65 決意を新たに
少し長くなっちゃいました。
「クゥン、クゥン♪」
「あは! 可愛いなぁ、こいつぅ!」
は〜……なんでこんなことになるのやら。
私に懐いている……と思われる熊なのだが、すぐにシーオフェリアにも懐いて、すっかり懐柔されてしまった。
私が先頭を歩き、その後ろを熊とシーオフェリアが突っつき合いながらふらふら付いてきている。
「リア姉、少しは危機感を持ってよ……」
不意に言葉を紡ぐが、シーオフェリアは、何のことだか理解していない。
「ん? 王国はまだ先よ?」
「ガウン!」
シーオフェリアは、きょとんとした顔で腕組みをしている。熊も真似をするように首を横に傾けている。
その見当違いの返しについこめかみに手を置いてしまうが、私は悪くないだろう。
「そういうことじゃないのよ。その熊、私達からしたら可愛い動物程度に思えるかもだけど、人間が見たら失神するかもしれないわよ」
「ガゥ?」
「ああ、確かに……」
シーオフェリアもやっと理解したようで、ポンと手のひらに拳を落とした。
「でも、面白そうだから、大丈夫!」
「何が大丈夫なのよ!」
はぁ、疲れる。
シーオフェリアのへらへらしたその態度に一々突っ込みを入れていると本当に体力が削られる。
そして、この熊。シーオフェリアに懐いちゃったから毒されそうね。……もう、共和国に帰っても良い?
一抹の不安を胸に抱きながら、馬車のある方へと足を進めた。
そして、案の定、騎士の皆様からは怯えられ、地面にへたり込んだり、馬車の中へと逃げたり、剣を抜いて戦う構えをしたりと、色々な反応をしていた。
それを見たシーオフェリアは爆笑し、私はその光景を眺めながら思った。
シーオフェリアって、本当に女神なのかしら? と。
女神なのに人が慌てているのを笑うなんて……本当にいい性格してるわ。
笑っているシーオフェリアの背に向かって声をかける。
「ちょっと」
「ふんん? なぁに? 今いいところなんだけど……」
体は騎士達が慌てている光景の方に向いたまま、シーオフェリアは首だけをこちらに向けてきた。
不満げなシーオフェリアだか、しかし。
そもそも混乱を招くために熊を連れてきたのではない。その混乱を楽しんで観戦している彼女は色々と間違っている。
というか女神としてアウトである。
「楽しんでないで、早く止めなさい」
「え〜、もうちょっとぉ!」
「……止めないと殴るわよ?」
「サーちゃん、殴らないで?」
おちゃらけたシーオフェリアの所為で、この阿鼻叫喚が響く大騒ぎは、暫く続いたのだった──。
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騒ぎも収まり、ひと段落。
私は労働量に見合っていない疲れを与えられ、今はもう早く終わらせて本気で共和国に帰りたい気分です。
そして、疲れた体にはミーナちゃんが一番。
「ああ、癒される……」
ミーナちゃんの頭に手を置いて数回行き来させ、私は深く息を吐いた。
「サシャお姉ちゃん疲れてるの?」
久々の癒しを堪能していると、成されるがままに頭を撫でられ続けているミーナちゃんが顔を覗かせた。
「そうなのよ。リア姉が問題児過ぎて大変なのよ……ミーナちゃん、私を元気にして!」
「うん!」
なんという背徳感だろう。
こんなに可愛いエルフの幼子を存分に愛でられるというのは至極の幸せと言えることだ。
撫でるだけでは飽き足らず、ミーナちゃんを体ごと抱き寄せる。ああ、幸せ……。
「……」
そして、この茶番を冷めた目で見ているのは、戦闘力皆無である魔神ルイヴィースことルイスである。
ルイスの視線に反応したミーナちゃんは、ルイスの肩をツンツンと突いて、にこやかに笑った。
「ルイスお兄ちゃんも頭なでなでしたい?」
「いや、したいけど……そういう意味で見てた訳じゃないんだよね」
ああ、私に呆れていたのか。
私はミーナちゃん至上主義者だから、そうなるのは彼も承知の上だと思っていたが、最近はこんなことしてなかったからか耐性が薄れてきたのかもしれない。
「ルイス、ちょっぴり私情が漏れてるわよ」
「うるさい……で、件の熊は?」
顔を真っ赤にしてくるりとそっぽを向いた。そんなに恥ずかしいのか、苦し紛れに熊の話を振ってきた。
「あの熊ね。なんだかよく懐いていると思ったら、王国を出るときにやっつけた熊だったわね」
「お、おう」
「で、今はシーオフェリアが大事に抱えてる」
私、ルイス、ミーナちゃん共にシーオフェリアの方へと目を向ける。
「熊? どこ?」
「くまさん居ないよ?」
しかし、王国の猛者を怯えさせた熊の姿は何処にもない。そして、その代わりにシーオフェリアがこちらに顔を向けてきた。
「ん? どうしたの? 私の顔に何か付いてる?」
「いいえ、ちょっと二人に熊を見せてあげて」
「分かった」とシーオフェリアは答え、腕の中にいる小柄な動物を差し出してきた。それは正しく、私に懐いている熊が……小さくなったものだった。
「こ、これが熊!? 小さくてとても熊には見えない」
「わぁ! 可愛い! 抱いても良い?」
「ええ、どうぞ」
シーオフェリアの腕からミーナちゃんの腕へと移動する熊。
「わぁ、もふもふしてる!」
熊は最初は少し抵抗をしていたが、やがてミーナちゃんの手の中に収まり、大人しくなった。
「クゥゥッ」
く、羨まし……いや、何でもない。
ミーナちゃんはまるで宝物のように優しくその熊を摩っており、ルイスもこの熊に興味深々だった。
「なんか、可愛いな。熊とは思えないよ」
「私の魔法で身体を小型化したのよ。私が死んだら術が消えて、凶悪そうな熊に戻るわ」
「あの、さらっととんでもないこと言わないでね?」
そんなことを言ってから、少し間があり、ルイスは急にしんみりした顔になった。
「こうやって、いつもみたいに話すのって、楽しいな」
「急にどうしたの?」
「いや、なんだろう。……なんかさ、王国に行ったらサシャが居なくなっちゃう気がして、そう思ったらサシャといるのは楽しいなって思っちゃって」
ふむ、私は居なくなる気はない。
そもそも王国に愛もなにもないので、ちゃんと共和国に帰るつもりでいる。
「終わったら共和国に帰るでしょ?」
「いや、そういうんじゃなくてさ。なんか……やっぱり止めないか? わざわざ危ないところに行かなくても……」
ルイスは私が負けることを危惧しているのだろう。そうでなくても誰かが欠ける、私とルイスとミーナちゃん、この三人でいる時間は本当に楽しかった。大切な関係であるからこそ、一緒にいて幸せだし、それを肌にしっかりと感じられる。
だからこそ、彼は恐れているのだ。
彼が魔神ルイヴィースだからということもあるのだろう。魔神バルギアは強いらしい。それを重々理解した上でそんなことを言っているのかもしれない。
でも、そんなことは今更である。あと戻りにはもう遅い。
「ちゃんと皆で帰りましょ」
私の発した一言に対して、ルイスは小さく頷いた。
「必ず帰ろう。だから──」
彼の口から出てきた一言はか細くて、私以外に聞こえないくらいに小さいものだった。
「ええ、ありがとう。必ずそうするわ」
そして、私は、彼のその決意ともとれる言葉に対して真摯な態度で返事をした。
その光景を見ていたシーオフェリアが急に後ろから私の両肩に体重を預けてきた。
「じゃ、その幸せな時間を存分に楽しみましょ!」
「リア姉……」
「ふっ、そうですね。楽しみましょう」
こんな時間がいつまでも続くとは限らない。それはきっと、この戦いをどう終えるかによって、今後のことが決まるのだろう。
負ける気は毛頭ないのだが、絶対に共和国でのんびり三人で笑って暮らしたい。そう、私は胸に誓った。
熊を抱えて、微笑むミーナちゃんを見ながら、私たちは存分に笑い合った。これはきっと、私の中でいい思い出になるだろう。この幸せがいつまでも続きますようにと願うばかりである。
暫くして、そのほんわかした空気を断ち切り、シーオフェリアがゆっくりと立ち上がった。
「さて、そろそろ中継地点に着くわよ。ここからは気を引き締めていきましょう」
「ええ」
「分かりました!」
馬車は、いよいよ王国一歩手前まで到達したようだ。そして、ここからは一層警戒を強めなければと、改めて自身に喝を入れた。




