5 謝罪 ライナ男爵令嬢視点
私はライナ。クルル男爵家の令嬢。
先日私は王子にあることを伝えた。
公爵家の令嬢サシャ・フリークに嫌がらせを受けたと、そう伝えた。
でも、これは真っ赤な嘘。
本当は彼女が邪魔だったから、王子から離れて欲しかったから嘘をついた。
そう、私は王子に恋をしていた──。
それは酔いしれる位に酔狂したもの。恐ろしいくらいにおぞましい感情を沸き出させる何か。
彼女のことは、サシャ公爵令嬢のことは嫌いではない。
私が貴族の世界に馴染めていないときに、最初に話し掛けてきてくれたし、困った時には必ず手を差し伸べてくれた。それが私にとって、当時どれほど嬉しかったか……きっと彼女にも分からないくらい。そして、今の私にも分からないくらい……。
──彼女はどんなときでも正しい行動を取っていた。
それでも……それでも私は王子に恋をしてしまった。
サシャ公爵令嬢がハロルダ王子と一緒に歩いているのを見て、最初は羨ましいなんて思っていたが、次第にその感情は強くなり、少しでも近づきたい。触れたい。貴方に好かれたい。
──愛されたい。
友人と想いを寄せる人、どちらを取るかという選択で、私は結局彼女を切り捨てた。
それは自分の幸せの為のことで、自己中心的な行いだったと思う。今では確信している。それが間違いだったと、私の過ちだったと。
私は彼女を王子から遠ざける為に嫌がらせを受けたという捏造の事実を作り出し、挙げ句の果てに偽の証人さえ用意して、彼女を陥れた。巧妙な、まるで詐欺師のようなことを。
最低な手口だった。
自分の醜さがよく分かった。
それなのに彼女は、私の言った嘘を否定すること無く受け入れた。受け入れられる筈なんて無いのにも関わらず。それが私にとっては理解できなかった。
普通は否定するものだと思っている私だからそう感じた。
「お前との婚約を破棄する!」
ハロルダ王子の彼女に対する宣言を私は物影から聞いていた。
ハロルダ王子の声は何時も皆に会話している時のような熱を帯びてなく、凍りつきそうな位に冷たい声だった。
そうして彼女は「そうですか……」と一言。
まるで何もかもを諦めたような冷めた声に聞こえて背筋が冷たくなった。ハロルダ王子の更に上を行く冷たさの声に、私は息を飲んでその場を見守った。
やがて、彼女はハロルダ王子に会釈など、一通りの作法を終えた後にその場を後にした。
それから私は、彼女が公爵家を勘当になり、姿を消したという噂を耳にした。両親がそのような話をしていたのを聴いたのだった。
その時初めて、一人の女性の人生を壊してしまったことを後悔した。私の我儘に振り回されて、彼女なら反論して、私のしでかしたことを無いものにしてしまうと思っていた。
でも、そんなことは無く、無抵抗のままだった。
彼女に謝罪したい、私はその事で頭が一杯になり、色々な人に彼女の居場所を聞いて回った。
でも、彼女がその後どこに居るのかは分からなかった。
完全に消息を絶ったからだ……。
その日はただ自分を責め続けた。自分が嫌いになり、荒んだ心は悪辣なあのときの行いに蝕まれ続けた。それだけならまだ良かったのだ。
全てがおかしくなったのは翌日から。
突如として、私の屋敷を含めた多くの建物が大火災に見舞われた。
屋敷の使用人、都の女性、子供、老人、それらの人は悲鳴を上げながら息絶えていく。
足がすくんでその場にへたり込むと、同時に非力な自分に気が付く。何も出来ない自分が酷く醜く見え、彼女なら迷わず助けに行くだろうと勝手なことを考えた。
心の中で散々彼女に懺悔の言葉を並べていた。
ごめんなさい、ごめんなさい──と。
しかしそれだけに収まらずに立て続けに不幸は訪れた。
突如、横にいた使用人が苦しみ、倒れ、そのまま口から泡を吹いて動かなくなった。
他の使用人によると、心臓発作だという。
その人の体温は無くなり、体は既に冷たくなっていた。
そうかと思えば、今度は空から花瓶が降ってきた。
建物から誤って落ちてきたものだという。私はそれに気が付かなかったが、私を庇った別の使用人が頭にそれを直撃させて、大怪我を負った。
屋敷だけでなく、都の道端でさえこのような怪奇な出来事が続く。
流石に怖くなった。こんなにも不幸が続く筈がない!
彼女のことが思い浮かぶ……もしかしたら、あのときのショックで自害したのかとそんな考えが頭の中でぐるりと巡る。
そうして私を恨んで、私に怨念を向けているのではないか?
考えれば考えるほど、そうなんじゃないかと感じてくる。
だとすれば、私に対処出来ることなど何も無い。
私はこのまま彼女に恨まれながら、消えてゆくのでは無いのだろうか?
彼女に対して、私は今更だが言わなければならない。
「ご……ん……なさい……」
鼻声混じりのその声は、所々聞き取れないほどに掠れていた。
彼女はそれから涙を流しながら、その場に踞る。
使用人は彼女の行動の意味が分からないままに、背中を擦りながら慰め続けていた。
「ごめん……なさい……」
ライナの発言は彼女に向けての謝罪なのか、あるいは彼女に向けての命乞いなのか、そのどちらかということは、先日の出来事を知っている者にとっては明白であった。
少なくとも、あの出来事の当事者は、誰一人としてこの場には居なかったが──。
ライナ男爵令嬢
ハロルダ王子に虚偽の報告をして、サシャを追い出した張本人。
サシャのことは嫌いでなく、むしろ慕っていたのだが、ハロルダ王子に恋をしてしまい、邪魔になったからと彼女を悪役令嬢に仕立て上げた。
面白い、続きが気になるって思って頂けたら、ブクマ、評価、感想などの応援をよろしくお願いします。