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005 再生

 洗面器をドレッサーへと運び、三面鏡を開く。首回りに血の付着した上着を脱ぎ、首の傷の具合を確認する。血で汚れていてはっきりとはわからなかったけれど、掻き毟った痕は見当たらない。

 夢だからこんなものだろうと思いながら手を洗い。なにもないところから水を出したように念じて血の汚れを消せないかと念じてみたけれど変化はなかった。仕方なくチェストからタオルとして使えそうな布切れを選び取り、首元の血を拭う。綺麗に血を落として見てもやはり傷痕など見当たらなかった。


 新たな服に袖を通し、洗面器に残った濁った水をどうすべきか思案しながら試しに念じてみると水だけは消失し、洗面器の底に私の身体の一部だったものだけが残った。

 こうして念じるだけで出したり消したり簡単に出来る水で生活用水の全てを補っているのなら色々と問題がありそうな気もしたけれど、夢にそんなもの求めても仕方がないと割り切り、オリブルが用意してくれたブーツを履いて部屋を出た。


 目的もなく屋敷内を歩き回る。目に付いた扉は片っ端から開けて行ったが、一階は家具ひとつ置かれていない部屋ばかりで私の想像力の貧困さを感じずにはいられなかった。

 二階も同じ部屋が並んでいるのではないかと思いながらも手すりに触れながら階段を上る。階段を上りきると妙なものが床を這っているのが目に入った。それは緑色透明な半固形の物体で内部にピンポン玉くらいの大きさの球体をひとつ有していた。よくよく見てみると球体は目玉のようで私の方を警戒するようにじっと見据えていたけれど、別段これといったリアクションを取ることなく、私の横を素通りして階下へと行ってしまった。

 なんだったのだろうかと首を傾げるも大した意味はないのだろうとすぐに頭の片隅へと追いやった。二階の部屋も手近なところから開けて行ったけれど、一階同様に代わり映えのしない部屋が続いた。もう充分かなと切り上げて部屋に戻ろうと踵を返そうとする私の視線の先でひとつの扉が開き、メリュジーヌが姿を見せた。


「あら、プラティナ。もう調子はよくなったの?」

「はい、おかげさまで」


 そう答える私の足元へと視線を移したメリュジーヌは柔和な表情をつくり、私へと微笑む。


「その足、貴女呪いを抑え込めるようになったのね」

「そのようです」

「よかったわ。昨日の処置は無駄ではなかったのね」

「あの、そのことなのですが呪いとはなんなのでしょうか」

「そのことも忘れてしまったのね。そうね……口頭で説明するよりも実際に体感してもらった方がわかりやすいでしょうから私の研究室に行きましょうか」


 案内されるままに彼女の後に続く、そうしてたどり着いたのは既に見て回った部屋の内の一室だった。入室して室内を見渡すけれど、やはり他と代わり映えのしない部屋でしかない。どこかに隠し扉でもあったのだろうかと思っているとメリュジーヌは指をパチリと鳴らした。

 直後、景色がぐにゃりと歪んだような錯覚を感じて軽い目眩を覚えたけれど、ほんの一瞬のことだった。


「さあ、ブーツを脱いでベッドに横になってもらえるかしら」

「はい」


 意識がふわふわとして判然とせず夢見心地でベッドに吸い寄せられるようにして歩み寄り、ブーツを脱いで身体を横たえる。そんな私を傍で見下ろしながらメリュジーヌは安心でもさせるように微笑み、頰を撫でる。


「姉様?」

「少し痛むかもしれないけれど我慢してね」


 との一言を告げて左手で、すっと宙に弧を描く。その動作に僅かに遅れるようにして、さくりという音が体内を伝って響き渡ってくる。次第に朦朧して行く意識のせいでなにが行われているのかわからないままに口を半開きにして天井を見上げていた。そんな私の視界にメリュジーヌが入り込む。


「プラティナ、見て。貴女のおかげで新たな研究段階に進めるかもしれないわ。ほら、この切除部位は呪いが再発する様子もないんだもの」


 と言って彼女が見せてきたのは切断された人間の足だった。それがどこからもたらされたものかを察して頭を上げようとするけれど、ひどい虚脱感が全身を覆っていて身動きが取れない。それでもどうにかしようともがいている私を見てメリュジーヌは「動きたいの? もう少し待った方がいいんじゃないかしら」と言って来たけれど、そんな言葉を無視してもがく。すると彼女は「今日は随分とせっかちね」と言って指をパチリと鳴らした。

 瞬間、虚脱感が消えると同時に耐え難い痛みが両足首から生じた。歯を食いしばり、どうにか身体を横にして自身の足を視界に入れるとくるぶしから下が失われていた。

 夢だとわかっているのに、その痛みはあまりにも現実感を伴っていた。動悸が激しくなり、呼吸は短く浅いものになる。息苦しさを覚えながら私は痛みから逃れるように治れ治れと強く念じると更なる激痛とともに新たな足が瞬間的に生えたが、それは人間のものではなく恐竜じみた例の足だった。

 その様子を瞳に焼き付けた直後、痛みに対する許容限界を超えた私の意識はぶつりと途切れた。


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