39 ルイスの想い2 ルイス視点
一週間、一週間歩いた。その道中はそこまで危ない地ではない。
しかし、どうにも不幸なことが相次いでいる気がする。
『……! 隠れろ!』
先ず、普通に森を歩いていれば、出くわさないであろう獣に、やたらと遭遇する。勿論気づかれないようにかわしながら来ているのだが、不自然だと感じた。
『なんとか……行ったみたいだな……』
明らかに遭遇する確率が改変されている気がするのだ。
それに関しては、父や母、妹までもが同じように考えていて、まるで呪われているかのように感じられた。
『なぁ、ここまで獣たちに襲われるなんて可笑しい。何らかの理由があるかもしれん』
『確かにそうだと思う。けど……』
父がそう言う、俺もそう思う、だが、俺には身に覚えが無い。
特に獣が好きそうな匂いを彷彿とさせる食べ物などは持ってきていない。狙われるような派手な服でも無いし、そもそもここら辺は人間がよく出入りしている地帯のため、動物とかはあまり生息していないような場所、この疑問は晴れない。
しかし、そのようなことを悩んでいたところで、俺達の一家がやることは変わらないのである。
王国へ逃れること。
それが生きるために出来ること。
村で起こった出来事を報告して、助けを求めること。
しかし、ここまで来るまでに屠相当な体力を消耗した。格闘したり、全力疾走したり、崖を下ったり、川を横切ったり。
そんなことを続けていれば、疲れてくるのは当然で、妹は既にダウン、疲れて眠っている。
『……ねえ、あとどのくらい歩くの?』
道程は遠く、疲れが感じられる声が母から溢れる。
俺もそれは聞きたいので、目線を父に向ける。
『……やたらと獣が姿現すし、出来れば襲われにくい立地までは歩きたい。そうなると、取り敢えずあと一時間は掛かる』
『そう、あと一時間ね』
安堵したように母は答える。
ここまでほとんど休みなしで、妹をおぶってここまで歩いている父も大したものだが、母も女性ながら凄い。
俺でさえもへとへとなのに、時々気遣うように後ろを振り向く。それはとても嬉しかった。
──だが、そんなこんなで頑張ってここまで来たのに、俺は凄く嫌な気配を感じた。
王国に近付くにつれて感じる……漂ってくる不思議な匂いを持った気配……。
毒々しい異臭が鼻を突く。
忘れかけていた、それは俺でさえも使うことが出来た呪いの香り。
──かつてこの地を死地に至らしめたあの香りと同じもの。
王国に掛けられた破滅の呪いというのがある。
ある種、悪魔と呼ばれた神によって掛けられたその呪いは、王国の民を苦しめ、痛め付け、大きな被害を及ぼした。
最終的には、力の女神であるサレーシャによって効果を封じられた。
それと同じものなのだ。
俺は知っている。その呪いの匂いを、雰囲気を、作り方を──。
俺は人間になる前は、魔神ルイヴィースだったから。
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滑稽な話だ。
力の魔神として、当時は魔神のなかでも戦闘に特化していた俺は、思い上がって王国に呪いを掛けた。
そうすれば、魔神と相対する女神がでしゃばってくる。分かっていた。でも、それでも俺は誰にも負けないと自負していた。
駆け付けた女神サレーシャと目線が交差した時、それまでの自信が少し欠け落ちた。何故なら、今まで戦ったことの無いくらいに、その彼女が強いと一目で理解できてしまったから。
それでも、俺はその時にはかなり仕出かしていた。だから後にはもう退けない。
彼女とぶつかり合う。
壮絶な戦いが空を分けて繰り広げられた。
その結果、あっさり負けた……。
圧倒的な魔力、物理的な戦闘力も、力だけでは遠く及ばない程に卓越していて、正直一方的に蹂躙された。
感じたことの無いくらいに、重い拳は、防ごうとも防げなかった。突き刺さるようにまともに喰らって、叩き落とされた。
『ねぇ、どうしてこんなことをしたの?』
彼女から戦いの後に掛けられた最初の言葉。
至極鮮明に思い出すことが出来る。
普通なら、こんな酷い所業をした者に対して、そんな惚けた感じで不思議そうに尋ねるだろうか? 手を差し伸べて、
『立ちなさい』
こんな優しげな言葉を掛けるだろうか?
普通ならあり得ない、普通なら、だ。
しかし、彼女は普通ではなかった。だから俺も馬鹿正直に話をしてしまったのだろう。
今までは、自分が一番で、他は全て自分よりも弱いと思い込んでいたこと。
それで、ほんの悪戯半分で、この王国に呪いを掛けて、人間を困らせてやろうとしたこと。
女神を彼らの目の前で打ち倒して、絶望でも与えてやろうと考えていたこと。
全てを聞き終えた時の彼女の言葉は先程の言葉よりも心に焼き付いている。いや、あり得なすぎて忘れられないのだ。
『へー、私も同じだわ』
いや、そこは普通同意しないじゃん!
突っ込んでしまいそうになる。
目線でそう訴え掛けても、
『いや、別に人を困らせたりすることが同じってことではなくって、単に私が一番強いのかな~、なんて考えたりする部分よ』
なんて言い出す始末。
いや、女神のお前が破壊とか好きだったら世界の秩序とかバランスが崩壊するから!
『でもね……』
しかし、彼女は気を取り直したように声色を変化させる。思わず背筋を伸ばした。
『でも、こういうのは、やっぱり良くないわ。貴方の考えていることは共感できるし、人間は弱い……でも、それを理由にして彼らを蔑ろにして良いなんてことはないわ』
『…………』
可笑しな彼女だが、曲がりなりにも女神なのだ。
『だから、もうこんなことをしないでほしい。私が戦ったなかで貴方が一番強かったからこそ、尚更ね』
『……一番、強かった? 負けたのに?』
思わず聞き返してしまった。
あんなにも軽く捻られたのに、それで今まで戦ったなかで一番が俺だなんて、こいつは強すぎるのではと改めて思う。
『ええ、貴方が今までで一番よ。後にも先にも、多分そう。その貴方との綺麗な戦いを汚さないでほしい。貴方は強いけど、もっと謙虚になってほしい。自分が一番だなんて、そんなのはあり得ないから……貴方も、私も……』
最後に聞いたその弱々しくも酷く心に響いた言葉は、俺が人間へと飛ばされる前に聞いたもので、色々と考えさせられた。
彼女が手をこちらに翳したとき、俺の視界は真っ白な眩しい何かに覆われた。
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こうして、俺は人間への転生をした。
勿論魔神としての能力なんて失っていて、非力な人間としてだが、それでも悪い気はしなかった。
その魔神の頃を忘れて、あのときの愚かな行いの時の呪いが鼻に附いたとき、それを思い出したのだ。
人間になって初めて実感できた。
これは物凄く醜悪なものである、と。




