9 空回り
今回も、よろしくお願いします。
「優しくしてくれるのは嬉しいよ。
こんな、言葉も通じなくて愛想もない奴相手に根気強く話しかけてこれるのは、素直にすごいと思う。
でも、そんな風に接してくれても、僕の罪悪感が増すだけなんだよ」
『□□、□□□□□□□□シシー□□□□□□□□□□□□□。
□□□□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□』
あの日以来、少女は毎日のように僕の部屋を訪れるようになり、その度に僕たちはお互いに意味の分からない言葉を話し合っている。
僕が少女に話す内容は、今までの愚痴が大半を占めていた。
少女の方も、内容は分からないが、とりとめのない話をしているのが雰囲気で伝わってくる。
最初はあまりアテにしていなかったおしゃべり会だったが、愚痴を吐き出すだけでも心が軽くなっていく感覚があり、案外ストレス緩和に役立っていた。
まあ、当初の目的であろう言語を覚えるという点に関しては、僕の方はからっきしだったが。
「そりゃ、君らにしてみれば当たり前に家族に話しかけてるだけなんだろうけどさ。
僕にとっては、前世の家族が本物なんだ。
自分がなんで生まれ変わったのかも分からないけど、いきなり現れた見ず知らずの人たちを家族となんて思える筈ないじゃないか」
『□□□□、□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□□□□□□□。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□、□□□□、□□シシー□□□□□□□□□□□□。
□□□、□□□□□□□□シシー□□□□□□□□□□□□□□□□』
新しい家族と考えた時、ふと幼馴染みの少女のことが頭に浮かんだ。
僕の持つ前世の記憶の中でも割と新しい部分で、彼女も再婚して出来た新しい母親との付き合いに悩んでいた。
結局僕は彼女の悩みを聞いていただけで、彼女は自力で解決してしまったんだったか。
あの時、彼女はどうやって新しい家族を受け入れたんだろうか?
彼女は、新しい母親を嫌っていた訳ではなかった、ただお互いの距離感を掴み切れていなかっただけ。
お互いに歩み寄る意思があったから、時間が解決してくれた。
僕も…少女たちのことが嫌いな訳ではない。
それでも彼らを受け入れられないのは…
「僕は君らの本当の家族じゃないし、女でもないんだ。
なのにそれを伝えられないから、なんだか騙している気分になるし、後ろめたくもなるんだよ。
今のままじゃ、いつまで経っても僕は何一つ受け入れられないままなんだ」
『□□□、自分□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□。
□□□、□□□□□シシー□、□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□?
それ□□、自分□□□?私たち□□□□□?□□□□、それ□□□□□□□□?』
異世界に産まれ、性別も家族も違う環境で過ごすことになった僕は、心の拠り所が欲しかった。
だからこそ元の世界に帰れる可能性のある魔術に希望を抱いていたし、失敗してそれが無くなることを恐れていた。
でも、もしも僕がこの世界で意思疎通が取れるようになるのなら…
彼らのことを受け入れられるようになるのなら…
「もし、もしも君が日本語を話せるようになったら…僕も何か変われるのかな…」
いつの間にか、そんな淡い期待を抱くようになっていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
少女とのおしゃべり会が始まってから1月程が経ったある日、朝を迎え昼を過ぎても、少女は部屋を訪ねて来なかった。
こんなことは、おしゃべり会が始まって以来初めてのことだった。
一体どうしたんだろう?
もしかして、少女の身に何かあったんじゃ…!
得体の知れない不安に襲われるまま、勢いよく自室から飛び出す。
「あ、あの!ぉ~…『お、おはよぅー』……」
大声を出しながら少女を呼ぼうとしたが、よく考えたら僕は未だ少女の名前を知らなかった。
それどころか、こんな場面での掛け声も分からないから、自然と言葉も尻すぼみになってしまう。
あれだけ少女の言葉を聞いておいて、未だに朝の挨拶しかまともに話せないのか、僕は…!
悔しさは感じたが、話せないものはどうしようもない。
仕方なく、自分の足でしらみつぶしに探すことにした。
ただ、この豪邸はそこそこの広さと部屋数がある。
闇雲に探しても、逆に自分が迷子になってしまうだろう。
そうして通い慣れた道から探していっていると、自然と書庫の前まで辿り着いていた。
書庫の中へ入ってみると、見慣れた薄暗い空間が広がっていた。
まだ太陽が昇っている時間だというのに、外の光の届かないこの部屋は、夜と大差ない明るさを保たれている。
…おしゃべり会が始まってからは、これが初めての訪問となる。
魔法の実験を忘れた訳ではなかったが、少女と朝から話を始めると、気付いた頃には夜になってしまっているのだ。
そして、少女が帰った後は僕も身支度を整えてから寝るような日々が続いていた。
どれだけ呑気だったんだ、僕は。
おしゃべり会なんて、魔力回復までの時間潰しみたいなものだったじゃないか。
…もしかしたら、今日少女が来なかったのは、ただ単におしゃべり会に飽きただけなのかもしれない。
それはそうだろう、いつまでも言葉の通じない相手と話し続けるなんて、楽しい筈がない。
僕と違って少女は誰とでも話せるし、単なる気まぐれで始めたことなんだろうし…
むしろ、よく1ヶ月も持ったものだ。
そうだとしたら、彼女を探す意味はないだろう。
ああ、勝手に悪い想像をして勝手に慌てて、なんだか全てが空回っている気がする。
…いや、気にするのはやめよう。
それよりも、せっかく都合良く書庫に来ているのだし、久しぶりに実験の続きを再開しようか。
そう、何も問題なんてない。
最初から分かっていたことじゃないか、むしろ相手から止めてくれて助かった。
寂しくなんてない、どうせ、僕が元の世界に帰るまでの関係だったんだから。
…ああ、早く日本に帰りたいな…
そう思い、本棚にある魔法陣の描かれた絵本に触れた瞬間。
空中に、「空間転移」の魔法陣が浮かび上がった。
「っ!なん、で…!?」
こんなあっさり発動するなんて拍子抜けだ。
僕はただ、魔力を体内で流していただけなのに。
前回、初めて魔力の実験をした時は、魔力を体外に出すことばかりを意識していた。
たったそれだけの違いだったのだ。
それだけの為に1月も待ってしまった。
あの時魔法が発動していれば、誕生日パーティーに参加することも、少女といざこざを起こすこともなかったのに…
考えている間にも、魔法陣の光はどんどん明るくなっていく。
中心にある「空間転移」の文字も、だんだん読めなく…いや、文字化けしていっている?
違う、たくさんの文字が重なっているのだ。
そういえば、どうやって「空間転移」の魔法だけを発動させるんだ?
絵本の中には他にも数多くの魔法陣が描かれていた。
この絵本は冒険譚だから、攻撃系の魔法もあったような…
既に、目を開けていられないぐらい光は強くなっている。
もしかして、このままだと死ぬのか?
「まあ、それでもいいかな…」
自然と、そんな呟きが零れていた。
このままこの世界で生き続けても、辛いだけだ。
周りを傷付けたり、迷惑もかけ続けてしまう。
それならいっそ…もういっそ、ここで…
「シシー!離れて!!」
瞬間、腕を強い力で引かれて、視界が回る。
その直後、本棚や壁が消滅し、陽の光が差し込んできた。
心理描写が難解になってきました…