8 転機
前回の投稿から非常に間隔が空いてしまい、申し訳ありません。
今回も、よろしくお願いします。
朝の日差しを顔に浴び、ゆっくりと目を覚ます。
後悔からベッドの上で身悶える内に、疲れて眠ってしまっていた。
爽やかな日差しを浴びてはいたが、起き抜けの気分はあまり良いものではなかった。
昨日の事を思い出すと、未だに後悔の念が湧いてくる。
よくよく考えてみれば、昨日はイレギュラーな出来事が多かった。
魔力の枯渇と思われる疲労で気絶していたかと思えば、突然見慣れない少女に連行されたり。
思考が追い付かない内から、身に覚えのない誕生日パーティーに主賓として参加させられたり。
やっと終わってリラックス出来ると思った矢先に、幼馴染みの少女に繋がりそうな手掛かりを提示されたり…
自分が少なからず焦りを感じていたのは否定出来ない。
それはもう、自分の手製のぬいぐるみと瓜二つのぬいぐるみを見て、幼い少女に詰め寄ってしまうぐらいには。
あの後少女の置いていったぬいぐるみを改めて眺めてみても、僕の作った物よりも少し色褪せて見えるぐらいで、他に大した違いは見られなかった。
見れば見る程同じ物にしか見えなかったが、だとしても、それが幼馴染みの少女の存在には繋がらないだろう。
この世界は、僕の過ごしてきた世界とは違う、魔法の存在するれっきとした異世界だ。
デザインの被った商品なんて、前の世界の中でさえいくつも存在していた。
ぬいぐるみのデザインが被っていた程度では、到底世界の違いは覆せない。
だから、今はぬいぐるみの件については忘れるべきだ。
これはきっと、僕には関係のないことなんだ…
今僕が考えるべきなのは、件の少女についてだ。
僕の勝手な思い込みで詰め寄り、傷つけた少女。
僕は、彼女にいくら責められても文句の言えないことをした。
昨日出会った他の2人も、少女が昨日の出来事を話していれば、軽蔑してくるかもしれない。
でも、それは僕が受けるべき罰だ。
少女を傷つけたことに対する、当然の報いだろう。
僕は、その罰を甘んじて受けなければならない。
益々重くなった身体を起こすと同時に、扉の開く音がした。
反射的にそちらを見ると、件の少女が部屋へと入ってくるところだった。
…まさか、彼女への対応について考えていた矢先に出会うことになるとは。
だが、いずれは迎えることになっていた事態だ。
少し予定よりも早く訪れただけで、臆して逃げる訳にはいかない。
僕がそんな風に覚悟を決めていると、その間にも少女は僕の方へ近づいてきて…
『おはよう、シシー!』
明るい笑顔で、そう挨拶してきたのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『□□□□□□、□□シシー□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□?』
少女は、まるで昨日の事がなかったかのように普通に話しかけてくる。
まるで世間話でもしているような調子だ。
昨日の事、何とも思っていないのだろうか?
…いや、だがよく考えたら、これは普通ではなかった。
だって、昨日まではこんな風に怒涛の勢いで話しかけられることはなかった。
話しかけられることはあったが、もっと言葉数も少なくて、相手に言葉の内容を理解させようとする意図が見て取れた。
だが、今のはまるで僕が言葉を理解出来ている前提で話しているように聞こえた。
なんとなく、今までの気遣いが無くなったような感じもする。
これが少女なりの意趣返しなのか?
確かに今の僕は、どう対応していいか分からず委縮してしまってはいるが…
「ちょ、ちょっと待って!」
なんにせよ、軽い調子で理解出来ない言葉を延々と話し続ける少女に、限界だった僕は思わず口を出してしまう。
少女は、僕の言葉にようやく口を閉ざす。
僕の言葉の意味を理解したというよりは、僕の言葉の続きを促しているようにみえる。
このまま黙っていたらまた喋り始めそうだったので、何とか言葉を探す。
「昨日の事を怒っていて、その意趣返しでこんなことをしてるのか?
それなら、こんな回りくどい方法じゃなくて、もっと直接的に責めた方が効果あると思うよ」
慌てて言葉を探していたら、普通に日本語で話しかけてしまっていた。
そして、1度口を開けば、そこから言葉がとめどなく溢れてきてしまった。
「伝わらないだろうけど、昨日の事は僕も謝りたいと思ってるんだ。
でも、僕には謝罪の言葉を伝える方法がないんだ。
君の文句も僕は聞き取れない、だから、もう、僕に話しかけるのはやめてくれ…」
これでは昨日の二の舞だと分かってはいても、今までため込んできた言葉は簡単には止まらなかった。
昨日だってそうだ、幼馴染みの少女に会いたいという思いや焦りを途中で止められなかった。
でも昨日とは違って、少女は満足気に頷いた後、僕の手を優しく両手で握りしめてきた。
その柔らかい手の感触に、心が落ち着いていくのを感じる。
『シシー、□□□□□□□□□□□□□□□□□□。
□□、□□□□□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□』
少女は先程までの明るい雰囲気とは違う、落ち着いた雰囲気で僕に優しく話しかけてきた。
まるで、何かを言い聞かせるように。
『□□□、□□□□□□□□、□□□□。
□□、□□□□□□、□□□□□□□□、□□□□□□□□□□□□』
一言一言、言葉を区切りながら強調して話す様は、何かを宣言しているようにも聞こえる。
何を言っていたのかはまるで理解出来なかったが、さっきの満足気な様子からは、僕が言葉を話すのを期待しているようにも感じられた。
…もしかして、僕と会話しようとしてくれているのか?
ふいに頭に浮かんだ考えを振り払う。
僕自身が諦めている事を相手がしてくれると思うなんて、都合が良いにも程があるだろう。
第一、仮にそうだったとしても不可能だ。
会話をしようとするなら、僕か少女が相手の言葉を理解出来るようにならなければならない。
今の例えなら少女が日本語を覚えることになるが、一体それにどれだけの時間が必要なのか。
単語も文脈も全く分からない、本当に0からのスタートになるのだから、きっと何年も掛けて少女が覚えるまで付き合っていかなければならない。
それを待つだけの心の余裕は、今の僕にはなさそうだった。
『シシー…』
…ただ、まあ、まだ身体の疲労が抜けきっていないのも事実だ。
昨日使い過ぎたであろう魔力も、まだ回復しきっていないように感じる。
魔力が回復しきらない内は、実験も満足に出来ないかもしれないしな…
「まあ、実験を再開するまでの時間潰しでなら、日本語の独り言もいいかもしれないな…
僕も、もしかしたら役に立つ言葉を聞けるかもしれないし」
少女の表情を見て、途中から言葉が漏れていたのだと知る。
どうやら昨日数年ぶりに言葉を話してから、口が軽くなってしまったようだ。
まあ、どうせ誰にも意味は理解出来ないのだし、気にする必要はないかな。
そしてその日から、僕と少女の会話のドッジボールが始まった。
まだまだ安定した頻度での投稿は実現できそうにありませんが、なんとか結末まで書き上げたいです。