009 魔術
水分を大目に摂取するためにスープ系を中心に用意してもらった昼食を済ませて書斎へと戻る。
「それでは午後の授業を始めましょうか」
「よろしくね、オリブル」
「はい。それで魔術に関してなのですが、前提として私は使うことが出来ませんので、そこはご了承ください」
「厨房で魔術使ってなかった? 火もなしにスープがぐつぐつしてたよね」
「あれはメリュジーヌ様が魔術で用意してくださった高温を宿した金属板を使用していたんですよ」
「え、いつ用意してもらったものなの? 昨日今日とかじゃないよね。キッチン周りってかなり年季が入っているように見えたし、定期的に手入れをしているのかしら」
「屋敷を建ててすぐですからかれこれ数十年は経っているのではないでしょうか。メリュジーヌ様が創造されたものは存在値が非常に高いので効果を失うことなく手入れの必要がほぼないんです」
「存在値?」
「では、そこから説明していきましょうか。存在値というのは魔術の持続時間を決定付けるもので、これが低いと魔術は短期間で効力を失って消失してしまうのです。ただ魔力を大量に注ぎ込んで存在値を高くしても効果が複雑であったり大規模な魔術であればあるほど存在値の消耗も激しく、持続時間は短くなってしまいますが」
「ちいさくて特別な効果のないものを出すだけなら数十年単位で維持出来るのね。あとから持続時間を伸ばすことは可能なの?」
「それは可能ですが最初に魔術を行使した人物のみに限定されます」
メリュジーヌが魔術で生成した水を私が消せなかったのもそれが理由だろうと納得する。
「魔術って、どんなものでも作れるの?」
「効果をきちんとイメージ出来るのであれば大抵は生成可能だと思いますよ。ただイメージが曖昧ですとどんなに大量の魔力を用いて存在値を高めてもまともに効果を発揮出来ませんからどんなものでも作れるかというと難しいところですが」
「イメージが大事なのね」
それならと試しに念じてボールペンを出してみる。それで午前中に文字の練習で使用していた紙の片隅に適当に試し書きしてちゃんと書けるのを確認してからボールペンを消す。すると紙に書いた文字も一緒に消えた。
「これなら紙を無駄にしなくて済みそうね」
「本当に以前とは比べ物にならないほど魔術の上達をなさっているのですね」
「不思議な夢を見てね。それでかな。代わりに記憶が消えちゃったみたいだけどさ」
「そうでしたか。また私は無神経な発言を」
「気を病まないでね。気に病まれると私が心苦しいからさ。だって私は以前の私のことを知らないんだもの」
「わかりました」
「うん。じゃ、授業に戻ろっか」
「はい」
「魔術に関してここまで聞いての質問なんだけど、魔術を行使した当人になら持続時間を延ばせるのはわかったけど効果は後付けしたり改変したりって可能なのかな?」
「どうでしょう。出来なくはないでしょうけど簡単なものであれば追加効果を付与するよりも新たに魔術を行使した方が効率はいいでしょうし」
「一応、出来ることは出来るのね」
「可能だとは思います」
「ある程度知りたいことは知れたし、魔術に関する授業はここまでにして午前中の続きで文字を教えてくれる?」
「かしこまりました」
それから数時間は読み書きに費やし、基本的な文字と日常的に使う単語を覚える。筆記具は再度魔術で生成したボールペンを用いた。
「ありがとう。また明日もよろしくね」
「はい。この後、夕食はどうなさいますか?」
「私がさっき用意した水にはまだ余裕はある?」
「明日の朝食を賄えるくらいには充分にございます」
「うん。そっか、それじゃ夕食は部屋まで運んでもらえるかな」
「はい」
「じゃあ、またあとでね」
オリブルとは書斎で別れ、私は文字の練習で使用した紙束とボールペンを手に部屋に戻る。そしてテーブルの上に紙束を広げ、午後使用したものを選別して手に取る。そしてボールペンをそのままに文字だけ消えるように念じてみる。すると想像通りの結果を出すことが出来た。
これならいけるかも知れないと確信を得て、私は魔力を大量に込めるために強く念じて手のひらに収まるサイズの硬質な物体を生成する。まだなんの効果は付与いていないけれど見た目だけはスマホを模した。
そこから私は次々と効果を付与していく。画面となる部分が発光するようにしたり、文字の表示、タッチパネル、カメラ機能などなど。仕組みはわからないけれど結果をイメージ出来るなら再現は可能だろうと思い出せる限り必要な機能を詰め込んでいった。
そうしてどうにか使用していたスマホに類似したものを創り上げることが出来た。表示される文字は、この世界のものではないけれどそこは後々機能を拡張すればいいと割り切った。電池の残量の代わりに存在値を表示するようにしたので効果を失う前に念じて効果時間を延長すれば問題なく維持出来るだろう。あんまり機能を追加し過ぎると消耗が激しくなりそうだからその辺りは気を付けないといけないかも知れない。
ボールペンの文字だけを念じて消せたので不必要な機能は限定して消せるだろうから存在値の消費を抑えるためにも要らないものは、その都度消していくことにした。