12 旅立ち
今回もよろしくお願いします。
散々謝り続け、女性に抱きしめられていると、気持ちが落ち着いた頃にはすっかり日も沈み切ってしまっていた。女性は僕が落ち着いたことを察したのか、僕の顔を覗き込んできて、その後何かを口に運ぶ動作をしてきた。そして自身と僕を交互に指差し、まるで一緒に食事をしようと伝えるようなジェスチャーをしてくる。
勘違いでないのなら、僕にとっては願ってもない提案だ。だが、いきなり家族全員で食事を摂ることに少なからず不安もある。
誕生日パーティーの時のように、気まずい空気になったらどうしよう…。また、彼らに迷惑をかけてしまうかも…
悩んで答えを返せない僕の手を、少女が優しく握ってくれた。顔を見れば、声には出さずに口の動きで「だいじょうぶ」と伝えてくれる。
…そうだ、家族になりたいと、恩を返していきたいと思ったばかりじゃないか。いずれ日常的に行っていくであろうことなら、自分から率先して行動しなければ。少女に背中を押されたことで、ようやく僕は首を縦に振ることが出来た。
机に並んでいたのは、今まで自室の前に置かれていたものと大差ない料理。だが、誰かと共に食べる食事は、この世界に産まれてからの人生で最もおいしいものだった。
食事の最中、僕は少女に頼み事をした。それは、両親に僕の悩みや負い目について説明してほしいというものだ。本来なら僕自身の口から伝えるべきことだが、今の僕にはその手段はない。かといって、僕がこの世界の言葉を覚えるまで待つ訳にもいかない。これから先、家族として接していくためには、今解消しておかなければならない問題なのだ。
少女は難し気な顔をしていたが、やがて両親と会話を始める。その内容はまるで理解出来なかったが、両親の困り顔を見ていると大筋は伝えられているのだと判断出来た。
小学生ぐらいの子どもが前世だなんだと伝えたところで、間に受けてはもらえないだろう。少女がその事を伝えたのかは分からないが、今必要なのは僕の心情を理解してもらうこと。
前世や性別などの事情は、今はいい。ただ、僕が彼らとの距離感に悩んでいたこと、言葉が分からず、コミュニケーションを取ることを敬遠していたことを知っておいてほしい。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
少女の話が終わり食事も食べ終えると、両親はもう1度強く僕を抱きしめてくれた。そこにどんな意味があったのかは分からないが、少なくとも拒絶した相手に取るような態度ではない。今は、それが何よりも嬉しかった。
『『□□□□□□□、シシー、リリー』』
リビングから少女に連れられ自室へ戻ろうとする際、両親から声をかけられた。知らない言葉だったが、なんとなく『おやすみなさい』と言っているような雰囲気だった。
『□□□□□□□!』
それを裏付けるように、少女が元気よく返事をする。それでようやく、僕も声を上げることが出来た。
「『お』、『おやすみなさい』…!」
僕の返事に、両親は安心したような表情を浮かべる。女性に至っては、今にも泣きそうな顔にも見える。
…そういえば、今世で僕が誰かに挨拶を返すのは、これが初めてのことだった。これからは、自分からどんどん挨拶もしていこう。それが、当たり前のことになるように。
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自室までの廊下を少女と2人歩いている最中、強烈な眠気に襲われた。だが、それも仕方ないだろう。「空間転移」の魔法を発動させたことに加え、今まで避けてきた家族に自分から近づいていく緊張感もあった。体力もついていない幼い少女の身体では、限界が来て当然だ。
少女に手を引かれていなければその場で寝てしまいそうな状態のまま、なんとか自室まで辿り着く。着の身着のままベッドに飛び込んでしまいたかったが、少女が僕の手を引いたまま脱衣所に向かって歩いて行く。そのまま自身と僕の服を脱がせると、浴室への扉をくぐったので僕も後に続くように…
「いや、待って待って待って!」
…入ろうとして、寸でのところで意識を覚醒させる。おかげで最悪の事態はなんとか…いや、服を着ていない時点で手遅れだった。
「あ、あのさ!僕男だって言ったよね!?もしかして男の意味分かってない!?」
『「おとこ」、「わかる」。「でも」、シシー「は」、「おとな」?「だった」?
「こども」、「いっしょ」、「はずかしい」?』
確かに、僕は前世と今世を合わせて、既に大人と呼べる精神年齢に達してはいるが…
「いや、普通に恥ずかしいから!君の裸を見るのも恥ずかしいし、なにより自分が裸なのがすごい恥ずかしい…」
やはり、未だに前世の感覚が消えないのだろう。僕の認識では今の状況は、高校生の男と幼い少女が裸で向き合っているように感じる。実際には、目の前の少女は僕よりも少し身体は大きいのだが。
『「もんだいない」!シシー、「あらう」、「へた」、「かみぼさぼさ」。「ぼく」、「おしえる」!』
「ちょ、引っぱらないで!」
必死に抵抗しようとするが、少女の方へ少しずつ引きずられていく。長年引きこもり続けた身体では、非力な抵抗しかすることが出来なかった。
そのまま結局、浴室まで引きずられていき、風呂椅子に座らされる。
『うーん、「ぼさぼさ」。シシー、「ちゃんと」、「あらう」、「てきとう」、「だめ」』
後ろに立った少女が、僕の髪を弄りながらボヤいている。他人に髪を弄られる感覚に、最初はくすぐったさしか感じなかったが、次第に気持ちよさが出てくる。そのせいか、覚醒した意識が再び沈んでいく。
『シシー、「ぼくのはなし」、「きいて」?』
「んー?なに…?」
微睡みの中で、少女が何かを言っている。
『シシー「の」、「ことば」、「ぼくいがいに」、「つかう」、「だめ」。「わかる」?』
「ことば?ことばってぇ…日本語?」
あまりの眠気に頭が回らなくなっていくが、それでもなんとか少女に返事をする。
『「うん」、「にほんご」。「にほんご」、「だれも」、「しる」、「だめ」』
「…」
『シシー?「きいてる」?シシー、シシー!』
そこからの記憶は曖昧だ。少女に何度も名前を呼ばれ、介抱されながらベッドまで運んでもらった。次に意識がはっきりしたのは、翌日の朝のことだった。
「のぼせたのか…」
少女が何かを言っていたが、あまり覚えていない。その件も併せて、後で少女には謝罪しなければ。せっかく相手からスキンシップを取ってくれたのに、のぼせた上に介抱までさせてしまった。…まあ、いささか過剰ではあったが、善意には変わりない。
それはそうと、期せずして時間ができてしまったので、心残りの1つを今の内に解消しておきたい。幸い、それ程時間のかかるものでもない。
決心すると、すぐに脱衣所へと向かう。中へ入ると、1番に目に入るのは洗面台と、そこに備え付けられた鏡。未だに視界に入れることを躊躇われるそこを、意を決して覗き込む。
映っていたのは、肩まである金髪に碧い瞳の少女。年端もいかないその子が、緊張した面持ちで鏡の向こうからこちらを見つめ返してくる。
黒髪黒目で高校生の少年はどこにもいない。この姿が、今の僕なんだ。
「僕は、シシー。シシー…なんだろう、苗字は知らないな…。まあいいや、僕は、元々別の世界で日本人の男として生きていたけど、気付いたら記憶を持ったまま生まれ変わっていた7歳のお…子どもだ」
鏡に向かって、自分に言い聞かせるように小さく呟く。
今の僕に、元の世界へ帰る手段はもうない。仮に帰る目処が立ったとしても、この世界でやらなければならないことを見つけた今、僕に元の世界へ帰るという選択肢はない。
なら、僕は今世の自分の姿を受け入れなければならない。性別が変わったことへの戸惑いは消せない。それでも、いつまでも前世の姿に囚われて鏡も見れないようじゃ駄目なんだ。
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豪邸を離れる日は、それから数日後に訪れた。朝の早い時間に目覚めた僕は、少ない私物をまとめて自室を後にする。本当は書庫にある無事な書物も持っていきたかったが、皆に反対されてしまった。まあ、あんな危ない真似をしてしまったのだから当然だ。当分は魔法に関することは全面的に禁止されることだろう。僕も、魔法には悪い印象しかないので問題ないが。
玄関まで行くと既に3人とも集まっていて、僕を待ってくれていた。彼らと朝の挨拶を交わすと、扉を開いて外に出る。記憶にある限り、今世において初めての外出だ。
外には大きな庭があり、その向こうにある柵が豪邸を取り囲んでいた。柵の向こうに見える森を見て初めて、ここが人里離れた場所だったのだと知る。柵をくぐると、荷物の積まれた馬車と御者のような男が待っていた。父親がその男と二言三言話している間に、僕たちは馬車の荷台に向かう。
『シシー』
「あ、うん…『ありがとう』」
少女に手助けしてもらいながら、おそるおそる荷台に乗り込む。すぐに父親も乗り込み、馬車が動き出した。揺れが激しく、決して乗り心地が良いとは言えなかったが、初めての馬車に興奮していたのかあまり気にはならなかった。
これから、新しい家での生活が始まるのだ。いずれは学校にも通うことになるだろう。そのためにも、早くこの世界の言葉をきちんと話せるようにならないと。そんなことを考えながら、晴れた空を見上げつつ日本に思いを馳せる。
みんな、元気かな。僕は、そっちの世界からいなくなった後も、いろいろありつつもなんとかやってるよ。
そうだ、新しい家族が出来たんだ。優しい人たちで、たくさん迷惑をかけたし、これからもかけることになると思うけど、彼らのためになにか恩返しがしたいんだ。そのために、僕はこっちの世界で生きていくよ。
だから、僕はそっちには戻れないけど、どうかみんな幸せに生きてください。
お読みいただきありがとうございます。




