2 罪と後悔 ハロルダ王子視点
俺はハロルダ・スケット。
その名の通り、このスケット王国の次期国王候補の一人で第一王子でもある。
候補の中で最も有力と言われている俺には、一人の婚約者がいた。名をサシャ・フリーク公爵令嬢という。
昨日、その婚約者であるサシャ・フリークとの婚約破棄を行った。
理由としては、彼女が他の貴族令嬢に対して、嫌がらせを行ったからだ。彼女は公爵令嬢なので、他の貴族よりも位が高い。
俺は彼女がそのようなことをしたところを見たことは無かったし、そんなようなことをするような人間ではないと思っていた。
だが、そのような訴えがとある令嬢からあったのだ。
──その訴えをしてきた令嬢の名はライナ男爵令嬢。
我が婚約者は、そのような事をしたという噂を聞かないような女性であったが、気が弱く、いかにも標的にされそうな彼女の言葉は、どこか信憑性があり、俺はその言葉を丸々信じることにした。
俺は、サシャ・フリークのことをあまり好きでは無かった。生真面目で、執務では何時も俺に対して一々指摘をしてくる彼女は鬱陶しかったのだ。
──その為いい機会だと、俺にはそう感じられてならなかった。
婚約破棄の旨とその理由を彼女に伝えると、否定も肯定もせずに冷めたような顔をしながら、「そうですか……」と一言。
そそくさと事務的に綺麗な作法を黙々とこなし、その場を去っていった。あのときの彼女は、いつも以上に冷静な面持ちだと感じた。
その後、彼女の姿を全くと言って良い程に見なくなった──。本当に見かけないし、噂すら聴こえてこない。
不自然な位に……まるでスッと消えてしまったかのように……。
ほんの少しだけ気になり、フリーク公爵に対してどうしたのかと質問を投げ掛けると、申し訳なさそうに苦々しい表情をしながら「本日、家名を傷付ける恐れがあるため、勘当に致しました」と、そう答えたのだ。
家を勘当された彼女は何処に行ったのか、それは分からないらしい。
別に家を勘当だなんて、なんら不思議なことでは無い。
貴族の家では、失態を犯せばどのような形であろうとも罰が与えられる。無論王族も例外で無い。彼女は婚約破棄をされるような失態をさらしたのだから、公爵家としても彼女の株は下がったはず。
ただ、少し早いような気もした。昨日の今日でそこまでやるのかと……。しかも、婚約破棄されただけならば、修道院に送るだとか、それこそ新たな婚約者を見繕えばいい話だ。
しかし、そうなのかと違和感を覚えながらも納得して、その後は特に深くは考えないようにしていた。
──彼女のことを再び考え出したのは、彼女が勘当されたその日の次の日の朝だった。
「王子、大変です! 都で大火災が発生しました!」そう、使用人が血相を変報告をしてきた。
大火災が起きるのは珍しいこと。しかし、起きるときは起きるのだろう。そのように仕方がないと、その時考えた。どのような不幸も、生きていれば必ず起こるものだと。
「王子、大変です! 町で反王政派の者達が大々的な暴動を起こしました!」
またか、さっきの火災から一時間も経っていない。しかも、大火災がまだ収まっていないにも関わらず、暴動だなんて、一体何を考えているのだろうか?
火災に暴動ということは、クーデターでも起きたのか?
そう思考を回していると、今度は物理的に災いを肌で感じることとなった。
大地震をこの身で感じたのだ……。
突然地面がぐらぐらと揺れだし、立つことさえもままならない。こんなに立て続けに色々起こるなんて……本当に偶然なのか?
自然災害に入るこれは、間違いなく人為的なものではない。
今までの暴動や火災などとは違う絶対に人の手が掛かっていない災い。
更に、一旦は出ていった従者が数時間しか経たないのに、駆け足で再び戻ってくる。
「王子! 用水路の水の水位が減少して……それから、相次いで、貴族の方々が大怪我をしたと……それから、地震の影響で商業、工業、農業、などに大打撃が……」
恐らく、地震や火災などの連鎖的悪影響だ。
可笑しい、なぜこんなにも立て続けに……不幸が続いてしまった。そのように捉えれば、それで済んでしまうのだが、絶対に何かあると俺は感じた。
──そういえば、このようなこと……遠い昔もあったと聞いたことが。確か魔神の呪い……。
ここから、私はふと僅かに疑問を持った。
そういえば、彼女が、サシャがいた頃にはこのような大々的な大事は起こったことが無いんじゃないか?
いや、これは偶然? それとも必然か?
「王子! 各地で疫病が──」
またか! 今度は別の従者が息を切らしながら入ってきた。
これはただの考えすぎだと自身に言い聞かせるが、彼女が去ってからいきなりこのようなことが頻発している。だが……だが……おかしいではないか!
「王子、大変です! リリアン王妃の容態が──」
「……そうか」
この時に俺はようやく確信した。
これは偶然ではないと。
リリアンとは俺の母、つい昨日から軽く咳き込んで寝込んでいた。だが、そこまで重い病気ではなく、ただの風邪程度のものだった。
それが急に危険な状態になる訳がなかった。
「王子……今すぐいらしてくれますか?」
使用人からの報告は、容態が急変して、高熱を出して弱っているということだった。例の疫病に感染したという話もちらほら聴こえてくる。
「分かった、行こう」
「……こちらです」
確実に彼女が居なくなったことが原因、それしか考えられなくなった。
女神の生まれ変わり……限定された家系のしかも女性に限って女神の命が宿る可能性がある──。それがサシャである可能性もあった。
「母、上……」
……ひょっとしたら俺は、選択を誤ったのかも知れない。
もしかしたら彼女は、この国に必要な人物だったのかも知れない。
何度そんなことを思案したところで、どうにも出来ないのが現状である。
今は嘆くよりも、どうにかするのが大切。
彼女を見つけ出して、この真相を確かめる。
もしかしたら、勘違いかも知れないが、それでも聞いておきたい。
「もしや貴女様は女神、サレーシャなのか」と。
この国に伝わる伝説のようなものを俺が僅かに信じた瞬間だった。
かつて、とある悪魔によって呪われてしまったこの国に手を差し伸べたひとりの女神、それがサレーシャ。
彼女は呪いを解こうとしたが、解くことは叶わずに、その代わりに必要とされる限りこの国に訪れる天災を全て防ごうと、そう言った。
そして、人間としてこのような国を見守り続けるともいっていたと思う。つまり、人間に転生してこの国を見守るということ。
その伝説があるというのなら、彼女が女神サレーシャという可能性だってあるはず、むしろ彼女がサレーシャだと俺は若干確信めいたものを感じている。
仮にそうだとしたなら、俺の行い、選択、これは間違いだったのだろうか? 女神が悪事を働くはずがないから。
誰か教えてほしい。そして、俺は今回のことが正解なのか不正解なのか、それが知りたい。
だが、彼の自問に答える者は居ない。
自問しようが、自答が出来ない彼は、王妃リリアンの前にへたりこんで愕然としていた。
なんで、なんでこうなった……?
心の中で念じ続けたそれは、懺悔とも悔恨の念ともとれないような、もっと醜悪なものだった。
ただ、爪が肉に食い込むくらいに強く握りしめた拳が、彼自身の過ちを、その罪の重さを物語っており、彼が抱いた後悔の大きさをまじまじと示していた。
リリアン王妃
王国の王妃。
聡明でとても顔立ちが綺麗な国民に慕われている。
少し前に熱を出して、そのまま寝込むよになった。
女神サレーシャ
力を司る女神。
その力は女神の中でも最強と唱われる。
面白い、続きが気になるって思って頂けたら、ブクマ、評価、感想などの応援をよろしくお願いします。