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5 魔力をまとう

書庫へと向かう道中、1人の女性がこちらへ向かって歩いて来ていた。

ウェーブのかかった金髪を腰まで伸ばし、赤い瞳が優しそうに細められている。

着ている落ち着いた色のドレスや立ち居振る舞いから、メイドや使用人などではない、おそらくこの豪邸の女主人なのだろう。

名前は知らないが、産まれたばかりの僕を抱きかかえていた女性だ。

数年前から、僕が唯一出会う他人となっている。

彼女は僕に気が付くと一瞬肩を強張らせ、すぐにぎこちなく笑いかけてきた。


『シシー、□□□□□□□□□』


シシーは、今世での僕の名前だ。

そしてその後に続いた言葉は、この世界での挨拶でおそらく「おはよう」辺りの意味だろう。

赤ん坊の頃に何度も聞いた言葉だけは、ニュアンスとして耳で憶えることが出来ていた。

それだけが分かったところで充分なコミュニケーションが取れる訳ではないが。


「…っ!…」


僕は目の前の女性から目を逸らしながら、軽く会釈を返すとその横を通り抜ける。

一刻も早く、彼女の前から立ち去りたかった。

彼女のことは、今現在この世界で最も苦手な相手といっても過言ではない。

とはいっても、片手の指で収まる人数の内でではあるが。


僕は、産まれたばかりの頃のトラウマが原因で、言葉の通じないこの世界の人間全てが苦手だ。

その中でも彼女が上位にランクインしているのは、ひとえに彼女が最も僕に愛情を注いでくれていると分かるからだ。

赤ん坊の、1人では何も出来ない時期はずっと彼女が僕の世話をしてくれていた。

僕の為に、毎日絵本を読んで聞かせてくれていた。

3歳になり1人で書庫へ通い始めた時も、最初の頃は心配そうに何度か書庫を訪れて来ていた。


僕はこの世界の人間でも、彼女の子供でも、女ですらないのに。

全てが偽りの、愛情を注がれる資格もない人間だというのに。


愛情に比例して罪悪感の増す現状では、彼女に会うのは苦でしかなかった。

僕に構わないでほしい、僕には愛情を注いでもらう資格なんてないんだと伝えたかった。

彼女に会う度、この世界の言葉を話せないことがもどかしく感じる。

だが、今更誰から学ぶ?

文字を覚える手もあるが、それならその時間を魔法の研究に割いた方が効率的、なはずだ。


どうせ…どうせ、元の世界に帰るまでの関係なんだから…


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


それから数日が経った。


少し前から、魔法を発動させるための実験を行うようにしている。

理論を理解することが困難な以上、並行して実際に試行錯誤してみる方が効率的だと考えたからだ。

魔法陣を描いてみたり、手をかざしてみたり、「空間転移」と唱えてみたりといろいろ試してきた。

今のところ大した手応えはないが。


だが、今日の実験はいつもとは少し違う。

朝、朝食を食べた後書庫へ向かい、準備のために書庫にある愛用の机を空きスペースまで運ぶと、その前に直立する。

そして1つ深呼吸すると、右手の人差し指に意識を集中する。

すると指先が少しずつぼやけていき、何かに覆われたような状態になるのだ。


これは、数日前のある日の読書中に偶然発見した現象だ。

ウトウトしながら本を読んでいる際、本を取り落とさないよう懸命に指先に力を入れていると、次第に指先がぼんやりと霞んできたのだ。

最初は寝ぼけているだけだと思ったが、その後にもう1度試してみても微かにぼんやりと霞むような状態になる。

さらにこの状態の時は、指先で木製の机を削ることが出来たのだ。

かなり力を込める必要があり、少し削っただけで指がつりそうにはなったが。


元の世界では、こんな現象は見たことがない。

これがこの世界特有のものなのだとしたら、魔法の発動に何らかの形で関係しているかもしれない。

そんな期待を込めて、この現象を発見した時から僕はこの身体にまとわりつく靄を「魔力」と仮称している。


今日は、そんな魔力を用いた初めての実験を行う。

初めての試みに、否応なく期待は高まる。

そんな気持ちのまま右手の人差し指を机に押し当てると、「空間転移」の魔法陣を描くように少しずつ削っていく。

2つの円の間の紋様などはかなり細かいので、間違わないよう細心の注意を払う。

やはりかなりの力が必要で、少しずつ、少しずつ、休憩を交えながら時間をかけて作業を進める。

朝からこもり始めたはずが、時計を見れば既に午後の3時を過ぎた頃だった。


遅々としか進まない作業にもどかしさを感じる。

時間が経つ分だけ焦りが募り、集中力が切れそうになるがなんとか堪える。

これが完成すれば、元の世界に帰れるかもしれないのだ。

後、少しの、辛抱だ…!


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


結局、魔法は発動しなかった。

集中のし過ぎで頭が痛い。

それでも、疲労困憊の身体を鼓舞し魔法陣を確認するが、特に描き間違いはなさそうだ。

ということは、方法そのものが間違っていたのだろう。

だが落胆はしていない。

魔力を利用した実験は後何通りか行える。

しばらくは、この方面からのアプローチを続けることにしよう。


…最近、実験に失敗した時に安心感を得ている自分がいる。

きっと、これは魔法が発動しなかったという安心なのだろう。

僕は心のどこかで恐れているのだ。

魔法が発動しても、元の世界に帰れなかった場合のことを。

「空間転移」で帰れなかった場合、僕は本当に元の世界に帰る手段を失ってしまう。

そうなってしまった自分を想像すると、怖くてたまらなくなるのだ。


唐突に眩暈が襲ってきた。

おもわず机にもたれかかるが、なんだかたまらなく眠い…

こんなことは初めてだ。

1つ心当たりがあるとすれば…


(魔力を使い過ぎた…のかな?)


数時間魔力を使い続けていたので、使い過ぎた可能性は十分考えられる。

だが、まさか使い過ぎただけでこんなに眠くなるとは。

次からは気を付けよう…


そんな考えを最後に、僕の意識は沈んでいった。

話の構成を考える都合上、今回は2話分書き溜めていたので同時投稿となります。

次話以降は、また間隔を空けての投稿になる予定です。

よろしくお願いします。

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