3 また一歩
王国の都から歩き続けて、どのくらい経ったのだろう?
何時間か……それすらも覚えていないほどに私は無心であるいていたのだ。
都は既に点のように見える位に遠い位置に居る。かなりの距離を歩いたことによって、足が筋肉痛になった。
幸いなのか分からないが、身一つで放り出されたお陰か、荷物などは殆ど無く、歩いての移動には然程苦労はしなかった。
食糧や水などの問題は、都を抜けて暫くのところから大森林がここまで続いており、豊富に木の実や水源があった為にその辺のことに困ることは無かった。
とはいえ、一人でこのような都の外に出たのは女神としてあの国に居座る前以来なので、およそ六百年ぶり位だろうか?
そういうことなので、箱入り娘のように慎ましやかに生きてきた私だから、今、目の前に立ちはだかっている野生の熊に対してもちゃんとした対処できるかが未知数なのだ。
「面倒なことになったわね」
「グルルルルルッ」
前方にはそれはそれは大きな熊が、鋭い爪が生えた手を左右に広げて今にも襲いかかって来そうな勢いで鈍い鳴き声を響かせていた。
「グァァァッ!!」
しかも、避けることの出来なさそうな一本道。背中を見せればきっと鋭い爪を振りかざしてくる。立ち向かってもまた同じ。
それらの理由からこのような硬直状態が出来上がり、不用意に動けなくなった。
「あまり、手荒な真似はしたく無いのだけど」
私の声に反応するようにして、熊のほうも唸り声を出す。
その野性的な声には反応せず深く息を吐き出し、目線をその熊に合わせる。
三メートルを優に越える巨大な熊はそれを皮切りにして、屈強な腕を振りかぶる。
攻撃魔法だなんて久しぶりだわ。
上手く扱えるかしら?心配ね。
「えっと……つむじ風」
ヒュゴオォォォォゥッ!!!!!
ブシャッ──!
「キグャァッ!?」
呟くように発した言葉とは裏腹に、唐突に暴風が出現し、熊の振りかざした腕がサシャの元に到達する前に紙のように吹き飛んだ。
「ギヤァァァオゥンッ!!」
それと同時に、痛みに蝕まれた熊はのたうち回り、サシャはその間にするりと熊をかわして先に進んだ。熊の腕からは蛇口から出される水のように血がドバドバと放出されていた。
はぁぁ、やっぱり制御が出来なくなっているわね。
感覚が鈍っているから、これから少しずつ直していきましょうか。あまりやり過ぎても後処理とか大変だし。
何はともあれ、これで目先の壁は突破かしらね。
熊には目もくれず、軽く腕組みをしながら数歩、歩みを進めた。
「グッッ……ギャッグッ……」
彼女の後ろには、さっきまで動いていた熊がビクビクと痙攣しながら虚ろな目で地面をひたすらに見詰めていた。
それを察したかのようにサシャは唐突に立ち止まり、軽く振り向く。
「…………」
少しばかり可哀相かしら? 仕方がないわ、今回だけ……特別ね。
「えっと……ハイヒール、スリープ」
「グッグギャ!?」
彼女が流れるように続けた二つの単語を言い終わると、先程まで死にかけていた熊が薄緑の光に包まれ、無くなっていた腕が植物のように生え、そして最後は動かなくなった。
「……ガゥ──」
「この貸しを忘れないでね、熊さん。何時か返して貰うわよ」
寝息を立てた熊に、一言。
それだけを呟くと、再び熊に背を向けて道の先へと歩き出す。
危ない! 無闇な殺傷して、あの子を怒らせるとこだったわ。正義がなんだって煩いのよね。
歩く速度は一定で型も綺麗。
普通に彼女を見れば見惚れてしまう。でも、後方に広がる不自然な木々の破壊跡、熊の腕が転げ落ちている道端、爆睡中の巨大な熊。
全てが彼女の力の凄さを物語っていた。
そしてまた一歩、都から彼女は離れる。
彼女が離れていく度に、都では感染症、暴動、地震、火災、竜巻等の不運なことが増えていた。
しかし、彼女はそこまで酷い惨状になっているなんて知る由もない。
「さて、どこまで歩こうかしらね──」
後ろを振り返らない迷いなき足取り。淑女の振る舞いはまだ健在だった。しかし、敢えて今、欠点を上げるのであれば──。
「はぁ……見返りがあれば良いのだけど」
打算的なところだろう。
サシャ
魔力を加減出来なくて、ポンコツ丸出しになる。
巨大熊
サシャに襲いかかるが返り討ちに遭う。
その後、治療をしてくれたサシャには、獲物から恩人として意識を変えた。
一応理性があり、頭はかなり良い方。
面白い、続きが気になるって思って頂けたら、ブクマ、評価、感想などの応援をよろしくお願いします。