6 誕生日パーティー
再び間隔が空いてしまいました。
申し訳ありませんが、今回以降も投稿頻度はこの位が平均になる可能性があります。
よろしくお願いします。
目を開くと、1人の少女が僕を上から覗き込んできていた。
腰まで伸びた銀髪と、赤い瞳を持つ小学校高学年くらいの少女だ。
気絶して絨毯に寝転がっていたらしい僕の顔を、じっと見続けている。
…いや、どんな状況だ?
数年前から件の女性ぐらいしか人に会っていないなと思ってはいたが、豪邸内にいるであろうメイド達よりも先にこんな幼い少女に出会うとは思ってもみなかった。
あまりに突然の出来事に戸惑う僕をよそに、僕の起床に気が付いた少女はニッコリ笑いかけてくる。
『□□□□□、シシー!
□□□□□□□□□□□□□□?』
一息に言葉を掛けられ、反射的に冷や汗が流れる。
最初の言葉は確か夜の挨拶で、ニュアンス的には「こんばんは」といった感じのものだったはずだ。
だがその後に続いたのは聞きなれない言葉で、唯一疑問形であることしか理解出来なかった。
疑問形ということは、何か返事を返さないといけないのか?
ただでさえ言葉が分からないのに、一気にまくし立てないでほしい。
情けないが、目の前の幼い少女が何を話しかけてくるのか怖くてしかたなかった。
思わず強張った瞳で見ながら、少女の次の行動に身構えてしまう。
だが、少女の一挙手一投足を見逃すまいと注意していると、次第に目の前の少女に見覚えがある気がしてきた。
…そうだ、僕が自我を得たばかりの頃に僕の顔を覗き込み、笑顔で知らない言葉を掛けてきていた内の1人だ。
あの頃から6、7年経っているので当時よりも成長はしているが、微かに面影を感じられる。
今まで姿を見ることもなかったというのに、何故今になって突然現れたのだろう。
偶然出会わなかっただけで、実は同じ屋根の下でずっと暮らしていたのだろうか。
混乱して呆然とする僕をよそに、少女は僕の手を引き立ち上がらせる。
『□□□□□!』
少女は何かを告げると、手を掴んだまま僕を書庫から連れ出した。
そしてそのまま、僕の知らないルートで廊下を歩いていく。
一体どこへ向かっているのだろうか。
既に僕には抵抗するような気力はなく、されるがままの状態となっていた。
少女に悪気はなかったと分かってはいても、トラウマを植え付けられた本人を前にして、僕の身体は強張り碌にいうことを聞いてくれない。
本当は今すぐに掴まれた手を振りほどいてしまいたい。
だが、少女の顔色を窺っているような自分が、相手にマイナスの印象を与える行動を取れるはずもなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
どれくらいの時間歩いたのだろうか。
目的地も分からず付いて行っているので、体感よりは短い距離なのだろうが。
やがて少女は、1つの扉の前で立ち止まった。
木製の扉で、デザイン等は書庫や自室のものと似ているが、それらよりも一回り程大きいように感じる。
『□□、□□□□□□!』
何かを告げた後、少女は僕をその扉の中へ招き入れた。
扉の中に広がっていたのは、まるでパーティー会場のような空間だった。
部屋の中央に置かれた横長のテーブルと、それを囲むように並べられたたくさんの椅子。
元々はリビングとして食事の際などに使われている部屋のように見える。
その部屋が今現在、壁の装飾やテーブルの上の豪華な料理により、パーティーらしさを前面に押し出している。
料理の中にはロウソクの刺さったケーキがあり、まるで前世の誕生日パーティーのようだ。
まあ、この世界で誕生日がどうやって祝われているのかは分からないが…
そして、扉の前に立つ僕達に向かい合うように、テーブルの向こうには1組の男女が立っていた。
金髪に赤い瞳の女性と、銀髪碧眼の男性だ。
女性の方は、僕がこの世界で最も交流を持っている件の女性だ。
男性の方も、よく見れば少女と同じく僕のトラウマ相手の1人に面影がある。
2人共、微笑みを浮かべながら僕達を眺めている。
『□□□、シシー□□□□□!』
ぼんやりと周りを眺めていると、少女が僕をケーキの置かれた席に座らせる。
僕が無抵抗に座るのを確認すると、他の3人も各々の席に座る。
ここまでくれば、さすがに勘違いということはないだろう。
どうやら、僕は自分が主役のパーティーに招待されたようだ。
もしかして、本当に誕生日パーティーなのか?
『『『□□□□□□□□□□□□□□♪
□□□□□□□□□□□□□□♪
□□□□□□□□□□□□シシー♪
□□□□□□□□□□□□□□♪』』』
3人が手拍子と共に歌うのを聞きながら、ぼんやりと考える。
ケーキに刺さったロウソクの数は7本。
前世と同じようにロウソクの数で年齢を表すのだとすれば、僕は今日で7歳になるということだ。
この世界に産まれて、もう7年も経つのか…
その事実にショックを受けそうになるが、今は堪える。
ともかく今気になることは、一体何故今頃になって僕の誕生日を祝うことなったのかということだ。
僕は、この世界に産まれて以来誕生日を祝われた記憶はない。
赤ん坊の頃、僕がまだこの世界を何一つ受け入れられなかった頃は気付かず祝われていた可能性はある。
だが、少なくとも毎年このようなパーティーに参加してきた覚えはない。
それどころか、少女と男性に至ってはここ数年出会いさえしていなかった。
今年、何か特別なことがあったのか?
それがきっかけで、この誕生日パーティーが開かれた?
疑問はたくさん思い浮かぶが、これらを解消する手段は持ち合わせていない。
…何がきっかけかは分からないが、今まで通り祝われない方がよかった。
僕が彼らの愛情を素直に受け取れない以上、彼らが僕の為に何かをしてくれる度に罪悪感が増していく。
僕は彼らを避け続けているのに、何故それでも変わらず近づいてこようとするんだ?
僕に愛情を注いだって無駄にしかならないのに。
だってもうすぐ、きっともうすぐ、僕は元の世界に帰るんだから。
意識せず、僕の顔は少しずつ俯いていく。
『『『□□□□□□□□!』』』
再び、彼らの声が揃って聞こえた。
その頃には、彼らの表情は見えなくなっていた。