10 辿り着いた答え
今回もよろしくお願いします。
「なん、で…?」
さっき言ったばかりの言葉が、思わず口をついて出てしまう。
壁や天井が消滅し、風通しの良くなった書庫の中で、僕は少女に庇うように抱きしめられていた。
温かい…
じゃない!そんなことより、少女はさっき何て言った!?
「あ、あの…」
『シシー!』
「は、はい!」
『「あぶない」!』
「ごめんなさ…えっ!?」
『□□「をつかう」、「あぶない」!
「こどもがひとり」、「で」、「つかう」、「こと」、「きんし」!』
少女は、抱擁を解くとそのまま僕の両肩を掴み、強い語気で言葉をまくし立ててくる。
やっぱり聞き間違いじゃない。
少女は間違いなく、日本語で僕に話しかけてきている。
確かに流暢な話し方ではないし、外国人が話す日本語のようなアクセントの違いも見受けられる。
だがそれでも、1ヶ月程度聞いただけの言葉を話せるなんて…
それがどれほどすごいかは、未だに朝の挨拶しか話せない身としてよく理解出来る。
…もしかしたら目の前のこの少女は、いわゆる天才というやつなのかもしれない。
少なくとも言語理解に対する才能は持っているだろう。
まさか、これがこの世界の標準レベルということはないだろうし…というか、それだと僕の能力が低すぎることになってなんだか情けなくなるので逆に困る。
「こんなに短い時間で覚えられるなんて…でも、意味のないことじゃなかったんだ…」
『シシー、「なんで」、「うごく」、「なかった」?』
「え…?それ、は…」
僕の呟きを気に留めず、少女は僕に質問してきた。
というか、表情が険しいし、怒っているようにみえる、んだけど…
『□□、「からだを」、「さげる」、「だけ」、「さける」、「できた」。
「でも」、シシー「は」、「うごく」、「なかった」』
少女の言葉に、何も言えなくなる。
そうだ、さっきの「空間転移」の魔法、避け方を知らずとも、離れるなり隠れるなり回避しようと動く時間は充分にあった。
現に、倒れ込むだけで避けられているのだ、僕は少し動くだけで、自力で回避出来ていただろう。
でも、それでも僕が動かなかったのは…
『「あきらめた」?』
その言葉が胸に刺さる。
少女の言う通りだ、あの光に呑まれてどうなるかは分からないが、例え死ぬと分かっていたとしても僕は逃げなかっただろう。
「空間転移」の魔法を発動させることは、僕の今世における人生の目標だったといっても過言ではない。
この世界での生活を受け入れられない以上、僕には元の世界へ戻るという道しか残されていなかったのだ。
だからこそ、微かに持っていた懸念、「空間転移」では日本に戻ることは出来ないという結果が出てしまうことを常に恐れていた。
想定外だったのは、僕にとっておしゃべり会がそれなりに大きな存在感を持つようになっていたことだ。
だから、おしゃべり会が終わる、少女がもう僕の部屋を訪れなくなると考えた時、予想外の虚無感に襲われた。
その時感じたのは、早く日本に戻らなければならないという焦りだった。
こんな精神状態では駄目だ、1度誰かと話す楽しさを知ってしまった以上、今までのような生活をすれば孤独感ですぐに参ってしまうだろう、と。
そして、そんな不安定な精神状態のまま魔法は発動した。
本当は分かっていた、「空間転移」を発動させた瞬間分かってしまった。
あれでは日本に戻ることは出来ないと。
無数に実験を繰り返せば、辿り着ける可能性は0とはいえないが、空間を問答無用で削り取る魔法を何度も試すのは、命がいくつあっても足りない。
縋り付くにも、小さすぎる藁だ。
でも、それでも…
「だって…だって!仕方ないじゃないか!
僕にはあれしかなかったんだ!あの光に呑まれなかったら!日本に、元の世界に帰れないって分かってしまったら、もう全部なくなっちゃうところだったんだ!」
予想以上に大きな声が出た。
声質も合わさり、まるで駄々っ子のように叫んでいるのを分かっていても止められない。
「充実出来てたんだ!
君と、言葉は理解出来なくてもただ言葉を言い合っているだけで、書庫へ行かなくなるくらい充実してたんだ!
なのに、なんで急に来なくなったんだよぉ!
てっきり、もう僕と話すのに飽きたんじゃ…もう2度と部屋に来てくれないんじゃないかって…」
ふと、頬を何かが流れる感触がして、自分が泣いているのだと気付いた。
それに気付くと、少女は再びさっきよりも強く抱きしめてきた。
『「ごめんなさ」、シシー…』
「う…ヒック…もう、1人は嫌なんだ…寂しいのは嫌なんだよ…」
中身は男で、その上高校生なのに、こんな幼い少女に抱擁されている。
だが、それに気恥ずかしさを感じるよりも、安心感の方が強かった。
『「ごめんなさ」、「でも」、シシー、「しぬ」、「だめ」。
「いきて」、「おねがい」…』
身体が密着しているからか、少女が微かに震えているのが伝わってくる。
一体、少女は今どんな心境なんだろう。
家族が命を落とそうとしていて、当の本人はそれを甘んじて受け入れている現場に偶然遭遇するなんて…
もしも、見つけるのが、助けに入るのが一瞬でも遅れていたら…
「そんなお願い…でも、僕には…」
『「ぼく」、シシー「のなやみ」、「わかる」。
「ぜんせ」、「と」、「おとこ」?「わかる」』
「っ!?なんでそのこと…」
いや、おかしなことではない。
少女は今日この瞬間、突然日本語が分かるようになった訳ではない。
きっと、数日前には既に理解出来ていたのだろう。
なら、その頃僕が話していた愚痴も、少女は理解していたということに…
『「いまから」、「は」、シシー「のなやみ」、「きく」、「できる」』
…そうだ、少女が日本語を理解出来るのならば、僕の事情を理解することも出来るということだ。
もう、何も知らない彼らを騙しているような後ろめたさを感じなくてもよくなる…のか?
『「それ」、「だめ」?』
「…」
今の家族が、僕の事情を知り、それでも僕を受け入れてくれるかは分からない。
もしかしたら気味悪がられ、今度こそ本当に全員が離れていってしまう可能性も考えられる。
…でも、きっとその心配は今すべきではないんだろう。
僕が今考えるべきなのは、僕自身がどういう想いで、どういう行動をとっていくかということだ。
この世界の人たちとコミュニケーションを取るのは怖い。
この世界の言語を覚えるのは難しくて、簡単な言葉でさえ未だに話せず心が挫けそうだ。
それでも、少女が同じ条件下で僕の為に日本語を覚えてくれたことが嬉しい。
「空間転移」の魔法は、もう諦めるべきなんだろうか…
なら僕は、もう2度と日本には帰れない?
分からない、でも、少なくとももう2度と、1人っきりで書庫にこもり続けるような生活は出来そうにない。
もう僕は、誰かとコミュニケーションを取る楽しさを知って…思い出してしまった。
もう、1人ぼっちで寂しい思いはしたくない。
でも、今の家族と、後ろめたい感情を持ったまま接していくことは出来そうにない。
今まで、避けたり迷惑をかけたりしてきたことも謝りたい。
そして、それらは少女の協力により解消することが出来る。
なら僕は、少しでも可能性があるのなら…
「僕は、君たちと家族になりたい…
僕を、君たちの家族にしてください…!」
それが、僕の出した答えだった。
お読みいただきありがとうございます。




