6 同族と遭遇
目が覚めた私の目に最初に入ってきた物は、真っ青な澄んだ色の大空だった。
むくりと体を起き上がらせると、既に日は高く昇り、小鳥の囀ずりがそこかしこから聴こえてくる。
そのまま立とうとしたが、体に鈍い痛みが走った。
「痛っつ……」
寝違えたことによっての痛みだった。
私は女神の中でも一番寝相の悪い方の女神。女神は他に四人いるがその中で断トツで悪かった。
「はぁ、痛い。それに張っていた護りも消えているわね。下手くそ過ぎて、呆れちゃうわ……」
昨日の夕方に張った筈のバリアは消えており、変わりに眩しい直射日光が顔に照りつける。
少し顔をしかめて、辺りを見回す。
特に変化なし、平穏そのもの。なんなら猛獣の『も』の字さえ感じられないほどにその森は緩やかな雰囲気だった。
それに、昨日も森が静かだったお陰で、よく眠ることが出来た。
「さて、寝過ぎたし、そろそろ出発しようかしらね」
付近に軽く広げていた荷物を纏め上げ、それが終わると痛みを庇いながら立ち上がる。腰に手を当てながらふらりふらりと。
そのまま移動をしようとはせずにゆっくり上体を反らす。ふと一点、一本の木の方へと目線が向いた。
……ん?
なんだか生き物の気配がする。
そうして半歩、慎重な顔つきでその木に近付く。もしかしたら昨日の熊かもしれないし、それなら尚更危ないから、何が居るのかをはっきりとしたかった。
「そこに居るのは誰かしら?」
「…………」
余裕綽々のサシャの問い掛けには、不思議と冷たい声という印象が受けられる。それは、彼女の微笑みからは想像できない位に低いもの。
その彼女の問いかけに返事は無く、代わりに一人の男が顔をひょっこりと木の脇から覗かせた。サシャはその男を確認すると、警戒をしながらも、彼に聞く。
「貴方は誰?」
「なんであんたはこんな森の奥に居るんだ?」
「質問を質問で返すのには感心しないわね」
サシャに言いくるめられたその男性は面食らったように、目を逸らす。そうして、決まりが悪いといった感じの顔になった男は渋々語り始めた。
「俺は……家を追い出されたんだよ。哀れだろ、馬鹿にしても構わないさ」
開き直った感じに無理に明るい声量で語ったその言葉には、自尊心の欠片も無かった。
自分を悲観し、置かれた現状を受け止めている。そのように見えた。
「安心なさい、私も追い出された身だから。馬鹿になんてしないわ」
そう、彼は私と同じ。
傷の舐め合いでは無いけれど、彼だけが哀れな訳ではない。それは私もそうだから──。
彼からの返事は無く、代わりに無言で頷いていた。
「貴方、服がボロボロね」
「あんただってそのドレス。所々擦り切れてるじゃないか」
「中々失礼ね貴方」
「君だってそうだよ」
ふっ、と男の顔にも私の顔にも笑みが溢れた。
久しぶりに笑ったような気がする。
以前に笑顔をしたのはいつ以来だろうか?確かあれはハロルダ王子と──。
「ねえ、ちょっと? ボーッとしてるけど?」
「ああ、ごめんなさい。少し惚けていたわ」
思い更けていると、声をかけられ我に帰る。
そして、木の影から男はひょっこりと全身を出す。
私は、視線を下から上へとスクロールさせる。
黒髪に深緑の瞳、どこか以前に私が恋をしていた神の姿を彷彿とさせる。髭面ばかりの男が沢山居るようなこの世界には珍しい整った肌にかなり鍛えているだろう肉体。
そんな彼の第一印象は──。
「中々良い顔ね。王都ならきっと、かなりモテるわよ」
「はぁ、いきなりその外見的評価を突き付けるとか、デリシカシーの欠片も無いね」
男は呆れたようにため息を溢しながら、頭を掻いたのだった。
いや、第一印象なんてそんなもんだわ!
「安心なさい。別に私の好みじゃないから」
「それも聞いてない、ていうか失礼だし!」
指をこっちに突きつけながら、突っ込んでくる。
別に本当に好みでは無かった。あの王都の守神的な存在になるまで恋をしていた神様に似ていたから好き! なんてことは全く無い。
それに、指を人に指しちゃいけないって教わらなかったのかしら? どうなのよ? なんてことを思い浮かべながら彼を見ていると、彼は目を少し細めて、やがて驚いたように数センチほど飛び上がった。
「あの、もしかして公爵家のサシャお嬢様?」
突然敬語になったことに言及したいことは色々あるけど、まぁ、答えましょうか。
すうっ、と彼にも仄かに聞こえるくらいに息を吸い込む。
「そうよ、私が公爵家の一人娘!サシャ・フリーク! ……だった者よ」
「あっ、やっぱり過去形なんだ、へー……。勘当か?」
途中までは歓声を上げそうな位に口をぱっくりと開けていたが、最後の私の発言によって、綺麗にずっこけた。
しかも、最後のは失礼だ。いや、間違ってはいないけど、それにしたって少しは謹みを持ちなさいよ!
状況はどうであれ、私は都を出てから初めて人と出会った。
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