10 旅の始まり4
着替えを済ませて、特に変なイベントも起きることなく準備が整いつつあった。
よく都で売られている本に載っているような、ついつい私の着替えをルイスが覗いちゃって──なんてイベントは起きることは無かった。そのような展開になれば、私が間違いなく彼を瞬さ……抑えることになる。
私達二人のヒエラルキーはサシャ>ルイスみたいな雰囲気になっており、有能な魔法を使いこなせる私は、彼の中で大切に育てられた世間知らずのお嬢様から、何処でもやっていける女、みたいな評価の上方修正をされた。
逆に私も、彼のことを多少高めに評価している。
少なくとも、王国の王子よりよっぽどこっちの方が印象が良い。
話はちゃんと聞くし、境遇も似ている。それから、王子のような愚かな頭をお持ちでないと私は信じている。いや、信じたい。
無駄話はこのくらいにして、着替えが終わった私達は、次に共和国へのルート確認を行っていた。
元々私はこの森のどこに居るのかということすら分からなかったが、幸いにも、ルイスがこの付近に関する地図を持っていた。
確認してみるとこの森は、目的地のコレット共和国と故郷のスケット王国の間に広がっているという。
だから、このまま王国と真反対に進んで行けば、いずれコレット共和国に到着するらしい。
真っ直ぐ進めば目的地に着けるのだからすることは既に決まっていた。
「ルイス、早くコレット共和国というところに行くわよ」
私の声に不審者を見るような目でこちらに目を向けてくるルイス。失礼な目……。
「随分と張り切ってるなぁ。何かあるのか?」
「あら、私がやる気を出すのは可笑しいかしら?」
「いや、ご令嬢は歩きたくないとか言いそうかなってね」
確かに歩くのは疲れるが、嫌でもないからそんなことを言う筈無い。
「そんなこと言ってられないわ。とにかく行くわよ」
「はいはい、あとそれ逆方向な」
「知ってるわよ!!」
つい怒鳴ってしまったが、ルイスは特に堪えた様子もなくヘラヘラと歩き出す。その後ろを付いていくように私も歩みを進めた。
私達はコレット共和国を目先の目標として、歩き出したのだ。
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木々の隙間から差し込んでくる日が時折目に掛かって眩しく感じる。
すぐに移動し始めたのは、王国の人間が私のことを探していることが分かったからだ。
私の魔法「千里眼」は、ある程度離れたところの風景なども見ることが出来る。
それとなく千里眼を使ったら、王国の鎧を着た騎士達が馬に股がり森や近隣の村などを駆け回っていた。今更気が付いたのだろう。
女神だと勘づかれたから、本格的にあそこには戻れない。
神格化されても息が詰まる。わっしょいわっしょいと持ち上げられても疲れるしね。
それに私は女神だけど、そういうのは面倒だし、第一私は優しくないのだ。万能なユーティリティプレーヤーとは違って、シビアな考え方を持っているのよ。
それから、コレット共和国に向かうに当たって、一つだけ不満がある。
「……もう少しだけ、早く移動出来ないかしら?」
後ろを振り向くと、よろよろ右へ左へ、不安定な足取りのルイスが息を荒げていた。
「はぁ、はぁ、お前……どんな身体能力なんだよ……」
「殿方なら、もう少し早く歩いて下さらない?」
「これは、歩いてるんじゃなくて、全力疾走って言うんだよ……」
「じゃあ、殿方は走れないの?」
「おい、なんでそうなる? それから殿方はやめろ」
私が立ち止まると、ルイスも同時に止まった。
膝に手を置いて呼吸を整える彼の顔は真っ赤に色付いている。
既に満身創痍のようだ。
彼の脈拍が凄いことになっていると悟り、これ以上は無理そうだと理解できた。
無理のし過ぎは良くないと昔から言われている。少しペースも早めで、人間にとってはハードな移動だったかもしれない。仕方なく少し休憩をとることに決めた。
「ほら、あそこで休憩にするわよ。せめてあそこまでは歩いて頂戴」
「お、おーけー。いや、お前が女神に見えてきたよ……」
「……そ」
丁度良いところが視線を流すとあった。倒れた巨木と小さな湖のようなものがあり、彼に手を貸してその付近まで移動する。
「はぁ~、一体何をそんなに急いでるんだよ。国から追われてんのか?」
湖の水を一すくいして喉に流し込み、息が落ち着いたルイスはサシャに対して問い掛けていた。
急ぐ理由が彼には分からなかったからだ。
「そうね、追われているのかもしれない」
そんなことを気が付けは無意識に口にしていた。
「ひょっとして王国から?」
「ええ、多分……」
「何で?」
「知らないわよ」
「ふーん」
これ以上の質問は無意味だと理解したルイスは次の言葉を口にするのを辞めた。
休憩を終え、再び移動を開始しようとする二人。
サシャの希望から素早く移動したいということで、また生成魔法を使い、馬車を作り出した。
「ルイス! これで移動が格段に速くなるわよ!」
大喜びのサシャと無言のルイス。
ルイスは驚いて無言になっていた訳では無く、至極冷静な意見から黙っていた。
──その馬車を引く馬はどうするのかと。
その残酷な事実を今現在、大喜びしている彼女に伝えなくてはいけない彼は、深くため息を吐いた。何故なら彼女が哀れだから。
勿論、把握漏れをしていたので、直ぐに彼女もその事に気が付いて、落ち込んだのだが、女神の精神は伊達ではなかった。
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