4 異世界に産まれて
前回の投稿から時間が空いてしまい申し訳ありません。
未だ定期更新は予定しておりませんが、あまり間隔を空けずに投稿できるよう努めます。
僕には少年時代、所謂前世の最期の記憶がない。
幼馴染みの少女と楽しい日々を過ごしていた時、突然生まれ変わったように感じているのだ。
気が付いた時には赤ん坊になっており、母親らしき女性に抱きかかえられている状態だった。
当時はまだ生まれて間もない頃だったらしく、4、5人の老若男女に上から覗き込まれ、笑顔で知らない言葉を掛けられ続けた。
混乱して心の整理もままならない内にそんな目に合い、思わず暴れ回ってしまったのを憶えている。
当然赤子の癇癪など大したものでもなく、周りは微笑まし気に見守っていただけであったが。
僕自身はそういう訳にもいかず、この時の記憶がトラウマとなり彼らの言葉に耳を傾けることが出来なくなってしまった。
結果、僕が言葉を学習する機会は失われ、6、7歳になる現在に至ってもこの世界の言葉を聞くことも話すことも出来ずにいる。
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この世界が異世界だと気付いたのは、僕の意識が芽生えてからしばらくした頃だ。
ある寒い日の晩、母親らしき女性が暖炉に手の平をかざし何事かを唱えると、手の平の前に魔法陣のようなものが浮かび上がり暖炉に火を灯したのだ。
ここが日本でないことは既に理解していた。
ここには見慣れた黒髪黒目の人間がおらず、何より知らない言語が使われていたからだ。
しかし、さすがに魔法なんていう非科学的なものは地球上のどこにも存在していなかった筈だ。
魔法の存在に最初の頃は驚きこそしたが、時が経つにつれ興味は薄れていった。
女性の使う魔法は少量の火や水を手の平から放出するものばかりで、ライターや水筒を持っているのと変わらないように思えたからだ。
だが、僕はその後すぐに魔法への興味を取り戻すこととなる。
それは、僕を抱きかかえた件の女性に、書庫で絵本を読んでもらっていた時のことだ。
僕が赤子の頃は、女性に毎日のように書庫へ連れて行かれ絵本を見せられる日々が続いていた。
既に彼女への苦手意識を抱いていた僕は、読み聞かせてくれる絵本の内容を聞き流し、絵ばかり眺めて時間を潰していたものだったが。
その日もいつものように絵を眺めていたのだが、ふとある絵に目が留まった。
それは、絵本らしくデフォルメされた魔法使いが手の平に魔法陣を浮かべている絵であった。
この絵本には、絵師のこだわりなのか作中全ての魔法陣がかなり精巧に細部まで描写されて描かれていた。
僕が見たのは大小2つの正円が巻かれ、その内側に五芒星の描かれた魔法陣であった。
2つの円の間には複雑な紋様が刻まれ、円の中心にある文字が周りを五芒星に囲まれるように書かれている。
円の中心には、漢字で「空間転移」と書かれていた。
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3歳になり自分の足で行動出来る範囲が十分広がってくると、1人で書庫へ通い詰めるようになっていった。
軽い力で音もなく開く木の扉をくぐると、僕は手の届く低い位置にある本を片っ端から読んでいった。
言語同様、絵本も絵だけを眺めるだけで碌に覚えようとしていなかった僕は当然字も書けず、読めない。
それでも魔法陣の図が描かれた本を選び出し、なんとか習得しようとした。
とにかく僕は、自分の見た「空間転移」の魔法陣が文字通りの効果を持つものなのかどうかが知りたかった。
もしも文字通りの効果を持つのだとしたら、元の世界に「転移」出来るかもしれないと考えたからだ。
あまり大きな期待を抱いていた訳ではない。
仮に文字通り転移出来るのだとしても、それが世界までも超える力を持つかは分からないのだから。
それでも、微かな希望にでも縋り付いていないとストレスに押し潰されそうだった。
この豪邸には、この世界には僕が安心して過ごせる場所が少なすぎる。
ここで暮らす人達は家族としての愛情を持ち、僕に話しかけてくれる。
だが僕にとっての家族は元の世界の両親だけで、彼らを本当の家族とはどうしても思えなかった。
知らない言葉で話しかけてくる恐怖と、まるで赤の他人を騙して愛情を得ているような罪悪感は彼らに会う度感じていた。
そして同じ家で暮らす以上毎日のように顔を合わせることになるのは必至で、ストレスが日に日に蓄積して僕を追い詰めていっているようだった。
いっそ部屋に閉じこもってしまいたかったが、世界でたった1人孤立してしまうことを選択する度胸もなかった。
結果、顔は合わせるが無言でやり過ごすというどっちつかずの状況を作ってしまっている訳だが。
数年前から顔を合わせる機会も滅多になくなったことから、孤独感も増してきている。
彼らを避けたいと思うのと同じくらい、彼らに自分の気持ちを思いっきり吐き出したい衝動があった。
しかしここでそれをしても、ただ意味不明な言葉を叫んでいるようにしか思われない。
誰かに僕の気持ちを知って欲しかった。
誰も言葉を交わせる相手がいないのは寂しいと。
元の世界が恋しいのだと。
僕は家族のいる家に帰りたい。
もう1度、幼馴染みの少女に会いたい…!
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目を開くと、空が薄っすらと明るくなり始めるところだった。
どうやらいつも通りの時間に起きたようだ。
ベッドから身体を起こすと、鏡を極力見ないように洗面台で顔を洗う。
着替えて部屋から外を覗けば、いつも通り朝食が置かれていたので部屋の中へ持ち込んで食べる。
食事が済めば、いつも通り書庫へ向かう。
今日もまた、書庫にこもり調べものをして1日が終わるのだろう。
…いつまでこんな生活が続くんだ?
ふと浮かんだ考えを、頭を振って取り除く。
初めて書庫へ1人で訪れた日、結局は大した成果は得られなかった。
図解のみという限られた情報源の中での調べものなので、当然といえば当然だが。
だがそれから4年近く通い詰めた今でも、大して進展があるとは思えない。
焦りばかりが募り、全てが空回りしている気さえしてくる。