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「あの、起きてください。おはようございます」
「う……」
知らない女の人の声で私は唸りを上げる。
目を覚ますと私は暗闇の中にいた。
そこらを見渡してみるも、何もない。あるのは闇。どこもかしこも闇。
けど、ただ一片の光もないはずなのに、私の体だけは見えている。不思議な場所だった。
「というかここどこよ?」
直近の記憶は、旅行に行こうと飛行機に乗っていたということ。なのに、周りには一緒に乗っていた妹は愚か、他の乗客も見当たらない。
音もなく、光もなく、飛行機の中にしては静かで暗すぎる。
どうしてこんなところにいるのか、どこに行ったらいいのかわからなくて、ただがむしゃらに走り始める。他の乗客はどうでもいいけど、私の大切な妹だけが心配で心配でならなかった。
「雛菜ちゃん。いたら返事をして!」
なんて叫んでみるも、そもそもここにいるのかもわからない。
それでも、無心になって叫び続けた。光が見えるまで、叫ぶつもりだった。
「あ、あのー聞こえてますか?」
「うるさい! 私は今、雛菜ちゃんを探してるの!」
「キャッ!」
肩を叩かれ、私が振り払ってから後ろに人がいたことに気づく。
やってしまったって思った。妹のことに気を取られて周りが見えていなかった。
「ごめんなさい。立てますか?」
「え、ええ……」
私は尻もちをついている年上っぽい女の人に手を差し出す。女の人は怯えながらも手を取って立ち上がってくれる。
白い髪をポニーテールにした女の人。肩やお腹を出した大胆な服装をしており、肌の綺麗さといい、誰がどう見ても美人さんだった。
「私はこの世界の管理を任されている女神、エルスメディアといいます。ディアとお呼びください」
「あの、すみません。出口はどこですか?」
自己紹介されたばかりのところ申し訳ないとほんのすこーし思いながら私は尋ねた。もうスルメだったかエスルだったか忘れたし、女神だって自称する時点で聞く気が失せてしまったのもある。
当然ながら目の前の女の人は唇を引きつらせてしまっていた。
数秒して、彼女は口を開く。
「一応出口はそこにあります。かといって、そこに落ちても地獄行きでしかありませんけど」
「はあ?」
「ヒィッ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! でも本当なんです信じてください!」
そんなに怖い目をした覚えはないのに怯えながら縮こまってしまった。
いや、何が私をそうさせたって、まず彼女が指した場所に穴が一切見えないことにあった。それに、落ちたら地獄? 冗談も休み休みにしてほしい。こんなところで時間を潰している暇なんてないのに、仕方ないわね……。
「ごめんなさいつい。とりあえず出口を教えてくれませんか? ここを出て妹に会いたいの」
私が丁寧に尋ねてみると、女の人は目に涙を浮かべたままではあるけど、調子を取り戻して涙を拭く。
「ぐすっ……妹さんってもしかして一緒に飛行機に乗っていた人でしょうか?」
「はいそうです。あなたもあの飛行機に?」
「いえ、私は見ていただけなのでよく知らないのですが、落ち着いて聞いてください」
急に真面目な表情になった。見てくれは怪しさ全開でしかないのに、なぜか私も息を呑んでしまう。
「天音鷹佳さん。あなた乗っていた飛行機は先ほど墜落してしまいました」
「……帰っていいですか」
これほど息を呑んだことに後悔したことはなくて、ついため息が漏れる。
「えっ、話を聞いてましたか!? 飛行機が墜落したんですよ? そもそも妹さんだって死んで──」
「はいはい。死んじゃったんですか。ならどうして私はここにいるんですか。死んじゃったんですよね? なのに息してますよ。ちゃんと体もありますよ」
死んでしまった。とそう言われ、私は信じることができなかった。
そもそも死んだら体は動かないでしょうし、死んだら死んだなりに体にどこかしらの傷がついていてもおかしくない。それがないというのは何ともおかしな話だ。あと怪しい宗教って、だいたい生だの死だのと散々煽ってくるような人たちばかりだし。これもきっとその類だ。
そのはずなのに、どこかおかしい。女の人はどういうわけか焦りを募らせ、腕を縦にブンブンと震わせて「お願いだから話を聞いてくださいー!」とまた泣きそうになっていた。女神を自称する割に随分とメンタルが弱い人だ。
このままだと騒がれるだけで話が進まないし、仕方ない。話に乗っかっておこう。
「では一応聞きたいんですけど、どうして飛行機が墜落したんですか?」
「え、乗ってたのに知らないのですか?」
女神様は目を丸くしていた。どうしよう。話が何一つ進みやしない。
せめて死んだって宣言するなら事故の原因くらいちゃんと設定しておきなさいよ。
「でも、そうですね。何やら全然信じてもらえていないような気がするのでそのときの映像でも見ますか? 私がたまたまパトロールしていたときのドライブレコーダーの映像なのですが」
「なら、せっかくなのでお願いします」
なんのパトロール? という疑問は投げ捨てておいた。
まあきっとCGでできた変な映像でも見せられるのだろうけど、それならそれでここまでの話が全部嘘だってわかるわけだし、見るだけ見てみようと思う。
そう思っていると、彼女は暗闇から何かを取り出し、見えない何かに挿入する。周りのものが見えなさすぎて何をどうしているのか全くわからない。
「あの、せめて電気つけませんか? 暗くてよく見えないです」
「ごめんなさい。神界には機密情報のオンパレードなので、天音さんには意図的に見えないようにしているのです。ちょっと待っててくださいね。ブライトッ!」
彼女が再び叫び始めると、触れているものが少しずつ色づき始め、両腕を広げたほどの大きさのモニターとレコーダーが現れる。って、なにこれ手品? というか意図的に物だけを見えないようにするなんて器用なこと、物理的に可能なの?
だんだんと現実離れしていることが増えてくることによって、彼女の言っていることが少しずつ現実味を帯びてくる。言葉としては何を言っているのかわからないことではあるけども、その言葉の通りの意味だ。
でも、まだ。まだ、映像を見るまでは、信じたくない。
「では再生しますね」
状況が整理できていない中、彼女はリモコンのボタンを押そうとしたそのとき、
「待って」
どこかに、映像を見たくない自分がいた。
映像が本物であったとしても、単に別の事故映像の可能性もある。
なのに、なのに……。不安要素が一つだけあった。
もし、これが本物であると確信がついたら、どうしたらいいの?
そう考えた瞬間、私の頭の中で黒いモヤがうずまき始める。絶対に失ってはいけないものを失ってしまったのだとしたら、私はもう償いようもないことをしてしまっているのだから。
「どうしたのですか。見ますか? 見ませんか?」
女神様は落ち着いた口調でしっかりと私を見つめて尋ねる。
それに対する私の答えは決まっていた。
「見ます。見せてください」
答えがどうあれ、真実を知らないことにはどうしようもない。
だからそう言うのに感覚が掴めないほどの時間が経ってしまったけど、真実と向き合うことを選んだ。
「では改めて、どうぞ」
ボタンを押した女神様。モニターにある映像が映し出された。
映っているのは見覚えのあるデザインの飛行機。私が乗った飛行機と同じものだ。それが雲の中を飛んでいて、カメラも同じ高度に位置しているような撮り方だった。
「あ、雛菜ちゃん」
「え? よく見えますね……。どこに映っているのか全然わかりませんよ」
そこに、見覚えのある顔が小さく映る。飛行機の窓に私の妹、天音雛菜が顔を出していた。
疑いようもなく本物だと、そのときに認識した。
「まあ、ここまでは普通に飛んでいるわけなのですが、問題はここからです」
「っ……!?」
これまで普通に飛んでいたはずの飛行機が急に軌道を変え始める。
何もぶつかったわけでもないのに、急に下を向き始め──山に落ちた。
爆発音の後、たちまち周辺が火事になり、緑一色だったはずの土地が真っ赤に染まる。
悲鳴さえも聞こえない。死体さえも見えない。見えているのは炎。飛行機を中心にボゥボゥと燃え上がる赤い炎だけ。飛行機に乗っている人が誰一人助かっていないとすぐに理解できた。
「そん……な……」
覚悟はしていたけど、いざ見せられると膝をついてしまう。
やっぱり、私は取り返しのつかないことをしてしまっていたんだ。
「以上が外から見た事故の映像です。妹さんが死んだとこれでわかっていただけましたか?」
そのときの彼女の表情はどんなだったのだろう。
私はずっとモニターばかり見つめていて、彼女がどんな顔をしていたのか窺う気になれなかった。多分、どんな顔をしていたとしても、死んでしまったことが衝撃的すぎて興味なかったんだろうけど。
「ねえ。あなたは私にこれを見せて何がしたいの?」
だからこそ、聞いておく必要がある。
彼女は私に死んだということを認識させて、させたいことがあるんだ。でなければ死んだ私とおしゃべりなんかせず、もっと天国とか地獄とか、そういう死後の世界へ連れていきそうなものだ。
と私が尋ねると、女神様は得意気に話を始めた。
「察しがいいですね。実はあなたをお使いに出したいと思っていまして」
「嫌です」
「簡単なお仕事で──え、嫌? なぜ? Why?」
お使いの内容を聞くまでもなく断る私の反応に、女神様は拍子抜けしていた。
「もう休ませてください。人生の癒しもないとわかっている今、生きている理由なんてないです」
死んでしまったばかりで他人にこき使われるなんて私はごめんだ。どんな報酬があっても、やる気になれない。
だって私には、今の映像を見たことで生きる糧をすべて失ってしまったのだから。
「私はやりたくありません。他を当たって──」
──あれ? そういえばどうして私はここに立っているのかしら?
この人が女神様だから? 私は生き返らせてもらったってこと?
この女神様は、人を生き返らせることができるの?
暗闇の中で、光を見つけた気がした。でもまだだ。まだ、光を追うには情報が足りない。
「あの、どうかしましたかー? おーい。天音さーん?」
固まる私に向かって手を振ったり、体をくねくねさせ始める女神様。
そこに私は一つ質問をした。
「聞きたいのですが、もし私の妹を生き返らせてほしいって頼んだら、できますか?」
「もちろんできます」
「イヤッタアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「ヒィッ!」
私は復活した。それはもう、すべてを取り戻した。
生きる糧がまだあると知った。もう光なんかじゃなくて、表すなら太陽。私にとっての太陽がまだある。そう知ったとき、叫ばずにはいられなかった。
あまりにも唐突で大きな叫びだってせいで、女神様はたじろいでしまっていたけど、そのくらい嬉しい。だって、私の妹はそのくらい大切な人なんだもの。
「あ、先に言っておきます。あなたたちが元いた世界、アステラで生き返ることはできませんよ。あそこには魔力がないですし、神器もないので」
「アステラ……? よくわかりませんけど、妹が一緒ならどこでも構いません」
「そ、そうですか。変な人ですね」
女神様はちょっと困った風に「ははは……」と唇を引きつらせる。
「なんでもいいですよ。それよりも私がすることってなんですか?」
「ああ、それがですね。天音さんにはこれから行っていただくイレステリアへ神器の回収をお願いしたいわけです」
「神器?」
そういえばさっきも神器がどうたらって言ってたような気がする。
あとイレステリアというのはどういう世界なのかしら? そこのところも知っておきたい。
「簡単に言ってしまえば、特別な人だけが使うことができるゼロオリジンによる魔法をわざわざリティを用意する必要もなく、加えてステータス関係なしに──」
「待って、わけが、わからない」
「ああ、そういえばアステラにはそもそも魔法がありませんでしたね。失礼しました」
早口で喋り始めた女神様の言葉を、私は頭を抱えて中断させた。
簡単って言うけど全然簡単じゃない。ゼロオリジンって何? リティって何?
わかるのはステータスだけ。よく雛菜ちゃんが言っていたのもあるけど、スマホのゲームとかでよく聞くような単語だからというのもある。まあ、私はスマホどころかテレビゲームすらやってないのだけど。
「じゃあ、ほんとのほんとのほんとーにざっくり言いますと、なんかすごい道具のことです」
「なんかすごい道具……」
逆に何一つ伝わってこなくなった。
「ご安心ください。天音さんをイレステリアに向かわせるだけ向かわせて、助けないということはしません。ちょくちょくお手紙を送ってどこに何があるのかくらいはお伝えします」
「女神様は来ないんですか?」
どうして女神様は私に頼んで自分で行こうとしないのか。生き返らせることができるほどの力を持っているのならその方がよっぽど早く終わらせることができるでしょうに。
そう思って何気なくした質問だったけど、彼女は小さな汗を流し、露骨に目を逸らしていた。どうしたんだろう? そんなに変な質問したかしら。
「やることが……残っているんですよ……」
「やること?」
この女神様、何かやらかしたのかしら? 見るからにドジ踏みそうな人ではあるけど、うーん……。まあ、いっか。さほどこの人に興味があるわけではないし。
人差し指同士を合わせ、また泣きそうになっている彼女の目を見ていると、あまり聞かない方がよさそうな気もして、どう声をかければいいのかわからなくなってくる。こういうときはさっさと開放してもらった方がいいと思えてきた。
「じゃあ何でもいいので早く生き返らせてください」
「あ、いや。もう天音さんは向こうに送るだけです」
「じゃあ早く送ってください」
早く雛菜ちゃんに会いたいから。
すでに生き返ってるからとか、私にとっては割とどうでもよくて、今は早く妹に会いたいとしか考えられない。死んだときのことを何一つ覚えていないのが少しだけ気がかりではあるけど、とにかく頼まれたことをこなして、のんびりと新しい生活を送りたいというのが今の願い。
「そう焦らないでください。最後に聞いておきたいことがあります」
「何?」
「えっと、あ……その……」
まだ何か話があるの? とやや不機嫌そうに答えてしまったせいか、しどろもどろになってしまう女神様。そんなに怖がらせるような話し方をしたつもりはないのだけど。めんどくさくてため息が出てしまった。
「あの、早くしてくれると助かります。私、あまり人を待つのって得意じゃないので」
私はいつもよりやや遅めのテンポで喋ってみると、
「そう、ですよね。ごめんなさい」
少し落ち着いたのはいいけど、おどおどしているのは変わらない。
それでも彼女はその聞いておきたいこととやらを話してくれた。
「実は天音さんに取り戻していただきたい神器の中に、時間を巻き戻すことができる時計がありまして、その……使い方によっては、飛行機事故の前に戻ることができるわけです」
「……っ!」
私は気づいた。
もし、その神器とやらを手に入れて時間を巻き戻したら、事故の原因を突き止めて、死んだことをなかったことにできるということを。
飛行機事故が避けようもない事実であるならその行為は無駄ではあるけど、やってみる価値はあるかもしれない。
「でもそうしたら神器を取り戻したという事実も消えるんじゃ?」
「その通りです。しかし、神界は別。他世界と時間進行の仕組みが異なるんですよ。普通なら時間というのは世界全体での管理になっているのですが、神界は個々が『絶対時間』という概念を所持しています」
「というと?」
「ここで時間を巻き戻そうとすると、使用した人だけが過去に戻ることとなります。だからもし天音さんがここで過去に戻ろうとしても、私はちゃんと天音さんのことを覚えています。うーん、ここ説明できてるかなあ……」
彼女なりに丁寧に説明してくれているのはいいのだけど、当の私はあまり理解できていない。
どうやらこの世界だけ特別な時間の進み方をしているというのはなんとなくわかる。でも、私が過去に戻っても女神様が私のことを覚えているというのはどういうことなのだろう。
「うーんと。結局どうしたらいいのですか?」
「別に早急に答えを出してほしいというわけではないのですが、決めてほしいわけです。その神器を手に入れたら現実世界こと、アステラに戻るかどうかということを」
「そんなの──」
さっさと帰れるなら帰らせてちょうだい。
そう言いかけたところで口が止められる。
「ああ、そうそう。忘れていましたけど、魔力のあるイレステリアで神器を使う場合は無制限なのですが、魔力がないアステラが関係してくると巻き戻せる時間に限りがあります。せいぜい死の瞬間から六時間といったところでしょうか」
「えっと、その時間は……」
ダメ。考えてみたけど、飛行機での出来事をほとんど覚えていないことには結論を出しようがない。
「もしアステラに帰るというのならチャンスは一度だけです。だからこそ、よく考えて結論を出してください」
「帰らない。と言ったら?」
「それはそれで構いません。そのままイレステリアの住民になるのがいいと思います」
現時点で帰る理由はない。
だけど、それは私に限った話。
当然帰るなら雛菜ちゃんも一緒で、危険を冒してまで一緒に帰りたいかどうかを聞いておいた方がいいのかもしれない。でないと、せっかく生き返ったのに後悔すらできなくなってしまうから。
特に私の妹には……夢があるから。
「もし戻る気になったらお手紙に戻る意思を示した返事をくださいね。この時間へ戻ってくるためのコードを教えますので。あ、何か質問はありますか?」
「質問……あ、どうして私なんですか?」
ずっと気になっていた。
きっと女神様がパトロールしていて見かけた飛行機が目の前で事故に遭ったから、そこで私を見つけたのだろうけど、飛行機に乗っていたのは私だけではない。そんな中でどうして私を選んだのか疑問に思っていた。
単に無作為に選んだだけ? それとも何か理由があった? その答えは、
「天音さんしか、いなかったからですよ」
「私しかいなかった? それってどういう……」
言葉の意味を訪ねようとしたそのとき、彼女は腕を広げてこう叫んだ。
「ゲート! そしてついでにサダーナ!」
背後に突然現れた巨大な扉。それがゆっくり開いた後も変わらず真っ暗で、どこに繋がっているのか全く見えない。
「キャッ!」
そして、そこから何か変な……手のようなものに肩を捕まれる。
力を振り絞って、必死にそれを振り払おうとした。
「うぐ……っ! 何よ、これっ……!」
やがて見えない手に引っ張られ、扉の中へと引きずり込まれる。
私があがいている姿を、女神様は「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」と自分に言い聞かせるようにずっと目を逸らしている。これが何なのか答えるつもりは一切なさそうだった。
「が、頑張ってください。新しい人生を送るため──もしくは先ほどの運命を変えるために」
そして、私は闇の中に呑まれた。
※
神界の中に一人残されたエルスメディアは、心臓の鼓動を強く全身に打たれているのを感じていた。
ドクンッ……ドクンッ! と体中を張り巡らす血液が大きく動いているその感覚で、自分がよほど焦っていたのだと自覚する。こうして誰かをイレステリアに送るとき、相手に見られる目が怖くていつもこうなってしまう彼女であるが、今回は天音鷹佳が特別怖かったことも相まってわかりやすく怯えてしまっていたのだ。
特に、質問にまともに答えなかった後で、半ば強制的に転移を行ったときの彼女から向けられた目は、彼女がいなくなった後もしばらく脳裏に焼き付いている中、あることを思い出す。
「あ、ああ……そうだ。妹さんを生き返らせなきゃ」
一緒にイレステリアに送ることを約束したため、やらなかったら依頼を放棄されてしまうかもしれない。そう考えたエルスメディアは、手を前に出して、詠唱準備をする。
そのときに気づいた。
「あっ、そういえば妹さんが誰なのか聞いてない」
鷹佳がふと言っていた雛菜という名前がきっと妹なのだろうが、彼女にとってその妹が映像で確認できなかったのでどんな顔をしているのか見当がつかずにいた。
だが女神であるエルスメディアにとって、人を生き返らせるのは朝飯前。飛行機事故の跡から天音雛菜なる人物だけ特定して生き返らせることはできなくても、天音雛菜という人物を確実に生き返らせる方法がある。
「こうするしか……ないよね。リジェネレート!」
概念魔力供給源による自動詠唱蘇生魔法──リジェネレート。とある条件を下に、飛行機に乗っていた人物を全員生き返らせることができる魔法だ。
ただ、その条件というのはあまりにも抽象的すぎるものでなければならない上に、対象の人物をまとめて全員生き返らせることになる。さらにその消費魔力量は大きく、体に負担がかかってしまうがために、ある副作用を伴わせなければ魔力切れを起こしてしまう魔法である。
そんな魔法を使ってでも生き返らせる必要があるのは、よほど鷹佳が怖かったからだ。
天音雛菜を知らないから生き返らせないよりも、副作用を伴ってでも生き返らせて送った方がいいと思うから……。
「どうか、妹さんにかかる副作用が軽微なものでありますように」
女神はイレステリアへ願いを込めた。