致しマス」

「ええ、ご機嫌よう」


 最後の挨拶を交わすと、配達人は夏の陽炎にとけて消えた。

 思い出したかのように、蝉の声がけたたましく響き始めた。真夏の暑さを体が再認識し始め、どっと汗が噴き出す。それなのに、未だ背後から抱きしめている神蛇の体温はひんやりとしていて、しなやかな指で頬を撫でられると不思議と汗が引いていく。


「先生、暑くないですか?」

「ありがとう、わたくしはへいきよ。でも、千鶴ちゃんが日焼けしてしまうわね」


 抱きしめていた腕がほどけ、千鶴は背後を振り返った。神蛇は汗一つかいておらず、涼しげな立ち姿で千鶴を見つめていた。眩しそうに細められた目は夏の日差しのせいというにはあまりに優しく、愛おしげな色を帯びている。


「そうだわ。せっかくだから、桜司くんのところまで送って行きましょうね」

「いいんですか?」

「ええ。こうして並んでお外を歩くことも、学校が始まったら出来なくなるもの」

「そうですね。じゃあ、お願いします」


 千鶴が承諾すると、神蛇は笑みを深めて手を握った。

 いつの間に持っていたのか、黒いレースの日傘を差して、千鶴と共に日陰に入るよう掲げながら門の外へ出た。アスファルトが焼ける匂いと、遠くに聳える入道雲、青空はどこまでも高く抜けているのに、蝉の声はものともせずに力強く反響している。


「暑い日が続いているけれど、千鶴ちゃんは体調を崩したりはしていないかしら」

「はい、大丈夫です。先輩のお社は凄く居心地がいいので」


 すっかり日常と化した彼らとの共同生活を思い浮かべ、それから、隣の神蛇を見る。千鶴が家に住まなくなったことで、いま彼女はひとりきりだ。誰しも賑やかな暮らしが好きなわけではないだろうが、彼女はどうだろうかと過ぎる。


「……先生は、ひとりで寂しくないですか?」


 視線がぶつかり、僅かに見開かれた目が再びやわらかく笑みを形作る。


「ええ。千鶴ちゃんは優しいのね」


 前方に鳥居が見えてきたところで、神蛇は一度足を止めた。木陰に身を寄せ、千鶴の肩を抱いて優しく撫でる。


「少し、お話ししましょうか」

「はい」


 神蛇は遠くを見るような眼差しで、静かに語り始めた。


「桜司くんや伊月くんを信仰する人たちが集落を作るずっと前……この辺りは、本当に水害がひどいところだったわ。夏の嵐と作物の収穫、一日見誤れば一年の糧が水の泡に消えてしまうような……」


 この辺りが治水の良くない土地であることは、桜司から聞いたことがあった。洪水が起きやすく、それが収まったのは伊月が移り住んできてからだと言っていた。


「わたくしは、子孫繁栄を願う一家が始めた信仰で生まれたの。元はこの土地に住んでいた、ただの蛇なのよ」

「桜司先輩も、似たようなことを言っていました」

「うふふ。そうね、あの子も不思議な成り立ちをしているわね」


 子供に夜話を聞かせる母のような、穏やかな語り口で神蛇は過去を紡ぐ。


「わたくしを見つけた人が、白蛇は神の化身だって言い出して、小さな祠が出来たの。わたくしは、彼らの繁栄の象徴だったわ。農家なのに豊穣ではなく繁栄を願った理由はわからないけれど……一族が繁栄出来るくらい、たくさん収穫出来るようにとの願いも込められていたのかしらね」


 神蛇も桜司も、元はこの土地に生きていたものだった。

 過酷な環境で生き抜くために、天候という人の力の及ばぬものを相手にするために、縋る先を求めて生み出された存在。それが長い年月を経て信仰を己の力に変え、やがて本当に人々を見守る神となった。

 海外では神がまずあって、そして天地を作り、命を作ったと信じられているらしいと聞いたことがある。しかし神蛇たちの話を聞く限りでは、人が神を作っている。桜司のように集落単位での信仰ならばまだしも、神蛇は一つの農家で信じられていた存在だ。


「でも、その農家さんは、いまはここに住んでないんですよね……?」

「そうね……」


 眉を下げ、どこか寂しそうな声音で神蛇が頷く。


「誰も、跡を継ぎたがらなかったのよ。この街の産業も農業だけではなくなってきて、駅が出来てからは更に数が減ったわ。お家の後ろに、広い土地があるでしょう?」


 千鶴が庭というにはあまりに広大な土地を思い浮かべながら頷くと、神蛇は「あれが全部、畑だったのよ」と言った。


「……信仰する人がいなくなってしまったら、そこの神様はどうなるんですか……?」


 肩を抱く神蛇の手に自らの手を添え、千鶴が呟く。虞を孕んだ千鶴の問いに、神蛇はその表情にやわらかな笑みを乗せ、囁くように答えた。


「堕ちてしまうものもいれば、消えてしまうものもいるわ。課外授業で見たとおりね」

「わたしは……先生とも、ずっと一緒にいたいです」

「千鶴ちゃん……」


 神蛇は千鶴を抱きしめ、幼子をあやすように頭を撫でた。


「わたくしは、いつだってあなたを見守っているわ」


 それは、いずれ先立つ母の如く。

 けれどいまは気付かぬふりで、千鶴は嫋やかな腕に抱かれていた。

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