13 新たな生活の中のとある日常
今回の話は、前話から数年後のものになります。
今回もよろしくお願いします。
遥か上空、雲よりも高い場所を、いくつもの光が漂う。平時なら見とれてしまうような幻想的な光景でも、今の状況では恐怖を助長する一因にしかならない。空の異常は、まるでこの世の終わりを示しているかのようだ。
眼下に広がる惨状を可能な限り見ないように、ただがむしゃらに走り続けた。目的地はそれ程遠くない。そこへ辿り着けば、大好きな少女に会えるんだーーー
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーーー遠くで、目覚ましの音がけたたましく鳴り響いている。違う、鳴っているのは近くだ、意識がまだ沈んだままだからそう聞こえるだけ。覚醒したばかりの気だるい身体を根気で動かし、目覚ましの音を止める。重労働を終えて脱力してしまいそうになるが、それでは確実に2度寝してしまうためゆっくりと身体を起こす。時計を見れば、針は目覚ましをかけていた7時を指している。いつもと変わらない起床時間だ。
しょぼしょぼする目を擦りながら階段を下りると、真っ直ぐに洗面所へ。顔を洗うと、髪を整えるために鏡を覗き込む。
映っていたのは、肩まで伸びた金髪に、碧い瞳の少女。鏡を克服してから2年と少し見てきた顔の少女が、面倒そうに自身の髪を整えている。既に何度も行っている日課とはいえ、毎朝するというのは正直面倒くさい。だが、これを怠れば『お姉ちゃん』になんと言われるか…。
とはいえ、黒髪黒目の男だった僕にとって、外国人のような容姿はまだまだ見慣れない。男の頃とは違うもちもちの肌、艶のある金髪、眺めていると吸い込まれそうな碧い瞳は特に…。
『シシー、毎度のことだけど、自分に見とれてないで終わったなら代わってほしいんだけど?』
「うわぁ!」
突然背後から掛けられた声に肩が大きく跳ねる。慌てて後ろを振り向けば、腰まで伸びた銀髪と赤い瞳を持つ少女が呆れたようにこちらを見ていた。
「『リ、リリーお姉ちゃん』…」
『いやぁ、まさか愛しの妹がナルシストだったなんてねぇ、数年前なら想像も出来なかったことだわ。
…あ、私の支度が済んだ後は、いつまででも好きに鏡に見とれてていいからね?』
「『変な気を使わなくていいから!わたし別にそんなんじゃないから!』」
近頃、家族の間でいわれのない誤解が生まれている。僕はナルシストなのではなく、ただ好奇心で自分の容姿を眺めているだけだというのに…。
そんな風に洗面所でのひと悶着はあったが、支度を終えた後は朝食のためにお姉ちゃんと共にリビングへ向かう。廊下を歩き扉を開くと、中からご飯の良い匂いが漂ってくる。
『あら、おはようシシー、リリー』
「『おはよう、お母さん』」
『おはよ~』
『おはよう、2人とも』
「『おはよう、お父さん』」
リビングには既に母親のリーシャさん、父親のシリウスさんが僕たちを待っており、こちらを振り返りつつ笑顔で挨拶をしてくれる。その笑顔に迎えられながら、僕たちも椅子に座り4人で朝食を食べるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
朝食を食べ終えると、学校へ向かうお姉ちゃんを見送りに玄関へ向かう。
『じゃあまた後でね、シシー。お姉ちゃんがいないからって、鏡ばっかり見てちゃダメだからね?』
「『そんなことしないってば!ほら、早く行かないと馬車に乗り遅れちゃうよ』」
『は~い』
お姉ちゃんにからかわれながら、見送りを終える。彼女とは、この2年で特に仲良くなれたと思う。出会った当初のように壁を作ることなく、普通の兄弟姉妹として接することが出来ることが純粋に嬉しい。時々過剰なスキンシップにドキドキすることはあるが…。
『あら、シシー1人?リリーはもう行っちゃったの?』
「『うん、ついさっき。…お父さん?』」
リーシャさんの声に後ろを振り返ると、肩を落としたシリウスさんと2人、こちらへ歩いてくるところだった。
「『お父さんどうしたの?』」
『あ、ううん、シシーは気にしなくてもいいわよ。心配しなくても、大したことじゃないから』
「『…』」
リーシャさんは誤魔化したが、シリウスさんの落ち込み具合は大したことなくはなさそうだ。だが、その原因は大方予想出来る。
今年で14歳となるリリーお姉ちゃんは、現在思春期の真っただ中にいる。そして、父親限定の反抗期を迎えているのだ。僕やリーシャさんに対しては、特に態度が変わったようには感じられないが、以前からシリウスさんをあからさまに無視する場面を時々見かけていた。現に今朝も、シリウスさんにだけ挨拶を返していなかった。
とはいえ、これは誰もが通る道だ。僕も中学生の頃は親に何度も口答えしていたし、反抗期は心の成長のために必要なことだとも聞く。なので、それ程深刻には捉えていなかったのだが…。
『じゃあ、行ってくるよ…』
『ええ、気を付けてね?』
実際に被害を受けているシリウスさんは、かなり辛そうだ。だが、それも当然かもしれない。元々、肉体的には女性が多数を占める中、男1人で肩身の狭い思いをしていたことだろう。そこに、子どもの思春期を初めて体験しているのだ。お姉ちゃんにどう接すればいいのか、戸惑いもあるだろう。
反抗期がいつ終わるか分からない現状、シリウスさんのメンタルケアも必要だったのだ。きっと、今までも僕の知らないところでリーシャさんが行っていたのだろうが、気付いたからには僕もなんとか手助けしなければ。
「『あの、お父さん!お姉ちゃんはお父さんのこと嫌いなわけじゃないから、すぐ元に戻るよ!お姉ちゃんもわたしも、お父さんのこと好きだから!』」
大して力になれた気はしないが、僕が必死に訴えるとシリウスさんは玄関の扉に掛けていた手を下ろし、眉尻を下げながら僕を抱きしめてきた。
『うう、シシーは優しいなぁ。ありがとう!お父さんもみんなのこと愛してるぞぉ!』
「『お父さん、痛い…』」
シリウスさんの調子が戻ったのはよかったが、頬ずりまでしてきて短く生えた髭がじょりじょりして痛かった。それに、男の意識もある中大の男に頬ずりされたので、僕の精神にもダメージを受けてしまった。
『あなた、そんなにしたらシシーに嫌われちゃうわよ?』
『はっはっはっ、そんなことないよな~。シシーはお父さんのこと大好きだもんな~?』
「『えっと…痛いのは嫌い』」
『うっ…!』
『ほら、言わんこっちゃない』
『わ、分かった!もう頬ずりはやめるから、お願いだからお父さんを嫌わないでくれ~!』
『はいはい、あなた?そろそろ出発しないと、仕事に遅れるんじゃないかしら?』
『お、おお、そうだった!じゃあな2人とも、またあとで!』
相手をするのが面倒になったのか、リーシャさんが強引に話題を戻した。まあ、シリウスさんの調子も戻ったようだし、とりあえずは一安心か。外へ出ていくシリウスさんを見送りながら、心のケアも一筋縄ではいかないなと実感する。今みたいなことがこれからも続いていくと考えると、思わずため息が零れそうになる。
そんな風に物思いに耽っていると、不意にリーシャさんが優しく僕の頭を撫でてきた。
「『お母さん?』」
『ありがとうシシー、お父さんのこと慰めてくれて。お父さんも、シシーに好きって言ってもらえてすごく嬉しかったと思うわ』
「『そう…かな…。わ、わたしもみんなのために協力するから!困ったことがあったら、なんでも言ってね!』」
『ふふっ、ありがとう。シシーは優しい子ね』
「『う、うん…』」
赤くなった頬を隠すために、俯いたまま撫でられ続ける。ひとしきり撫でると、満足したのかリーシャさんはリビングの方へ戻っていった。気遣いも出来て、やっぱりすごく優しいお母さんだな…。
ふと、先程のシリウスさんとの対応の違いを比べてしまう。遠慮なく抱きしめてくるシリウスさんと、優しく頭を撫でてくれるリーシャさん…。
…少しだけお姉ちゃんの気持ちが分かってしまって、心が痛かった。
お読みいただきありがとうございます。




