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2 懐かしい思い出(後編)

それからの日々は、ひどく穏やかなものであった。


彼女は、母親と食事を共にしたことをきっかけに少しずつ打ち解けることが出来ていったようだ。

彼女が母親と仲良くなっていくことに反比例するように、彼女から相談を受ける回数は減っていった。

彼女から頼られることがなくなっていくことに、少し寂しい気持ちも抱いてしまうが、それ以上に悩みのない笑顔を浮かべる彼女を見られたことが嬉しく、そんな気持ちも消えてしまっていた。


僕は昔から、そんな風に屈託のない笑顔を浮かべる彼女が好きだったのだ。


彼女の笑顔を見て、僕の想いは再燃し募っていくばかりだったが、僕自身の性格が災いして一向に進展のないまま時だけが過ぎてしまっていた。


彼女との距離を縮めるチャンスは、十分にあったといってもいい。

彼女に誘われ、一緒にゲームをしたり、買い物に出掛けたり。

ゲームでは熱くなり過ぎて肩が触れ合うこともあったし、買い物では彼女が試着した普段見慣れていない服装にどぎまぎすることもあった。

しかし、そんなチャンスを僕は活かせずただ恥ずかしがって逃してしまっていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


そんな、情けなくも停滞した日々を過ごしていた時、そこに一石を投じてくれたのは彼女の母親だった。


「今までは若い2人に任せようかなって、静かに見守るようにしてたんだけど。

全然進展する気配がないじゃない、もう見守るのはやめるわ」


そんな宣言をいただき、彼女の母親は僕に助言をくれる協力者となってくれた。

既にこの頃には、彼女が家に抱いていた居心地の悪さもなくなったようで、母娘仲も普通の家族のように親密と呼べるようになってきていた。

親密になった分、母娘間の交流も増していく。

現状、彼女の私生活を最もよく知る人物は彼女の母親といえるだろう。

そんな人物が協力してくれることの、なんと心強いことか。


「あなたは積極性が足りなさすぎるわ。

せっかくあの子がアプローチしているのに、そこで攻めないと意味ないじゃない」


おっしゃる通りです。

自覚はあったが、他人にまで言われてしまうと本当に情けないなと思ってしまう。


「次の週末に行動を起こすわよ」


今週末、僕はまた彼女と出掛ける約束をしている。

この約束は彼女の母親が何とか取り付けてくれたものだ。

本当に頭が上がらないが、どうしても見逃せないそれだけ大切なイベントが今週末には控えている。


「それで、誕生日のプレゼントはもう決めてあるの?」


そう、今週末は彼女の誕生日なのだ。

小学生までは毎年それぞれの誕生日を祝い合い、プレゼントも欠かさず渡していた。

中学時代のブランクは空いてしまっているが、もう一度再会できた以上、最低でも僕からのお祝いはしておきたいと思ったのだ。


「はい、一応…マフラーを編もうかなと、考えてます…」

「編むって、あなた編み物が出来るの?」

「あ、はい。

昔から裁縫が、趣味で…よく娘さんには、ぬいぐるみをプレゼントしたりも、してました…」

「ふーん、なんだか…いや、何でもないわ」


彼女の母親は言葉を途切れさせたが、何を言いたいかはよく分かる。

女っぽい趣味だと、昔から口酸っぱく言われ続けているのだ。

実際に自覚はしているし、言われ慣れているから僕は気にしないが…


「うーんでも、手編みのマフラーかぁ…」

「…あ、もしかして、重い…でしょうか…」


よく分からないが、手作りのプレゼントは重いとかどこかで聞いたことがある気がする。

小学生の頃ぬいぐるみをプレゼントした感覚でつい答えたが、高校生にもなるとそこの辺りも気にしないといけないのだろうか。


「まあ一般的にはそう言われてるけど…大丈夫でしょ、あの子もちょっと変わってるし。

それに今から別のプレゼントを考えても、間に合わないんじゃないの?」

「うっ…はい、その通りです…」


鋭い指摘に、ぐうの音も出ない。

家族を除けば彼女以外碌にプレゼントを渡してこなかった僕には、裁縫以外の案は思いつきそうになかった。


「とにかく、手作りにするからにはしっかり愛情込めて作ること。

それと、出掛けている間にチャンスがあったら今までみたいに固まるんじゃなくて、絶対にフォローは入れること。

この辺りはしっかり意識しておきなさい」

「あ、愛情って…

それは流石に恥ずかし…いえ、込めます、ありったけ込めて編みます」


ついついいつものように消極的になりそうだったが、視線で一喝され事なきを得る。

やはり、第三者の協力を得られたことは大きかった。


「せっかくの母娘の時間を割いてあげたんだから、今まで通りじゃ承知しないわよ」


そうだ、本来なら彼女は家族水入らずで誕生日を祝うつもりだったのだ。

彼女の母親が彼女を大切に想い、一緒に過ごす時間を少しでも多く取りたがっているのは会話の端々から伝わってくる。

今回僕との約束を取り付けてくれたのも、苦渋の決断だっただろう。


「はい、絶対に彼女を笑顔にしてきます」


僕の為にも彼女の母親の為にも、そしてなにより彼女自身の為にも、彼女の誕生日を充実したものにする責任があると、改めて気合を入れなおした。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


結論から言えば、僕の目標は達成されたといっていいだろう。


残念ながら、完璧にこなしたとはいえないが。

それでも彼女の母親からの忠告は出来るだけ守ったし、今までのように消極的に固まって動かずにいることは避けることが出来た…と思う。


そして1日の終わり、日も落ちた頃に夜景のよく見える高台でマフラーをプレゼントした。

派手なデザインの施されたものではない、どちらかといえば実用性を重視した暖色系のものだ。

精一杯編んではいるが既製品には遠く及ばないそれを巻き、彼女は笑顔で感謝の言葉を口にする。


その時の彼女の笑顔は、僕が今まで見てきた中で最も輝いて見えた。

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