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61 王国までの道中8

「どうして……?」

 私がハロルダ王子の申し出を断ったとき、彼が最初に発した言葉だ。


 暗がりに焚き火が一つしかないせいなのか、ハロルダ王子の顔は、明るい部分と暗い影の差している部分がより際立ち、その顔はなんとも悲しそうなものだった。


 彼が「どうして……?」と言葉を発してからも暫く、私は沈黙を貫いていた。


 ハロルダ王子のその言葉には、恐らく期待が裏切られたという意味合いがあるのだろう。じゃなきゃ私に再度の婚約を申し出ようとした時、あそこまで自信たっぷりな顔をするはずがない。


 王子だから、相手は当然了承するだろう。そんな考えが彼にはあったのだと感じられる。


 そして、その疑問は私にもあった。

 別に彼のことは、特別嫌いな訳ではない。彼は馬鹿だけど、王子であり、権力も地位も名誉もある。婚約を申請されたら、普通はどの女性も快く受けることだろう。


 でも、私は反射的にその申し出を断ったのだ。


 別に受けても構わない。なのに断った。どういう意味があるのか……王子を恨んでいる、という感情は微粒子レベルにしか存在していない。


 でも、きっと……。

「私は、今の生活が楽しいのよね……きっと」


 つい口から出た言葉は、恐らく私の本心。彼は驚いたような顔をして、立ち尽くし、私も私で自身の言葉に耳を疑った。


「楽しいのか、今の生活が? 貴族の頃みたいに贅沢は出来ないだろ?」

「……そう、確かに貴族だったあの頃とは生活が一変して大変だけど……でも、代わりに得たものもあるんですよ」


 ルイス、ミーナちゃん、新しい出会いがたくさんあった。ギルドの受付嬢の子とも仕事以外で話したりするようになって、冒険者の面々とも挨拶などを交わすようになった。


 貴族の頃は、体裁だの家名がどうだの会話での駆け引きだのと気が休まらない対人関係がほとんどだった。そんな上辺だけの薄っぺらい関係を全て捨て去り、私は手に入れた。


 信頼できる人たちとの友好な関係を。


「私は、この短い期間に色々なことを体験して、色々と発見して、そして、今の生活にも慣れて……ハロルダ王子に対しての私の心は既にないのだと思います」

「そうか……」


 我ながら随分と酷いことを言った。


「でも、ちゃんと……王国は救いますから」

「ああ、感謝する。……あの時、サシャを信じていれば、こんなことになってなかったのかな?」


 私の横に腰を下ろして、そんなことを問いかけてくる。


「それは、分かりません。そんなことを議論しても、意味のないことですし」

「それもそうか……」


 ズリリとハロルダ王子がお尻を動かして、少し私との距離を縮めようとしてきた。


「……あの、王子?」

「今からでも……その、やり直す余地はないか? 少しでもあるなら……どうだろう?」

 

 ハロルダ王子の表情は真剣そのもので、思わず後退りをした。


「それは……ちょっと、まだそういう気分じゃ……」


 これ以上は、ちょっと危険を感じ、早々に立ち上がろうとするが、それをハロルダ王子に手を掴まれて断念した。


「頼む……俺には、君しかいない」


 ぞくりと寒気が走る。ハロルダ王子から触れられて、こんな感覚になったのは初めてだ。

 それに手を掴む力が強く、振り解きたいのだが、力加減が出来るか不安になり、それも躊躇われる。


「あらあら、随分と馴れ馴れしいのねぇ? ……サーちゃんに気軽に触れて良いって言ったっけ?」


 体の芯から冷えてしまいそうなくらいに低い声が頭上から聞こえてくる。

 頭上からの声、そしてこの口調……一発で理解できる。

 シーオフェリアが戻ってきたのだと。


「オフェリア……さん」

「そうそう、そのオフェリアさんよ。……そんなことより、これは何?」

「こ、これは……」

「言ったわよね? 王国を救ったらサーちゃんとの関係は切るって。それなのにこうやって関係を無理矢理繋ごうとしてるの? ねぇ、どういうことかしらぁ?」


 私のハロルダ王子に掴まれた手を見てシーオフェリアはハロルダ王子を睨みつける。

 久々にシーオフェリアがこんなに怒ったところを見た気がする。


「リア姉、ちょっと、こっち!」

「へ? あっ、そんなに引っ張らなくても……」


 なんかこのままだと、ハロルダ王子が殺されちゃいそうなので、一先ずシーオフェリアのことを連れて、馬車のある方向へと足早に戻った。


「…………」


 勿論、ハロルダ王子は放置である。


 馬車ではルイスとミーナちゃんがぐっすりなので、取り敢えず馬車の裏側で事情聴取を始めることにした。


「それで? リア姉はなんであんなに怒っていたの?」

「サーちゃんを愛してるから?」

「なんで疑問形なのよ……」


 おでこに手を当てておどけているシーオフェリアは、さっきまで怒っていたのを忘れさせる位にほんわかしていた。


「もう、サーちゃんが絡まれてたから、助けてあげたのよ」

「そ、ありがとう」

「反応が冷たい!?」


 がっかりとしたようなポーズをとりながら、シーオフェリアは「ああ、あとね」と、とあるものを懐から取り出して見せてきた。

 何かのマークが写されたカードのようなものだ。


「これは?」

「襲ってきたあいつらを共和国に連行させたけど、取り調べと身体検査でこれが見つかったらしいのよね」


 この、マーク……見覚えがある。

 

「これ、見覚えがあるわ」

「さっすがサーちゃん。これは帝国の上層部の人間が持っている身分証みたいなものよ」

「なら、帝国が関与しているの?」


 シーオフェリアは、少し考え込んだような素振りを見せ、やがてゆっくりと首を縦に振った。


「帝国が関与しているのは、間違いない」

「そう……」

「そして、帝国が信仰している神といえば、あの魔神しかいないわ」

「ええ」


 帝国が信仰しているのは魔神。

 そして、その魔神は大抵知れ渡っている。


「「悪の魔神バルギア」」


 悪の魔神バルギア。シーオフェリアと対になっている魔神であり、シーオフェリアが好きだった魔神でもあった。




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