006 欺瞞
目を覚ましてもまだプラティナのままでいる現実に憂鬱になる。最早、これが単なる夢ではないと受け入れるべきなのかもしれない。
「お目覚めになられましたか、プラティナさま」
「オリブル、私はどれくらい眠っていたの?」
「メリュジーヌ様の実験にお付き合いなされてから2日程でしょうか」
「これまで姉様の実験後は平均して何日程度眠っていたか教えてもらえない?」
「7日になります」
「明確ね」
「7日周期で竜化の呪いが発症しますのでメリュジーヌ様は、それに合わせて実験を行なっておられましたから」
「これまでほとんど寝たきり状態だったのね」
「はい。メリュジーヌ様の実験までの数時間だけがプラティナさまのお時間でした」
週一で目覚めて身体を切断されていれば死にたくもなるかもしれない。
「ねぇ、オリブル。前回の実験で私がなにをされたか教えてもらえない? 私が記憶を失う以前の話ね」
「お聞きにならない方がよろしいかと……私は、そう判断します」
「首、切り落とされたんでしょ」
「思い出されたのですか」
首回りにぐるりと残っていた赤い痕から推測したけれど正解だったらしい。眠っている間に首元を掻き毟っていたのは、すげ変わった頭部が別人だと判断した身体が拒絶でもしていたのかもしれない。
「なんて言ったらいいんだろ。そのとき生えてきたのは頭? それとも身体?」
「頭でございます」
「そう。記憶がないのは、それが理由かもね。切り落とされた頭は姉様が保管してたりするのかしら?」
「だと思われます」
「保管場所知ってたりは、しないよね」
「申し訳ありません」
「大丈夫、大丈夫。あの姉様なら誰にも教えることはなさそうだしね」
勝手に屋敷内を探るにしても魔術ってやつで秘匿されてる気がする。指を鳴らしただけで私を催眠状態に出来るのだから普段から五感を錯誤させられていても不思議はない。
ベッドから降りようと掛け布団を跳ね除けると脚先を過剰な感覚が苛む。触覚が過敏になっているのか布地が皮膚を少し擦れただけだというのに異常なまでの痛みが恐竜めいた両足を襲った。
「無理はなさらないでください。プラティナさまは枯渇するほどに魔力を費やして高速再生をされましたが完治したわけではありません。今はしっかりと休んでください」
「そうね。この足じゃ歩くこともままならないでしょうしね。オリブル、貴女に頼みたいことがあるのだけれど」
「はい、何でございましょうか?」
「その前にひとつ聞いておきたいんだけれど、貴女の仕事はなんなのかしら? 屋敷の清掃とかも任されているの?」
「清掃はスライムのルノーさんが一任されていますね。私の仕事は食事の用意とプラティナさまの身の回りのお世話ですよ」
「そうだったの。それじゃ昨日はひどいことを言ってしまったかもしれないわね。記憶を失っていたとはいえ貴女に」
「お気遣い、ありがとうございます。それだけで私は幸福です」
表情の変わらぬ木製の顔だけれど彼女は本当に微笑んでいるかのようだった。
「それでプラティナさまの頼みとはなんなのでしょうか?」
「みっつあるんだけれど、まずひとつ目なんだけど喉が渇いたから水を少しもらえないかな? 寝起きで喉がからからなんだ」
「それでしたら」
とオリブルはベッドサイドテーブルを示す。そこには水差しとカップが置かれており、彼女は水を7分目くらいまで注ぐと手渡してくれた。
「用意がいいのね」
「お目覚めになられたらきっと喉が渇いておられるだろうと思いましたので」
「この水はやっぱり姉様が?」
「はい」
私はカップの水面を見つめて消えるように念じる。けれど水の量に変化は起きなかった。他人が魔術で生成した水は消せないらしい。とりあえず飲むふりをしてカップをサイドテーブルに戻す。
「次にふたつ目のお願いなんだけど私の食事には私が生成した水を使用して欲しいの。普段は姉様が用意してくれているんでしょう?」
「はい。食事の準備を命じられる際に水を用意してくださいますので」
プラティナは洗面器をいっぱいするのもやっとという話だったから当然といえば当然と話。その事実から指先ひとつで催眠状態にされたのも根幹には姉様の生成した水が関わっているような気がしてならない。
直感だけれど水を生成した人間の意のままに消せたりするのだから摂取した他人の体内に吸収されたものにも魔術で干渉出来るような気がするのだ。
「頼める? その方が足の治りも早いような気がするの。魔術で生成しているけれど自分の一部みたいな感じがするし」
「そういった療法もあると聞き及んでおります。では食事の準備をする前にプラティナさまの元を訪れるようにしますね」
「お願いね。それとみっつ目なんだけど私に教育というか文字と魔術に関する知識を与えて欲しいの。記憶を失ってから文字が読めなくなってしまって困ってるんだよね」
「そうでございましたか。でしたらお任せください。幼き日のプラティナさまに読み書きや魔術知識をお教えしたのは私ですから」
「もう一度、私の先生になってくれる?」
「勿論です。今から楽しみでなりません。いつからになさいますか?」
「今日は目が覚めたばっかりで頭も冴えないし、オリブルにも準備が必要だろうから……そうね。明日からでも大丈夫?」
「お任せください」
オリブルは私の両手を取って喜んでくれていたけれど、私は彼女を騙しているようで複雑な気分だった。