18 1日の終わりに
再度、間隔を空けてしまい申し訳ありません。
今回はいつもより長くなっております。
未だ構成を模索しながらの状態ではありますが、できるだけ早く安定した文字数で投稿できるよう努めます。
ガイの気持ちを確認した後、僕たちは他愛のない話で盛り上がった。互いの趣味や食べ物の好き嫌い、後は、それぞれの兄姉の良いところを言い合ったりなど。既に自他共に認める友人関係であり、個人的にも同じ考えを持つ同士である彼とは、気負いせず話すことが出来た。同士を見つけた嬉しさからか、僕も普段より口数が多いくらいだったと思う。
そうしている内に、気付けば空が赤みを帯び始める。遠くから聞こえるお姉ちゃんの声を合図に、彼女と僕は帰路につくこととなった。
『…またこいよ』
帰り際にガイがぼそりと呟く。それを聞いたユーリがニヤニヤと弟の方を見やっていたが、当の本人は言ってから恥ずかしくなったのか、少し赤くなった顔で誰とも目を合わせようとしなかった。彼からそんなことを言われるとは、全く予想していなかったのでびっくりした。だが、友人の家に誘われて嫌なはずがない。突然のことに反応が遅れたが、慌てて返事をする。
「『う、うん、またね』」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
お姉ちゃんと2人、砂利の敷かれた道路を歩く。夕飯時だからだろう、朝とは違ってすれ違う人はおらず、赤く色づいた田園風景はどこか寂しさを感じさせる。街灯のないこの辺りだと、夜の暗闇の中では遠くにぽつぽつと見える家から漏れる灯りだけが頼りになる。そういう事情もあって、日が沈みきる前に帰らないとという焦燥感でさえ、この寂しさを助長しているような気がする。僕1人だったなら、思わず駆け出してしまっていたかもしれない。
そんな帰り道の途中、僕はお姉ちゃんに気になっていたことを聞いてみた。
「『ねぇ、お姉ちゃん。どうして今日、領主様の家にわたしを誘ったの?』」
僕の質問に、隣を歩くお姉ちゃんがちらりとこちらを向く。
お姉ちゃんの行動が突然なのは、割とよくあることではある。それでも、今回の誘いにはいつも以上に計画性がないように感じた。まるで、慌てて予定を立てたかのような。お姉ちゃんがそういった素振りを見せていたわけではない。言ってしまえば、勘のようなものでしかないんだけど…。
『んー、流石に性急過ぎたかな~。…あのさ、前にママが春祭りのこと話してたのって覚えてる?』
「『え?う、うん。王都で春に行われる祭り、だっけ…?』」
お姉ちゃんの口から出た予想外の単語に意表を突かれるが、それは僕が忘れるはずのないものだった。
今日の1件を除けばそれは、僕にとって目下最大の難所といえる行事だ。両親に心配をかけまいと数日前に参加を決めたはいいものの、見知らぬ土地に不安を抱く気持ちは拭えなかった。だが、今はそれ以上に奇妙な感覚を味わっている。
春祭りについて家族から話を聞いて以降、少しでも不安を払拭しようと王都について聞いてみたことがあった。しかし、その説明が如何せん要領を得ない。リーシャさんやお姉ちゃん曰く、さまざまな服や雑貨の揃うおしゃれの発信地であり、シリウスさん曰く、馬車より速い乗り物の溢れた浪漫の街だそうだ。『まるでおとぎ話の世界に紛れ込んだような街だ。シシーもきっと気に入るさ』とも彼は言っていたっけ。ともあれ、家族内で異なる街の印象に加え、説明には知らない単語も多く出てきたこともあって、不安を払拭するどころか謎を深めるだけとなってしまったわけだ。
『もちろん私も、10歳の頃に参加したのよ。初めての王都だったんだけど、お父さん…は、仕事があるって行けなかったから、ユーリのとこと一緒にね』
「『そ、そうなんだ…』」
お姉ちゃんが10歳ということは、だいたい4年前ぐらいのことだろうか。その頃はまだ、リーシャさんは僕と共に豪邸で暮らしていたので、必然的にシルバ家から上京したのはお姉ちゃん1人ということになる。その原因の大半は僕にあるわけで…、申し訳ない気持ちに加え、しかめっ面で『お父さん』と呼ぶお姉ちゃんに頬を冷や汗が伝う。
『まあ、そこは気にしなくていいわよ。ユーリたちと王都を観光するのも楽しかったし。問題はそこじゃなくてね。
…ママたちが祭りのこと話してた時は、記憶が曖昧だったんだけど、後でユーリに確認してみたらやっぱり予想してた通りみたいなのよね』
「『?なんのこと?』」
『春祭り、メインのイベントは10歳の子たちだけで参加になるから、家族とは半日ぐらい別れて行動することになるのよ』
「『…えっ、そうなの?』」
思わず声が上擦ってしまう。家族と別れて行動する?見知らぬ街で、周りは知らない10歳の子どもたちばかりの場面を想像してみる。…だめだ、それだけで動悸が激しくなってしまう。
『高等科の先輩からお祝いしてもらったり、ダンスパーティーに参加したりするから、流石にシシー1人じゃ精神が持たないかもしれないし、どうしようかなって悩んでたのよ』
「『へ、へぇ…』」
ダ、ダンスパーティー…。え、踊るのか?10歳の子どもが?ダンスなんて、前世と合わせても初めての経験なんだけど。
『でね、ユーリに相談してみたら、彼もガイ君のことで同じように悩んでたのよ。じゃあどうせだったら、2人が一緒に参加すればいいんじゃないかって思ったの』
「『…つまり、お姉ちゃんが今日わたしを誘ったのは、ガイ君と仲良くなって春祭りに2人で参加させるため、ってこと?』」
ガイもまた、友人がいないという点では僕と似たような状況だった。彼が僕のように、見知らぬ街と人に怯えるのかは分からないが、少なくともユーリからすれば心配ではあったのだろう。だからお姉ちゃんたちは、最初からガイと僕を2人きりにさせていたのか。春祭りまでの残り少ない日数で仲良くなってもらう必要があったから。
『無理矢理友達になってもらったみたいで、ごめんね。でも、祭りのせいで早まりはしたけど、いずれ紹介しようと思っていたし、2人が仲良くなれるだろうなって思ってたのは本当だから』
「『…ううん。わたしも別に、いやいや友達になったわけじゃないから』」
そもそも、僕が不安そうにしていたからこそ、彼女に心配をかけてしまったのだ。限られた時間の中で、慌てて予定を立ててくれたのだろう。なら、それを責められるはずがない。
「『ありがとう、お姉ちゃん』」
感謝の言葉とともに、気持ちを新たにする。お姉ちゃんが僕のために手を尽くしてくれている。なら僕も、不安がってばかりいないで、しっかり向き合わないと。彼女に、これ以上心配をかけないためにも。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
領主様の家から帰宅した僕たちは、玄関でリーシャさんとシリウスさんに迎えられる。だが、そこにはいつもの穏やかなものではない、剣呑な空気が漂っていた。
『おかえり、2人とも。そんな派手な格好で、こんな遅くまで何してたんだ?』
シリウスさんの、普段とは違う雰囲気に委縮する。小学生の視点から見る成人男性の仁王立ちは、こんなにも大きな重圧がかかるものなのか。僕が何も出来ず固まっている間に、お姉ちゃんが反論を始める。
『別に、どこだっていいでしょ。お父さんには関係ないんだし』
『関係ないことないだろう。領主様の家とはいえ、週末になる度遅くまで出掛けてるから、お父さんはリリーを心配して…。それに、今日はシシーも一緒に連れ出して』
『だから、関係ないって。別にお父さんの迷惑になることなんてしてないからっ』
『おい、リリー!』
お姉ちゃんは、二言三言話した後、そのまま2階へ上がっていってしまった。辺りに残る気まずい空気。しばらくして、シリウスさんがため息をこぼす。
『…すまん、俺ももう部屋に戻るよ』
『ええ…、リリーのことは、私がなんとかしておくわね』
『助かる。…ごめんな、シシー。お父さんはもう戻るけど、しっかり夕飯を食べてくれ』
「『う、うん…。あの、次は、もっと早く帰ってくるね…』」
『ああ、ありがとう。おやすみ』
「『うん、おやすみなさい…』」
覇気のない様子で階段を上っていくシリウスさんを見送り、後に残ったリーシャさんと顔を見合わせる。彼女は困ったように微笑んだ後、僕をリビングへと促したので素直にそれに従う。僕が席に腰かけると、彼女は夕飯を机に並べ始めた。
「『あの…、お姉ちゃんとお父さんの分は…』」
『心配しないで。後で私が2人の部屋まで運んでいくから』
リーシャさんの言葉にホッとするが、気分は晴れない。以前手助けをしようと考えていたにも関わらず、お姉ちゃんかシリウスさん、どちらかの反感を買うのが怖くて、結局何も言えなかった。険悪な関係の2人に、何て声を掛けていいのか、どうするのが正解なのかまるで分からない。
『大丈夫よ。シシーは笑顔でいてくれれば。シシーの笑顔を見るだけで、私たち、幸せな気持ちになれるんだから』
掛けられた言葉に、俯きかけていた顔を上げると、微笑んだ顔のリーシャさんと目が合う。不安な気持ちが顔に出てしまっていたのだろう。お姉ちゃんだけじゃない、リーシャさんと、シリウスさんにも心配をかけているんだ。そして、そうさせないようにしようとついさっき考えたばかりなのに、また目の前の彼女に心配事を増やしている。何をやっているんだ僕は…。
夕食を食べ終え、考えに耽りながら自室で横になっていると、隣のお姉ちゃんの部屋からお姉ちゃんとリーシャさんの声が聞こえてきた。壁越しなので話の内容までは聞き取れなかったが、おそらくさっきのことを話してるんだろう。
2人の声を遮るように布団をかぶる。今日は本当にいろんなことがあって、特に精神面での疲れがひどくて、考えがまとまらない。それでも、頭をフル回転させて今日の出来事を思い返す。
ガイと友達になれたのはよかった。でも、衝動的に相手のフォローをしようとしたり、思い込みで仲間意識を持ったのはよくなかったかも。下手に相手の事情に踏み込んでも、最悪、相手を傷つけることもあるのだから。今度からは、もっと慎重に行動しよう。
それから、お姉ちゃんとシリウスさん…。今思い返しても、2人の言い合いをどうすれば仲裁出来たのかは分からない。でも、きっと今日のような場面はいずれまたやってくるだろう。それに備えて、僕はどうすべきなのか。
「僕が不安がっていても、みんなに心配をかけるだけだ。なら、みんなの前では、できるだけ不安な素振りは見せないように、そう、笑顔でいるようにしよう。それから、ちゃんと周りに気を配るように、お姉ちゃんたちの様子を見逃さないようにして、それで、さりげなくフォローしていけるように…なれるといいな…」
自分に言い聞かせるように呟いている内に、意識がだんだんと遠のいていく。それをぼんやりと感じながら、その日は眠りについた。
お読みいただきありがとうございます。




