64 熊との遭遇 再
あの時の熊が登場しますよ!
シーオフェリアの微妙な感じの話が終わり、私たちは再び王国へと馬車を走らせている。
馬車の台数の都合上、馬車は王子と同じものになってしまった。それは、仕方がないのだと、割り切っている。うん、その件に関しては何一つ問題はない。
「「「…………」」」
問題はこの沈黙だ。明らかに昨日の夜に何かあったシーオフェリアとハロルダ王子、この二人が同じ馬車に乗ることになってしまった。
ルイス、空気をいち早く察して、ミーナちゃんと共に嘘寝を決め込んでいる。
ハロルダ王子、目線を床に向けて微動だにしない。
シーオフェリア、にこやかに微笑んでいるが、目が全く笑っていない。視線はハロルダ王子の方に向いているが、何を考えているのだろう? 怖すぎて分からない!
そして私、ルイス、ミーナちゃんという話し相手が早々に離脱して、何を血迷ったか、そのビッグウェーブに乗り遅れてしまった。
このチクチクした気不味い空気に巻き込まれた私は、まるで戦時中の流れ弾に当てられた一般市民のように哀れな被害者みたいになっている。
どうせ今から行く場所は、戦場に違いないのだが、私的に物理的なそういうものよりも、こういう雰囲気的な圧力が凄い嫌だ……。
「……サーちゃん」
「な、何?」
シーオフェリアは、思いついたかのように話しかけてきたため、声が上ずって変な感じになってしまった。
恥ずかしい……ミーナちゃんは、本気で寝ているとして、ルイスは狸寝入り、絶対聞いてるわ、これ!
私の挙動不審な動きが、シーオフェリアには不思議なようで、小首を傾げて軽く不思議そうな顔をしていた。
「どうしたの?」
「別に、急に話し掛けてくるから」
「驚かせた?」
「まあ、少し……」
実際かなり驚いた。
ハロルダ王子の方に視線を向けていたシーオフェリアがいきなりこっちに話し掛けてきたのだから、誰だって一瞬驚くだろう。
「あーごめんね! なんかすっごく静かだったから、この重い空気を打破しようと思って話し掛けたのだよ!」
さっきまでハロルダ王子の方を見ながら重い空気を放っていたのは、どこの誰だったか……それも忘れさせるくらいに元気はつらつなシーオフェリアに私はため息をついた。
「それで、何を話すの?」
「あー、それ考えてなかった……恋バナ、とか?」
考えなしに話し掛けたようで、出てきた案が恋バナという、女神には縁遠いものだった。
恋バナ、恋バナね……。
シーオフェリアとそんな話をしたならば、バルギアに関する愚痴を聞かされ、「そっちはどうなのか?」という食い付き気味の質問責め。最終的に「サーちゃんは、誰とも結ばれないでー!」って、姉バカ全開で抱きついてくるのが落ちなのよね。
そうこう考えている内に、不意に馬車が動きを緩めた。
「リア姉、その話は後にした方が良さそうね」
「ええ、少し外を見てくるわ」
そう短く言うと、シーオフェリアは、外に飛び出して、それを見計らったかのようにルイスは狸寝入りから起き上がってきた。
「サシャ、何かあったのか?」
「さあ、今リア姉が確認に出てる」
「そっか、ん?」
ルイスが疑問符を浮かべ、その目線は真っ直ぐにハロルダ王子の方へと向いていた。
「あの王子、何かあったのか?」
「特には」
「その割にやつれてないか?」
確かに、言われてみればそう見えなくもない。
そして、心当たりがないこともない。
「ルイスが寝たふりをした後も、ずっとリア姉に睨まれていたからかも」
まあ、それ以外に理由が見当たらないし、私の出したこの答えはきっと正解だろう。ハロルダ王子は未だ微動だにしていないのに、私のそれに頷いたように見えた。
「まじ?」
ルイスが私とハロルダ王子の顔を見比べながらそう最終確認を求めてきた。
「ええ、本気と書いてまじと読むくらいに……まじよ」
まるでハロルダ王子を屍を見るかの如くに苦笑いを浮かべながら、ルイスは目を細めた。
「うわぁ……あの明るい性格の女神様に睨まれるって……俺でも気が滅入るよ」
「同感だわ」
まあ、シスコン拗らせたあの姉だし、私関係で彼を牽制していたのだろうけど……。そして、原因は、魔神バルギア。たく、全部あいつのせいじゃない! 出会い頭にお灸据えないと気が済まない。
シーオフェリアは、今まだバルギアのこと引きずってそうだし、この先どんなことがあるのだろう?
果たして、シーオフェリアに春は到来するのだろうか?
「サーちゃん! 道の先に熊が居るわ!!」
馬車の中にも響くくらいにシーオフェリアの張り詰めた声が聞こえてきた。
無駄に姉の将来を心配していたが、どうやら春が訪れる前に獣が訪れたようだ。ああ、春が遠いわね……。
「今行くわ!」
兎に角、下手に被害が大きくならないように、私も向かうことにした。
「いってら」
「ええ、行ってくる」
ルイスに見送られ、私はシーオフェリアの下へと向かった。
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「ねえ……」
「何?」
シーオフェリアの静かな問い掛けに、私も端的に返す。
「サーちゃんって、そういう系の女神だった?」
そういう系の女神って、女神になんとか系とかってあった? って聞き返したくなるのを堪え、私は視線を元の場所へと引き戻した。
「クゥン……」
熊が一頭……。
「ねえ、サーちゃんってそういう動物が趣味なの?」
「そんな訳ないでしょ。なんて誤解してるのよ」
熊は私の前にひれ伏して、無抵抗のままに頭を垂れていた。
私にもどうしてこうなったのか分からない。別に獣を使役しようとかそんなこと考えていないし、そんな魔法使ってもない。
仮に使ったとしても、こんな牙がゴリゴリに生えた殺人兵器みたいなのを使役したいとか思わない。私としては、人懐っこい小動物とかが好きなのだ。
「クゥン……」
……人懐っこいという点は、合格点かも。
「これどうするの? 完全にサーちゃんのこと主人だとか思ってるやつよ」
さて、シーオフェリアの言う通り、完全に私に下っているような仕草を取っているこの熊。
「……ど、どうすれば良いかしら?」
「飼えば?」
「え?」
一瞬何を言われているのか理解できなかった。
「リア姉、今なんて言った? もう一回」
「だから、飼えば良いじゃないって言ったの。もうすぐ魔神バルギアと戦うんだから、ペット飼える機会とかこれっきりかもよ?」
まあ、言っていることは間違っていないけど、熊って……ねえ?
ちょっとだけ熊に視線を向けると、その恐ろしい姿からは想像の出来ないほどうるうるした瞳で見つめてくる。
「クゥン……バゥ?」
「ほら! こんなにサーちゃん大好きな子なのに、連れてかないなんて可哀想よ!」
シーオフェリアの推しと熊のつぶらな瞳に私は根負けした。
「分かったわよ……連れてく」
ただ、勘違いしないで欲しい。
私は決して、そういう大型の猛獣を使役して、にやにや喜ぶような趣味があるわけではないということを……。




