11 『ごめんなさい』
前回から間隔が空いてしまい、申し訳ありません。
突然ですが、今回から段落の構成を変更しております。
読者の方にはご不便をおかけしますが、今回もよろしくお願いします。
僕の言葉に、少女は抱擁で返してくれた。これは、僕のことを受け入れてくれた、ってことでいい…のだろうか?だとするなら、すごく嬉しい…嬉しい、が…
時間が経ち気持ちが落ち着いてくると、気恥ずかしさの方が上回ってくる。少女の腕の中で身じろぎすると、彼女はすぐに抱擁を解いてくれた。そのまま少女から距離を取るが、なかなか身体の熱が引いてくれない。緊張した状態のままちらりと横目で少女を見ると、笑顔を返してくれる。それにまた心臓が早鐘を打ち始め、慌てて視線を逸らす。
…なんだこれは。
なんとなく、考えてはいけないことのような気がする。分かってしまったら、後戻り出来ないような…
頭を左右に振り心を落ち着けていると、少女が唐突に真剣な顔になる。
『シシー、「はなし」、「きいて」?』
少女の雰囲気の変化に戸惑いながらも、なんとか首を縦に振る。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そこからは、悪戦苦闘しながらも少女の言葉を解読する作業が始まった。内容が世間話よりも複雑になっているためか、少女の使う日本語も先程以上に片言になっていた。だが、身振り手振りも交えることで、ある程度の内容は理解することが出来た。
少女の話を要約すると、どうやら引っ越すことについて僕の了承を得ようとしているようだった。
曰く、この豪邸は元々僕たちの祖父にあたる人物が所有していたものだったそうだ。だが、既に祖父は数年前に他界しており、豪邸を維持していくことは金銭面で厳しい状態なのだという。そこで、こことは別の町に家族全員で引っ越そうと考えているそうだ。
『「ぼく」、「と」、□□、シシー「の」、「せっとく」?「ため」、「きた」』
少女と父親は、少女の通う学校(?)のあるその町で既に生活を始めているそうだ。そして、少し前から長期休暇を利用してこちらに帰省してきているのだという。少女たちの帰省には、僕が学校へ通い始める年齢に達していたことが関係していた。7歳を迎える子どもが通うはずの小学校のような所へ、僕は行かずに過ごしていたらしい。
『「はじめ」、「なにも」、「しない」、「で」、「みてた」。
「でも」、「かいぜん」?「しなかった」』
これまでは、時間が解決してくれるはずだと様子を見守るだけに留めていたのだろう。だが、他人どころか家族にさえ心を開かないまま時間は過ぎていった。
もし僕が前世の記憶もない只の子どもであったなら、静観という選択は間違っていなかっただろう。きっと、1人でいる寂しさに耐えられず、もっと早くに心を開いていたのかもしれない。だが、僕は「空間転移」という心の拠り所を見つけてしまった。コミュニケーションを取ること以上に優先すべき目標が出来てしまった。少女たちよりも、大切な人たちがいたから…
まあ、そもそも前世の記憶があるから心を閉ざしていたわけだし、考えても仕方ないことなのだろうが。
とにかく、学校と引っ越しというきっかけもあったことで、誰ともコミュニケーションを取らない僕を心配した家族は、積極的にアプローチしていくことに決めたのだそうだ。その結果行われたのが、突然の誕生日パーティーだったというわけだ。
少女の話を聞き終えて、1つの懸念が浮かぶ。
「…それじゃあ、もしかして、今まだこの豪邸を手放してないのって…僕のせい、なのか…?」
僕の問いに、少女は困り顔を浮かべる。…まあ、今の聞き方は我ながらずるかったと思う。だが、その反応が何よりの答えでもあった。
きっと僕がいなければ、この豪邸はもっと早くに手放せていたのだろう。例え思い出のある住処でも、家族の生活には代えられないはずだから。手放せなかったのは、僕がこの豪邸から離れられる心境ではなかったからだ。
僕が家族全員を怖がっていたから。心の拠り所として、書庫へ通う日々を送っていたから…
でも、もう大丈夫だろう。
家族に歩み寄っていく気持ちは固まった。目の前の少女という理解者も得られた。もう書庫へ通わずとも、魔法に縋らずとも生きていける。
「…僕も、行くよ…君たちと一緒に」
書庫が半壊したことが、最後の一押しとなった。「空間転移」の発動に失敗したことも。
おかげで、魔法のことは未練なくすっぱり諦めることが出来る…
「でもその前に、君にお願いがあるんだけど…」
だが、この豪邸を去るのなら、やり残したことは出来るだけ減らしておきたい。そして僕には、魔法の他にも心残りがある。それも今の内に解消しておきたかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
空が夕焼けに赤く染まる中、僕は少女に連れられて豪邸内を歩いていた。今まで僕が訪れたことのあるどのルートとも違っていて、いつ頃目的地に着くのかも検討が付かない。
だが、今はそれが幸いだ。目的地に着いてからのことを考えると、気が重くなる。少女の後を追うことだけに集中出来る状況は、気分的に楽だった。
そのまましばらく歩いていると、やがて目的地に着いたのか少女が扉の前で立ち止まる。こちらを確認するように振り向いたので、緊張しながらも頷いて返す。
少女が扉をノックすると、数刻後に1人の男性が扉を開いた。誕生日パーティーでも見た、僕たちの父親だ。
『リリー…□、シシー?
□□、□□□□□□□□□□□?□□□□□□□□□□□□□□□□□?』
男性は怪訝そうな顔を僕たちに向けてくる。言葉は相変わらず分からないが、困惑しているのは明白だろう。
まあ、突然自分たちを避けていた子どもが、長女を連れて自室に来たのだから当然の反応か…
『□□□□、□□□□□□□□□□。シシーが□□と□□□□□□□□□□□□□、□□、□□?』
『リーシャ□?…□□、□□□□□□□□』
少女が説得してくれたのだろうか。二言三言会話した後、男性は部屋に入っていき、そしてすぐに僕たちの前に戻ってきた。1人の女性を連れて。
『シシー?』
女性もまた、男性と同じく怪訝そうな表情を浮かべている。
そう、母親に会いたいというのが僕のお願いだった。彼女に対して、僕にはしなければならないことがあったから。
意を決して女性の前に立つと、事前に少女から教えてもらった言葉を口にする。
「あ、あの!…『ごめんなさい』!」
『…え?』
目をきつく閉じたまま頭を下げているので、彼らの表情は分からない。ただ、まるで唖然としたような、思わず漏れてしまったような短い声だけが聞こえてきた。
「『ごめんなさい』!『ごめんなさい』!!」
少女の話を聞いてから、ある1つの予感があった。そしてその予感に従い、道中いくつかの部屋を適当に覗いてみると、予感は確信に変わった。
僕が覗いた部屋はどこも客室のようだったが、どの部屋もまるで何年も放置されてきたように埃が溜まっていた。そして、使用人のような人も、それどころか、家族以外にこの豪邸には誰もいなかった。
この豪邸には少なくともここ数年、使用人どころか、僕と母親以外誰1人存在していなかったのだ。ならば、毎日自室の前に置かれていた食事は誰が用意していた?朝目が覚める前や、書庫へこもっている間にこっそり生活の手助けをしてくれていたのは?そんなの、1人しかいないじゃないか…!
「『ごめん』、『なさい』…」
きっと、彼女には僕が何故謝り続けているのかも理解出来ていないだろう。それでも、この言葉しか話せなくても、少しでも僕の気持ちを伝えたかった。
今まで見守ってくれていたのに、気付かずに避け続けてごめんなさい。愛情を注いでくれているのを、心配してくれているのを分かっていたのに、関わるのが怖くて、逃げてしまってごめんなさい。
『シシー、□□□□□□、□□□□□□□□□□□□…。□□□□□□、□□□□□?』
女性が僕の身体を引き寄せ、強く抱きしめてくれる。言葉は分からなかったが、その声音はすごく優し気だった。
こんな優しい人たちの下に産まれて、僕は幸せだと思う。僕も、前世の記憶がなければもっと早くに家族と打ち解けられていただろう。
だが、前世の記憶があるからこそ、成熟した精神を持つからこそ出来ることもある。きっと普通の子どもなら、こんな幼少期の体験は少しずつ薄れていってしまうだろう。でも、僕はこの体験を忘れない。家族にたくさん迷惑をかけたことも、たくさん愛情を注いでもらったことも。
ずっと忘れずに覚え続けて、そしてそれ以上の恩返しをしていきたい。今この瞬間の申し訳ない気持ちも、感謝の気持ちも、そうやって伝えていきたい。
それが、今の僕の目標だ。
お読みいただきありがとうございます。




