7 希望を抱く
今回も、よろしくお願いします。
誕生日パーティーは、テーブルの上に並んだ食事が少なくなってきた頃にお開きとなった。
結局僕は、並んだ食事に手を付けることも、彼らの言葉に応えることもなかった。
パーティー開始直後は積極的に話しかけてくれていた彼らも、次第にその頻度を減らしていった。
会話したがらない僕に遠慮して、口数を減らしてくれていたのだ。
だが、会話の少ないパーティーでは雰囲気が悪くなっていってしまう。
僕のせいでパーティーの雰囲気を壊していると思うと、申し訳なさで押し潰されそうだった。
早く終わってほしいと思えば思う程、時間は遅々として進まなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
現在僕は、来た時と同じように少女に手を引かれて廊下を歩いている。
前を歩く少女はこちらを振り向かず無言で歩いているので、その表情は窺い知れない。
だが、パーティー前の少女の楽しそうな様子を見ていると、彼女への罪悪感が湧いてくる。
少女の楽しみにしていたパーティーを、僕のせいで台無しにしてしまったんだ…
本当は1人で自室へ戻りたかったが、リビングから自室までの道のりを知らない僕にはその選択は出来なかった。
しばらくお互いに無言で歩いていると、いつの間にか自室の前に着いていた。
もしかしたらまた別の所へ連れて行かれるのかもと少なからず危惧していたので、ホッとする。
扉の前に来たことを確認すると、少女は繋いでいた僕の手を離す。
少女には恨み言を言われても文句は言えないというのに、結局最後まで面倒を見てもらってしまった。
感謝も謝罪も伝えたかったが、その手段もないので会釈だけすることにした。
この世界での会釈が前世と同じように扱われている保証もないが、それ以外に取れる手段もなかった。
「…ふぅぅ…」
自室に入り1人になった途端、反射的にため息が零れた。
魔力を使った初めての実験に誕生日パーティー。
今日1日で、肉体的にも精神的にもかなり限界が来ていたようだ。
疲労でぼんやりとする頭のまま、ベッドへ転がり込む。
日が昇って起きれば、また魔法を使うための実験が始まる。
明日から始まるいつも通りの日々の為にも、今日あった事を引きずらないようにしないと…
早く寝てしまおう…
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
扉が勢いよく開かれる音に、思わず飛び起きる。
慌てて扉の方を向くと、自室の前で別れたはずの少女が仁王立ちしていた。
その手には、少女が持つには少しばかり大きいサイズの箱が抱えられている。
び、びっくりしたぁ…
驚きで呆然とし、思わず少女の方をまじまじと眺めてしまう。
『□□□□□□□□□□□□□□!』
少女は喋りながらも、ずんずんとこちらへ近づいてくる。
その勢いに気圧されて動けずにいると、少女はすぐに僕の目の前まで辿り着く。
すると、手に持った大きな箱をこちらに差し出してきた。
『□□、シシー□□□□□□□□□□□!』
これは、もしかしなくても僕にこの箱をくれるということなのだろうか。
タイミング的には誕生日プレゼント、か?
僕が受け取るまで少女は箱を差し出し続けそうな勢いだ。
パーティーを盛り下げておいてプレゼントだけ貰うのは申し訳なかったが、その旨を伝えられないので渋々受け取る。
箱は、見た目の割にはそこまで重たくはなかった。
まあ少女も軽々と抱えていたし、当然といえば当然だが。
「…」
『…』
しばらくお互いに沈黙が続く。
お礼を言うのを待っているのか?
確かに僕もお礼は言いたいが、伝える手段がないのでそれを待っているのだとしたら困る。
もう1度会釈でもしようか…
…いや、目線を追うに、どうやら僕が箱を開けるのを待っているようだ。
まあ、そういうことなら今すぐ開けようか。
感想なんて伝えられないんだけどな…
少女に催促されながら箱の包装を解いていき、上部の蓋を開ける。
「…え?」
驚きに、思わず声が漏れる。
箱の中に入っていたのは、大きな熊のぬいぐるみだった。
ピンク色をメインに、頭にリボンの巻かれた可愛らしいデザインのぬいぐるみだ。
まるで…まるで、前世の小学生時代に、僕が幼馴染みにプレゼントしたぬいぐるみのようだった。
小学生で裁縫も始めたてだった当時、拙い技術で作ったぬいぐるみ。
失敗して少し歪になっている所も、そっくりそのまま再現されていた。
見間違う筈もない、これは確かに僕が幼馴染みの少女にプレゼントしたものだ。
市販品じゃない、唯一無二のぬいぐるみ…
幼馴染みの少女だけが持ってるはずのもの…
どうして、どうしてこれがここにあるんだ?
「どうして…」
僕の呟きに、少女が嬉しそうな笑顔を浮かべる。
何を笑っているんだ?
僕の方はそれどころじゃないというのに…
いや、とにかくこのぬいぐるみの入手方法を聞き出さないと。
だって、このぬいぐるみがあるということは…
もしかしたら、幼馴染みの少女もこの世界にいるかもしれないんだ…!
僕は目の前の少女の両肩を掴んで話しかける。
「なあ、このぬいぐるみはどうやって手に入れたものなんだ?
これを手に入れた時に、女の子、いや、女の人に会わなかったか?
黒い髪に黒い眼の女の人なんだけど…!」
『シ、シシー、□□□□□□□!?
□□□□□□□□□□□□□□□□□!』
僕の質問に、少女は意味の分からない言葉で返す。
そうだった、少女から話を聞こうにも僕は彼女の言葉が分からないのだった。
もどかしい…!
もしかしたら幼馴染みの少女に会えるかもしれないチャンスだというのに…!
何とかコミュニケーションを取らないと…!
「このぬいぐるみだよ、このぬいぐるみはどこでどうやって手に入れたんだ?
どんな情報でもいい、なにか手に入れた時のことで覚えてることがあれば教えてくれ…!
…あ!言葉で伝えられないなら、紙に書いてくれてもいい!
今は読めないけど、なんとか文字を覚えて後で読むから…」
ジェスチャーも交えながらぬいぐるみを指差したりして、少女からの返答を待つ。
しかし、少女からの芳しい反応は返ってこない。
「お願いだ、どうしても知らないといけない事なんだ!
僕はそれを知らないとッ…!?」
話している途中で、言葉に詰まる。
目の前の少女は、呆然としながらこちらを見つめていた。
その眼に涙を溜めて…
「あ…えっと…」
僕の呟きにも無反応だったが、溜まった涙が頬を伝うことで初めて泣いていることに気付いたようだ。
驚いた顔で、自分の頬に触れる。
そしてそのまま、急いで部屋から出て行ってしまった。
扉が閉まる音を聞き慌てて追いかけようとするが、扉を開く直前に立ち止まってしまう。
追いかけて行って追い付いたとして、その後どうすればいい?
僕はこの世界の謝罪の言葉も知らないのに。
「ッ!ぅぅぅぅぅぅぅ…!」
思わず頭を抱えてしまう。
少女が日本語を知っている筈ない。
だから僕が何を話したところで彼女には、僕の周りの人間には何も伝わらない。
そんなことは分かっていた筈なのに、焦りで意識から抜けてしまっていた。
僕は産まれたばかりの頃、知らない言葉で話しかけられることがトラウマになる程怖かったはずだ。
精神年齢は大人な自分が、その感覚をまだ幼い少女に与えてしまった。
最低だ…本当に…