7 旅の始まり1
私はこの辺境の森で一人の身元不明の男と出会った。
その出会いは別段運命の出会いだとか、衝撃の出会い等というような印象に残るようなものではなく、明らかに平凡な、あっ! やばい、目があっちゃった……。みたいな出会い方だった。
特にすることも行く宛も無かった為に、私はきっと魔が差したのだ。
彼の存在を感知するなり、私は彼に向けてつい言葉を紡いでしまい、そのまま彼と会話に発展したのだ。
「それで? フリーク公爵令嬢だったサシャ様はどうして追い出されたんですか?」
今、その例の男と話しているところだが、何だろうか?公爵令嬢だった頃には居なかったような人物。
そして、その言葉は想像以上に心に突き刺さった。
公爵令嬢だったから分かる。このだったには皮肉がたっぷりと含まれているということを。
正直あまりいい気分ではない。
「あら、随分と辛辣ですね。私の好みの顔でなかったことによる当て付けですか?」
こちらも負けじと変わらない微笑を浮かべながら言葉の暴力で応戦するが、しかし、今回は彼に軍配が上がった。
ニヤリと嫌らしい微笑を見せながら彼はしたり顔で告げた。
「質問に質問で返すのはどうなんですか? って、貴女が言ったことですよ」
──しまった! 先程私の言っていたことを言い返された。ブーメランだ! もう、お嫁にいけないわ。……実際問題行けなかった訳だしね。
まぁ、しかし、そんなことで挫けるような私ではない。
彼は勝ち誇ったように鼻息を吐き出している。だが、まだまだ甘い、伊達に公爵令嬢をやっていないのだ。
対人スキルはおおよそ会得している。
「でも、そんなことより、貴方は名乗るべきではなくて? 基本事項でしょ? それとも名前を忘れたの?」
そう言うと、石のように固まる彼。
いや、そこまでショックを受けるようなことでは無いんだけど……。
軽く肩を揺すると、魂が再び宿ったかのように意識を取り戻した。
「そこまで固まるようなことは言っていないのだけれど」
「うっ、そうだけど。まぁいいや、俺の名前はルイス。名前は忘れて無いから。それで、家名は無いよ。貴族じゃなかったからね」
気を取り直したように「よろしく」と手を差し出してくる。
「そう、よろしくね、ルイス。それからさっきの無意味な言い合いはもう止めないかしら? 相手を言いくるめた、言いくるめられたで、一喜一憂されても反応に困るから。貴方もそうでしよ?」
彼は首を縦に振り同意をした。
それを切っ掛けに、私と彼は手を握りあった。
無論変な意味ではなく、そのまま握手だ。
「さて、取り敢えずどうしますかサシャお嬢様」
「そうね、取り敢えずその呼び方は辞めて欲しいかしら?」
~~~~~~~~~
その後、行き場の無い追い出され組の私達は、これからどこに行くのかという計画すら無かったので、この機会にどこに行こうかということを話し合った。
一人旅なんて寂しいので丁度良かったかもしれない。
女神だった頃は、余り人と接する機会も無かったので一人には慣れていた。精々同じ女神で仲の良かったレイヤという金髪の可愛らしい女神と話すくらいが昔の私の交友である。
そこまでの狭い交友関係を持っていた私だが、この通り、貴族の令嬢に生まれ変わってからは、誰かと居ることが多かった。
なので、一人で居ることに現在は慣れていないということ。
孤高の女神は、構ってちゃんなお嬢様に変わってしまったのだ、不本意ながら。
そして今、ルイスという男と共に旅をする。
で、目的地も今決まったらしい。
「よし、隣国のコレット共和国に行こう! あそこなら放浪者の冒険者とかも多いし、身元不明の俺達でも入国が簡単だ」
「入国なら普通に出来るでしょ。別に犯罪とかはして無いのだし」
と至極当然なことを言うと、指を左右に振って否定的な顔をする。
それがまた少しイラって来るけど感情に出さないように努める。女神だもの。
「他の国なら例えばナール帝国とかは、必ず身元を証明するための入国許可証とかが必要なんだ。冒険者であっても、ギルドでそれは作らされるからな。だからコレットは俺達が行くに相応しい国なんだよ」
素直に説明を聞くと、色々納得のいくことがあった。
──なるほど、そういうことか。
六百年前はそのような制度も無かったので知らなかった。
長い間一点の場所に引き込もっていると、情勢に疎くなるわね。これは良い機会だったかも。
この機会に色々と世界を見て回りたいと彼女は思い、当面の旅の目的は他の国に赴いて知識を得ようということに決定された。
彼女の旅はほんの少し目的を持ったものになり、この時がサシャとルイスの二人旅が始まりを告げた瞬間であった。
だが、その前にとあることが気掛かりになっていた。
「ねぇ、ルイス」
「何ですか?」
疑問符を頭に浮かべたような顔で彼は聞き返してきた。
「服がボロボロなのだけど、こんな格好で入国出来るかしら。脱走した奴隷か何かと勘違いされそうなのだけれど」
伝えると彼は少しの間口をあんぐりと開けていた。
その間は会話も無いため、吹き抜けるそよ風が一層よく感じられる。
やがて驚いたようなルイスがぽつりと呟いた。
「そうだった……それを忘れてた」と。
訂正、目的その一が服の調達に切り替わった。
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