プロローグ
「お姉ちゃん見てよ! 今日の絵はすっごくうまく描けたんだ!」
元気いっぱいの女の子が姉に向かってそう言った。
彼女が手に持っているのは、漫画に出てくる女の子をスケッチブックに描いた絵。お世辞にもまだまだうまいとは言えない絵ではあるけど、彼女なりに頑張って描かれたその絵と妹の嬉しそうな顔は、姉の穢れた心をいつも癒してくれていた。
「日に日に上手になってるわね」
姉は妹の頭を撫でた。「えへへー」というとびっきりの笑顔が返ってくる。癒される。
これがどんなに幸せなことか。姉の身の回りに起こっていることを考えると余計にそう思える。嫌なことがあっては、家で妹に癒されて、嫌なことがあって、癒されて。ほぼ毎日この繰り返し。幸せだけど、幸せではない。でも、それで十分だった。
そんな毎日続いたある日、嫌なことは終わりを告げた。姉は牢屋から解き放たれた囚人のように妹と喜んだ。何が原因で、何があったのか教えていなかったので、妹は何を喜んだらいいのかわからなさそうにしていたが、とりあえず一緒に喜んでくれた。
次の姉の転機は、喜び記念日から少ししてからのことだった。
「わたし、プロになりたい」
突然、妹が絵を描くプロになることを決意した。
「じゃあ私がその夢を叶えるところを見届けましょう」
ずっと妹が絵を描くことが好きだったのは知っていたし、毎日毎日描き続けてうまくなっていたのを知っていた。そう言われた時点で彼女が描いていた絵は、中学生にして『うまい』という言葉では表現するのにはもったいないと思えるほどにまで成長していた。
だからこそ、姉は確信を持って言うことができたのだ。
「絶対、プロになれるわ」
姉は妹のために、何ができるかを考えた。
できることをすべてやってきた。
そして、ずっと努力してきた二人にある誘いが舞い込んできた。
「旅行、ですか?」
「そう。二人ともずっとバイトとか絵を描いたりとかで部屋に籠りっきりだし、姉妹水入らずで行ってきたらどうかなって思ったの」
姉が母親から受け取ったのは封筒に入ったお金。中身を見てみると、海外旅行をするには十分すぎるほどの額が入っていた。
「お母さんは……?」
妹が尋ねる。一緒に行きたそうだった。
「いいのいいの。私は忙しいし、仲のいい姉妹だけで行くのが一番いいと思うから。ね?」
忙しいというよりは気を遣ってくれているの間違いのように思えたが、姉にとっては嬉しいことこの上ない。
そういうことであればと封筒を握りしめて、隣の少女に問う。
「どこに行きたい?」
「イタリア!」
即答だった。
「憧れの水の都を舞台に、見る人みんなが惹かれるような素敵な絵が描きたい」
だったら、その夢を叶えるお手伝いをしよう。
早速旅行の準備をして、日本を発った。
しかし、その時に乗った飛行機が事故に遭った。
夢を追った姉妹の物語は、そこで途切れている。
よろしくお願いします。